Did you know that?

36. 隣人狂想曲

人間、よほど田舎の一軒家に住まないかぎり、ご近所様はいるものだ。 近所のうわさ話は、良くも悪しくも生活に少し彩りをそえるのに欠かせないかもしれない。

アメリカは、他人に関わらず生活するという面では、日本の都会に似ているだろう。しかし、同じ家に15年以上も住んでいると、それなりの近所付き合いもあるし、思いもかけない人間模様にでくわしたりするものだ。

わが家は、敷地1000平米ほどの一戸建て住宅が100件ほどある「Suburban Subdivisions」(*-1) という安全を考慮した住宅地にある。最近のこのような郊外開発地域は、住宅地への出入り口が一ヶ所しかないところが多い為、交通量も少なく、雨期をのぞいて、子供たちは道路で遊び、親たちもそれを見守りながら世間話に花を咲かせる。

わが家には両隣がある。片方の家族は15年前から住んでいる両親と子供2人の家族だが、殆ど行き来がない。弁護士であるご主人ロスは、庭仕事が大好きで、週末の半日以上、庭仕事を楽しむ。私たちが庭にいると一緒に世間話することも多い。以前「Nikeナイキ」に勤めていたスポーツウーマンの奥さんリズは、専業主婦だが、一年中忙しいらしく会っても殆ど話をしたことがない。たまたま前庭で会うと1、2分話す。

“Hi, how are you?”
“Fine, thanks!”
“〜〜〜”
“Oh! I gotta (I’ve got to=I must) go now!”

と、まるで私と話すことなど無駄な時間であるかのようにすぐに立ちさる。 私の英語力が問題かと思ったこともあるが、夫とも他のご近所ともそのようらしいので、本当に忙しいのだろう。小柄の彼女は、携帯電話を肩にのせ顎で押さえ話ながら塞がった両手をこまごまうごかし、 いつも駒ネズミのように走りまわっている。

さて、もう片方の家は、新築当初から居着きの悪い家らしく、今が4家族目である。日本で持ち家は、「終の住処」と言われるが、アメリカでは家を買っても、その家に居住する平均年数は約7年と言われている。隣の家では一家族3〜4年で引っ越していった。

今の居住者は、ご主人のアレックスが単身4年程前に引っ越してきた。離婚後、自分が家族の住む家をでて、一人で住む為にこの家を買ったようだ。娘と息子は、平日別の家に住む母親の元で暮らし、週末の一日をアレックスと一緒に過ごす為にこの家に来る。子供たちの部屋もある、ごく普通のアメリカ離婚家庭の縮図である。……あった。

アレックスにはその当時、6万ドルもするような高級車で日夜通ってくるガールフレンドがいた。私と目が合っても、私から何度挨拶しても、ニコリともしない。「ふふん!」とせせら笑いのような笑みは浮かべるが、挨拶が返ってきたことはない。アメリカ人にしては愛想の悪い、傲慢な女に思えた。いらぬ世話だが「アレックスよ、あんな女のどこがいい?」と思っていた。

さて、3年ほど前にアレックスの家の隣に素敵な家族が引っ越してきた。背が高くハンサムな会社勤めのご主人と容姿端麗な優しそうな奥さん、それにかわいい盛りの4、5歳くらいの2人の娘たち。主婦のケイトは、夫が会社に出かけると幼稚園の送り迎えをし、子供たちが帰ってくると外で遊ばせ、自転車乗りの練習をさせる健気な母親だった。

それから1年ほどたった冬場だったろうか。ケイトが、雨の日以外どのように寒い日でも、子供たちを外で遊ばせながら玄関先で見守る姿が目につくようになった。そこにはお隣のアレックスの姿があり、2人は世間話をしているご近所同士のように見えた。ロサンジェルスの会社から仕事を受け、在宅で仕事をしているアレックスは時間の融通がきくのだろう。

二人が外で話す時間は日に日に長くなり、私が昼間所用で家を出入りするときには必ず、アレックスの身振り手振りで嬉しそうに話している姿が見えた。ケイトは、いつもにっこり微笑んでいる。「毎日毎日何時間も、よく話すことがあるもんだ」と不思議に思った。2ヶ月もそのような光景が目についた。

アレックスの傲慢ガールフレンドが隣に来る回数が次第に減って、そのうちとうとう見かけることもなくなった。

ある日、私は家族に言った。

「ねえ、お隣のアレックスとケイトのことだけれど、ちょっと異常に長話しているように思えるんだけれど……」

「母さん、どうしてそれがわかるの?」

帰省中の息子がきいた。

「だって、ケイトが子供を外で遊ばせているときは、必ずアレックスも外にいて、ず〜〜〜っと話しているんだよ。男と女だよ。しかもケイトには夫も子供もいるしね。ご主人が会社に行っている間だとしても、ご近所のおつきあいで話すにしては、ちょっと長過ぎないかな〜と思ってね」

「母さんもよ〜っぽど暇なんだね。アレックスたちが話しているのを探偵よろしく、ずっと観察しているわけ?そんなご近所のことなんてどうでもいいことじゃない」

夫と娘は私のこのような話には全く興味がない様子。

「お母さんだって、そんなにず〜っと見ている訳ではないのよ。ただ、用事で出かける時、車から見える彼らに手をふって、数時間かかって用事をすませて帰ってくると、まだ話しているのよ。大雨がふっているとき以外は、ほとんど2人で外にいて話しているわ。子供たちは、楽しそうに自転車に乗って遊んでいるけれど……。アレックスはいつ仕事するのかしら?なにか変よ」

実際、ご近所のこのようなことは、特に親しい訳でもない私にとってどうでもいいことであった。しかし、前庭にでるとき、車で出かけるとき、彼らを見かけるたびに、私の好奇心はざわざわと沸き立つのであった。

それから数日後のことである。息子が言った。

「昨日の真夜中にアレックスの大きな怒鳴り声が聞こえたんだよ。相手の声はあまり聞こえなかったけど、近所中聞こえるようなすごい喧嘩だったよ。あげくの果てにドアが壊れるくらいにバ〜ンと閉められたんだ。なんだか僕も興奮して眠れなくなってしまったよ。何があったのだろう……」

息子の部屋は隣家の玄関に近い場所にあるので、夜中の外の喧騒がきこえたのだろう。何があったかは知るよしもない。しかし、一人暮らしであるはずのアレックスが、誰かを大声で怒鳴りちらし、言い争いをしなければならない状況とはいったい何なのだろう。相手は前妻だったのだろうか……。普通の家庭での夫婦喧嘩とは違っている状況だ。銃社会のアメリカだ。殺人だって起こりうる。そこまでは至らなかったようだが、私の好奇心はますます燃えたった。

その後も2人の昼間の長話はつづいた。私も相変わらず、にっこり笑って2人に挨拶をし続けた。ケイトの身を少々案じながら……。

ところが、それから1ヶ月もたったころだろうか。

突然、ケイトの家の前庭に、家を売りにだす「For Sale—売り出し中」の看板がド〜ンと立てられた。 「きっと会社勤めのご主人が、転勤かなにかで引っ越すことになったのだ。結構早い転居だなあ」と思った。「どこに引っ越すのだろう。これで、ケイトとアレックスの怪しい関係にも終止符がうたれる……」 私はなぜだか安堵した。

そのような中、ケイトとアレックスが外であって話をする機会も次第に少なくなっていった。

「For Sale」の看板が出されてしばらくしてから、まだ「SOLD—売却済」のサインがつけられていないうちに、「U-HAUL−全国チェーンの引っ越し用レンタカー」の小型車が横付けになった。この住宅地の居住面積は250〜320平米くらいなので、結構家具や持ち物も多く、どの家庭でも引っ越しとなると、業者が大型の引っ越し用トラックでやってくる。

「どうしたのだろう?あんな小さなトラックで荷物を全部運べるのかしら。変な引っこしだ……」と思った。

その引っ越し用レンタカーが何日か行ったり来たりしているうちに、パッタリと来なくなった。未だ荷物はガレージに山のように残っているのに……。ケイト用の車はあるが、ご主人の車はこの家には帰ってこなくなった……。

私たちが夏の間長期で家をあけ帰ってくると、ケイトの家の看板「For Sale」には「SOLD」の印がべったり貼られ、もぬけの殻になっていた。ところが、隣のアレックスの家のドライブウェイには、ケイトの車が何事もなかったかのように停まっている。夏の間にアレックスの家に引っ越したらしい。

「やはり私の勘はあたっていたのね。数ヶ月をかけてソープオペラ(soap opera-メロドラマ)を観ているようだったわ。でも、残念ながら、家の売却はご主人の転勤のためではなかった。あのかわいい子供たちはどうなったのだろう。隣の家に住んでいるようには思えないけれど。きっとご主人が引き取ったのね。そうよね。ケイトが離婚裁判をおこして、親権をとろうとどのように抗ったとしても、勝ち目があるわけがないもの。ケイトだってあのかわいい子供たちとず〜と一緒に暮らせるということはなくなったのよね。かわいそうな子供たち。このようなことで両親が離婚し、父親を不幸に陥れた母親とアレックスのもとに来て、週末なり何なりを過ごさなければならない。今は小さいから状況かわからないけれど、大きくなったらどう思うのだろう」

私は、自転車に乗りながら道路で無邪気に遊んでいた子供たちのことが気がかりだった。

夏も終わりが近づき、この地方では最も気候のよい時期、アレックスの裏庭では、小さい子供たちの遊び声がよく聞こえてくるようになった。時折アレックスの高校生の長女と中学生の息子が来ているのか、この幼い女の子たちの面倒を見て遊んであげている楽しそうな笑い声が裏庭を包んでいた。

「きっと諸事情が落ちつき、子供たちも今の状況を楽しめるようになったのね」  と思った。そんな中、2人のかわいい女の子たちと男性の奇妙な会話が聞こえてくる。

“Daddy, I wanna(want to)〜〜”
“Daddy, could you help me〜〜”

私は耳を疑った。「Daddy」(*-2) とはいったい誰なのか?アレックスはもう「Daddy」とよばれているの?2人はもう結婚したのだろうか。つい先日まで隣のおじさんだった人をこれほどまでに簡単に父親とよべるのだろうか。実の父親もアレックスも同じように「Daddy」と呼ぶのだろうか?もし私が実の父親なら、耐えられないだろう……。

ある時、久しぶりに隣のリズとゆっくり話した。当然ケイトとアレックスのことであった。彼女の息子はケイトの子供たちと同じ小学校に通っている。スクールバスにも一緒に乗っていくので、ケイトの生活についても私よりもよく知っていた。ケイトのご主人は、あの後アパートに引っ越したが、半年後またこの同じSubdivision内のここからちょっと離れた場所の家を買って住み始めたそうである。子供たちは、この住宅地にある100軒のうちの2軒、父親の家と母親の家を行き来しながら生活している。そのうち父親にも新しい恋人か奥さんができるかもしれない。いや、もういるかもしれない……。

私はケイトとは、挨拶はするがまったく話をしたことがなかった。たぶんこのご近所で、2つの家族の事の成り行きを一部始終最も見ていたのが私だったと思うと、ケイトと何を話せばいいかわからなかったからだ。

「離婚騒動、たいへんだったでしょう?でも、引っ越しは隣へ移るだけだから、楽だったのではないですか?その後、子供たちの精神状態は大丈夫ですか?」

と皮肉っぽく。そして、日本の意地悪おばさん宜しく、「こんなことして恥ずかしくないですか?子供たちに申し訳ないと思わないのですか!」などと言える訳もなく、静寂をたもっていた。

しかし、もし、このようなことが日本でおきたらどうなるのだろう。ある人が言った。

「私が実家にすんでいた頃、ご近所同士で不倫騒動がおきた。その後2人はここに暮らし続けることなどできるはずもなく、夜逃げのようにして忽然といなくなった」

日本では、「人の目」が自分の生き方に大きく影響するような気がする。都会と田舎、また年齢によっても差があるかもしれない。しかし、自分や家族のうわさ話に耐えられなくなり、その場所から離れてしまうように思う。アメリカと比べると、日本の方が何か不祥事、つまり不倫、失業、倒産、家族内の問題などあった場合、同じ場所では生きづらいのではないだろうか。

アメリカ人の「誰とどのような恋愛をしようと、どんな家庭の事情であろうと他人にとやかくいわれる筋合いはない。人目を気にすることもなければ、それを『恥』と思うことはないという生き方」は、ある面すごいことであり、これがアメリカの良さかもしれない。

 

昨年初秋、アレックスの車 (*-3) が忽然とドライブウェイから消えた。最初は長期の出張かと思った。しかし、ここ数年、毎日ドライブウェイに停めてあった黒の大型4輪駆動「Suburban」が1ヶ月以上車庫にもなく、全く見当たらなくなった。新車を買った様子もなく、アレックスを見かけることもなくなった。ケイトの車だけがある。夫も私もあの騒動事件以来、アレックスとも挨拶ぐらいしかしなくなっていたので、この家庭で何がおきているかわからなかった。数ヶ月経ってもアレックスの車はない。私は案じた。アレックスとは、彼が引っ越してきてから、ご近所としてよく話していたからだ。ハンサムなマッチョの女好きアメリカ人男性という印象はぬぐえなかったが、とても気さくで嫌みのある男性ではなかった。

「ひょっとして交通事故かなにかで死んでしまったのかもしれない。いい人だったのに、どうしてしまったのかしら?こんなアメリカだから、お隣さんが亡くなっても連絡もないのかもしれない。元気そうだったから、病気ってことはないでしょう。かわいそうに、折角あれ程までにして奪いとった奥さんを残して……、きっとバチがあたったのよね。そう!悪いことはすべきではないのよ!!」

話さないから想像力はどんどん逞しくなり、また、どうでもいいご近所のことを案じている自分が滑稽でもあった。夫にこのことを話すが、全く隣について知りもしないが興味もない。ある日、私はケイトが外にいたとき、思いきって話しかけた。もちろん離婚再婚劇については一言も触れなかった。

「こんにちは。最近アレックスを見かけないけれど、どうしたの?車もないのでどうしたのかと思って……」

と聞くと、ケイトは気軽に優しい笑みを浮かべて応えてくれた。

「実は、アレックスは、今までは仕事がポートランドの関係だったので自宅でできたけれど、ロサンジェルス本社に勤務するよう転勤の辞令が出たの。この不景気だから、この地方で新しい仕事を捜すのも大変だし、今ほどの高給料をもらえる保証はどこにもないので、引っ越したのよ。しばらくこの状態を続けて、週末はできるかぎりこちらに帰ってくるようにしているの。なるべく早く、こちらでまた仕事ができるように依頼は出しているらしいけれど、いつになるかは全くわからないの。なかなか大変よ」

私はケイトにどうしてロスサンジェルスに引っ越していっしょに暮らさないのかとは聞かなかった。子供2人をこちらに残していくのは忍びなかったのだろう。夫とは一緒に暮らしたい。しかし、ロサンジェルスに引っ越せば、娘たちと今までのようには会えなくなる。夫か子供か……。両方を持ち得ない彼女は、300平米もあるこの広い家で、時々帰ってくる夫と週に何度か来る娘たちを待ちながら一人で暮らしている。

何の為にこのような離婚再婚騒動をしなければならなかったのだろう。

その後私は、ケイトとよく立ち話をするようになった。15年来の隣人リズよりもずっと楽しく世間話をする。笑顔が美しく優しく、話していても面白い。なぜアレックスが惹かれたのかもわかるような気がしてきた。

彼女の2人の娘は、外見上少し違う。同じ両親の子供にはどうしても見えない。一人はたぶん前夫との間に生まれただろう完全な白人だが、もう一人は、メキシコかアジア系の父親の血が入っているように見える。養子だろうか。聞くすべもない。

普通の家族が普通に暮らすだけでも大変なこのご時世。

ケイトもアレックスも、好むも好まざるも、自分たちで感情のおもむくまま作り上げた狂想曲を一生奏でながらここで暮らしていくのだろうか。

 

*-1 アメリカにおける「Suburban Subdivisions」とは、都市部から10−30キロ(大都市では100キロも離れていることもある)離れた地域に作られた住宅地域の総称である。第2次世界大戦後の経済復興により、都市には公害や多発する犯罪を含めた様々な問題がでてきた。人々はそれを逃れて郊外へと居住地を移すことになる。自動車の普及、高速道路の整備発達に伴い、郊外化の進行はめざましかった。「Suburban Subdivisions」の形態は、州や地域、年代によって様変わりしていく。特徴としては、同じ住宅地には同程度の価格の家が建設され、つまり同程度の収入のある家族がその地域に住むことになる。このような住宅開発により、どの住宅地に住むかによって、その家族の収入がある程度推測できる。

*-2 「Daddy」とは、「Dada」とともにアメリカで幼児期に父親を呼ぶ一般的総称。他にも父親の呼び方には、Dad、Papa、Fatherなどがあるが、親を名前で呼ぶ家族もある。再婚、再々婚などで親が増えることによって、紛らわしくならないように親の呼び方を変える家族もおおい。 第14回「パパとママは日本語?」こちらをクリック!第21回「変な隣人」こちらをクリック!参照。

*-3 アメリカの郊外に住む家庭では、公共の交通手段が得にくいため、夫婦がそれぞれの車を持っている。その場合、子供の送り迎えをする母親が大型車にのり、父親がセダンで会社へ行くのが典型的家族のようだ。また子供が16歳ぐらいになると運転免許をとり通学やクラブ活動で運転し始めるため、車3台を所有している家族も珍しくない。

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アメリカの住宅地に数多く作られている行き止まりの道路(写真右端)は、cul-de-sac(クルドサック)とよばれ、英語ではなくフランス語で袋小路を意味する。自動車が通り抜けできないため、小さい子供がいる家族は、安全を考慮してこのような cul-de-sac にある家を買うことも多い。大手建設会社(Developerとよばれる)が1つの「Subdivision」の開発を請けおい、同じような販売価格で外装と内装を少し違えた住宅を建て売りする。

7年程前に開発されたわが家の近所にある高級住宅街「Suburban Subdivisions」。この住宅地の一軒の相場価格は1億から1億5000万円ぐらい。中央に不動産会社の「家売り出し中—For Sale」の看板が立ててある。

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