ケアンズ通信

22. オーストラリア住宅事情 ~ケアンズアパート暮らし

ケアンズでのアパートでの暮らしがメルボルンや日本の集合住宅での暮らしと大きく違っていたのは、同じアパートに住む隣人達との距離感かもしれない。私が暮らしたアパートは、一階二階に各三世帯入った棟が二つ、ハの字型に建っているという造りで、ハの字の内側は各戸の出入り口だったため、全戸から各戸への出入りが見えるようになっていた。その上、年中暖かいというケアンズの気候と、戸外で過ごすことが大好きなオーストラリア人の性質もあり、住民達はよく自分の家の前(ハの字の内側部分)にテーブルを置いてお茶や読書を楽しんだり、お隣さんとおしゃべりをしたりしていたので、誰かと会わずにアパートの敷地を出るということはなかなか無かった。現在のパートナーDは私と同じ右ハの棟に住む隣人で、屋外駐車場で言葉をかわすようになり親しくなった。彼と初めて食事に行った時、恋人候補としては良い印象を抱かなかった私の気持ちは彼にも伝わったらしく「自分には興味が無いようだ。でも彼女は自分の所に戻ってくるだろう。他に尋ねてくる男もいないし、と思った」と後になってDから聞き、彼の思惑通りになったを悔しく思ったが、このアパートでは、誰が誰の部屋を訪ねてきているかは一目瞭然で、各自の生活はある意味、丸見えだった。

アパートは全て寝室一つというタイプで、住人の殆どは一人暮らしだった。約半分の人たちがその部屋を所有するオーナーであり、残りの半分は私のように部屋を賃借している人たちだった。年齢層も二十代から七十代までと幅広く、なかなかに個性的なメンバーだった。

Dが失礼にも「Monster from the deep」とコッソリと呼んでいた女性は、年齢70歳くらい、縦にも横にも大きく、彼女が歩くとドスドスと音がしそうだった。アパートの敷地には各棟の外側に洗濯物干し場があったのだが、「Monster」は左ハの自分の建物に物干し場を使わず、右ハの私達の棟の外側の物干し場、しかもDの寝室の前に集中して洗濯物を干していた。Dが朝起きて寝室のブラインドを開けると、大きな下着のパンツを干している「Monster」と目が合って慌ててブラインドを下げたという話に大笑いしたが、実際にDの部屋の窓から彼女の大きなパンツが並んでいるのを見た時はDが気の毒になった。私達の棟の住民は衣類乾燥機を使ったり、洗濯物を部屋に干していたので、その洗濯物干し場を使っていたのは「Monster」だけだった。洗濯物が無ければDの寝室の窓からは土手になった林が見えるだけの完全にプライベートな空間だったのだが、大きなパンツ群は明らかに景観を損ねていた。

「Monster」の隣には「Sarong lady」が住んでいた。50歳くらいの彼女はホテルで働いていたらしかったが、家に居る時の彼女はいつも色鮮やかなサロン(布)を豊満な体に巻きつけただけの格好で、そのまま外にも出てくるので、目のやり場に困ったものだ。

左ハの棟の一階にはアボリジナルの男性が暮らしていた。入居した時は一人だったが、すぐに小学生の子供二人が加わり、次に恋人らしき女性が一緒に住み始め、そして中年の男性二人とおばあさんも寝泊りするようになった。夜には部屋の外、ハの字内側部分で円陣を組んで皆で歌い踊るようになり、私は面白いと思って眺めていたが、アパートの住民から苦情がでたようで、すぐに元々いた男性と子供だけになった。住宅を借りる時にはその広さによって入居者数の制限があり、住む人の名前の登録も義務付けられている。登録していない人が住むことは賃貸契約違反となる。オーストラリアの原住民アボリジナルは家族間の結びつきが強く、大世帯の家も多いが、ワンベッドルームのアパートに大人五人、子供二人で暮らすというのはさすがに無謀な試みだったようだ。

Dの隣には私達が「Ex-boyfriend」と呼ぶ50代の男性が住んでいた。私が入居したての頃、彼とDが中庭で話しているのを見て「この人たちゲイのカップルなんだな」と思い込み、後日その話をDにして以来、Dは彼のことを「My ex-boyfriend(自分の別れた恋人)」と呼ぶようになった「Ex-boyfriend」はそのアパートが建築された時にその部屋を買い、それ以来二十数年ずっと一人でそこで暮らしているということで、文字通りアパートの主だった。オーストラリアの共同住宅にはボディーコーポレートと呼ばれる管理組合があり、共有部分の清掃、ガーデニング、ビルの補修などがボディーコーポレートの費用で賄われる。私のような賃借人には関係ないが、各戸のオーナーは年間数千ドル(何十万円)のボディーコーポレートフィーと呼ばれる経費を支払わなければならず、その金額の決め方、またどのようにボディーコーポレートフィーを使うかはオーナー達が集うボディーコーポレートの会合で決められる。「Ex-boyfriend」はボディーコーポレートの会長で、ボディーコーポレートの運営について実権を握っていた。数年前にアパートを買ったDが初めてボディーコーポレートの会議に参加して、ボディーコーポレートフィーの値上げについて意見を述べたところ「Ex-boyfriend」が全く取り合ってくれず、長い間アパートに住んでいて、やはりオーナーである「Monster」や「Sarong Lady」は「Ex-boyfriend」の言いなりで、「ボディーコーポレートの会議なんて意味が無い」とDは怒っていた「Ex-boyfriend」は営業マンらしく、”How are you?”と挨拶すると、いつも ”As good as this weather in paradise!”と万遍の笑顔で答えるので「明るい人だなぁ」と思っていたが、次第に違う面も見えるようになってきた。彼は夕方7時からテレビで放映されていたコメディアニメ、シンプソンズを毎晩欠かさず見ていて、その番組の間、他の部屋にも届くような大声で笑うのだが、その笑い方があまりにも大げさなので「この人、もしかしたら寂しい人なのかも」と思うようになった。私が暮らした一年の間に、彼の部屋を誰かが訪ねたのを見かけたことは一度も無かった。

対照的だったのは、私の向かいの部屋に越してきたマイケル(仮名)。年は三十台後半。茶色い髪に黒い瞳、長身でスリムで、さわやかで俳優張りにハンサム、仕事はパイロットという絵に描いたようなミスター・パーフェクトの彼の部屋には入れ替わり立ち代り違う女性が訪ねてきていた。家の前で彼と女性が一緒のところに出くわすと「やぁ、ミホ。こちらは友達のメリンダ。メリンダ、ミホは隣に住んでいるんだよ」と必ずさわやかに紹介してくれた。「女友達が多い人だな」と最初は思っていたが、その女性の数があまりにも多く、また同じ女性が二度と来ないということを不振に思い始めたある日、マイケルのドアをはげしく叩き、泣き叫ぶ女性の声がアパート中に響き渡り、アパートの住民全員が事情を理解することになった。マイケルはインターネットの出会い系サイトで知り合った女性達を次々に自分の部屋へ連れて来ていたのだ。同じ女性とは二度と会うことが無かったようだが、マイケルに恋をした女性の中には彼にもてあそばれたということを信じられなかった人もいたようで、部屋を訪ねてはドアを叩き続けていた。ドアを叩いていた女性が諦めて帰ったあと、明らかに居留守を使っていたらしいマイケルと玄関でバッタリと出くわしたことがあった。私のほうが居心地が悪い思いをしたのが、マイケルは全く気にする様子も無く「やぁ、ミホ。明日からニューギニアに飛ぶからDuty Freeで買ってきて欲しい物が有ったら何でも言うんだよ」と百万ドルの笑顔で言うのだった。マイケルはアパートの敷地内をタオルを腰に巻いただけの格好でよく闊歩していた。Dは「あいつは身体に自信があるから見せびらかしたいんだろう」と苦々しく言っていたが、ジムで鍛え上げたという体は確かに見事だった。またパイロットの制服で部屋を出て行く姿をたまに見かけたが、髪をオールバックにし、サングラスをした彼は、テレビに出てくるハンサムなパイロットのイメージそのままに素敵だった。もしDと付き合い始める前にマイケルが向かいに越してきていたら、私もマイケルに一方的に恋をして、向かいのドアを泣きながら毎日叩いていたかもしれない。恐るべきマイケル。

2008年4月にこのアパートを引っ越して以来、カラフルな隣人達とも会う機会が無かったが、先日街で ”As good as this weather in paradise!”という懐かしいフレーズが聞こえてきたので振り返ってみると、思った通りあの「Ex-boyfriend」が誰かと話しているところだった。マイケルは転勤になってケアンズを出たと風の便りに聞いたが、「Monster」や「Salon lady」はまだあのアパートで暮らしていることだろう。今もきっとハの字のアパートで、色々なドラマが展開しているのだと思う。

ケアンズのアパートにも色々なタイプがあります。写真のリゾートプール付きアパートは、2ベッドルーム&2バスルームで家賃は週豪255ドル(2011年7月現在)。

写真のスタジオタイプのアパート(日本で言うワンルーム)の家賃は、週155豪ドル(2011年7月現在)。車社会のケアンズでは、住居賃貸物件には必ず駐車場がついています。

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