Did you know that?

38. 生野菜

いつごろから日本人はいろいろな野菜を生で食べるようになったのだろう。少なくとも、1970年代ぐらいまでは、野菜を生で食べる習慣は少なく、私の食習慣の中でも、夏場のキュウリとトマト、トンカツにつけるキャベツ、焼き魚に添える大根すりぐらいしかなかった。レタスだって飾り程度で、グリーンサラダが食卓の華になることは普通の家庭では少なかったように思う。もちろん洋風レストランでは、「サラダ」なるものが小皿でだされていたし、それは特別な食事のように思えた。一般の家庭でも食事の洋風化が進み、料理番組での世界各国食品の紹介、また流通の自由化による日本人の食の変化は、世界でもめざましい方に入るのではないだろうか。

さて、ニンジン、セロリ、ブロッコリー、カリフラワー、きゅうり、ピーマン、パプリカ、ラディシュ、ミニトマト……。これらは、アメリカ人のホームパーティで前菜としてよく出される生野菜のいくつかである。縦長に切った人参やキュウリをディップとよばれるクリーミーなドレッシングソースにつけるのがポピュラーな食べ方だ。ブロッコリーやカリフラワーだって茹でているわけではない。生だ!ディップは自分で作ることができるが、スーパーにいけばたくさんの種類があり、出すばかりに準備されたものが手ごろな値段で手にはいる。このような食べ方は、最近では日本の料理本や番組でも紹介されているようだ。 アメリカで生活するようになって、食について驚いたことの一つに、この野菜を生で食べる習慣があった。生野菜ディップは、どこのパーティに行ってもよく前菜の一つとして出される。あるパーティでは、カイワレ大根のようなものが容器に植わったまま出されていて驚いた(参照:#29「ベジタリアン」とのたもうなかれ!写真)。また、あるパーティでは、ズッキーニがキュウリのように縦割りで出されていたので、ぱくりと食べてみたら苦かった。なんでも野菜を生で出せばよいと考えている人も結構いて、時には裏側が黒くなったマッシュルームまで出されていることがあるが、マッシュルームはどうしても生で食べる気にはなれない。

生野菜ディップの写真:友人が「Pot Luck Party」に持ってきた野菜のディップ。にんじん、ラディッシュ、セロリ、キュウリがレタスの上に並べられ、クリームディップが添えられている。

日本でパーティなどしたこともなかった私は、我家のパーティでも暫くは、アメリカ人のパーティを真似て前菜に必ず野菜ディップを出していた。しかし、しばらく住んでみると、工夫すればいろいろなものが作れることがわかってきたし、野菜を切るだけの前菜では味気ない気がして、この前菜は、ほとんど出さないようになった。料理の本と格闘し、いろいろな前菜を試してみた。そして、賞賛を浴びるたびに、この次も皆をあっと言わせるようなものを作るぞと力んだ。しかし、次第にそんな元気もなくなり、最近は楽が一番と居直り、チーズにクラッカー、サルサとポテトチップスが我が家の前菜になった。袋から出せばいいもんね。

生野菜としては、野菜サラダもアメリカ人家庭の食卓の定番だろう。働いて忙しい主婦、あるいは主夫の方々は食事を作るどころか、レタスを洗うのさえ面倒だとおっしゃる。
 日本でも最近は、スーパーで見かけるようになった洗浄済みのパックされたレタスが、こちらでは大人気だ。袋からドーッと大きなサラダボールにレタスをひっくり返し、市販のドレッシングをかけるとすぐに食べることができる。
 「ねえ、今日の夕食はなに?」
時々アメリカ人の友人に聞く。
 「暑いし、面倒だからサラダよ」
 「えっ? サラダって、主食はなあに?」
と言う馬鹿な質問はやめる。
 初めて聞いたときは、馬や兎じゃあるまいし、レタスバリバリが夕食だなんてと驚いたものだが、サラダが夕食の主食に出される家庭は結構あるらしく、それはそれなりに工夫されている。レタスにゆで卵、ハムやベーコン、生のマッシュルーム、きゅうり、トマトなどを加え「シェフサラダ」なるご馳走(?)夕食になる。 そんなのいくらご馳走と叫んでもサラダに変わりはない。主食にはならないと思っていたが、最近は我家でも夏場、 「今日は疲れているし、面倒だからシェフサラダにしようか」 と、なかなかアメリカナイズされてきている。

*スーパーのレタス:あるスーパーの洗浄済みパックレタスの陳列棚。良く売れるからこれだけの数が売ってあるのだろう。しかし私は、これを買うことはほとんどなく、買ったとしても自分で何度か洗って食卓に出している。

ほうれん草サラダも驚きのひとつだった。ほうれん草は灰汁があるから茹でて食べるものだと信じて、日本にいるときは生で食べたことなど一度もなかった。こちらでは、レストランのサラダ人気メニューのひとつだ。ほうれん草の葉の部分だけ使い、カリカリに焼いたベーコンとゆで卵がのっている。灰汁の強い食品を多く食べると胆石になると聞いたことがある。アメリカ人は知らないのだろうか。レストランでほうれん草サラダを食べている人がいると思わず注意したくなる。
 「胆石になるから、食べるのやめたら?」 って。アメリカでも2006年、このパック入りほうれん草サラダに「O-157」イ・コーライ菌が混入し、これを食べた人のうち一人が死亡、百七十三人発症し、九十二人が入院した。一時期この洗浄済みほうれん草パックは、どの店からも消えてしまった。

アメリカの一般的レストラン、つまりアジア系のレストランを除けば、ランチあるいは、夕食にも必ずサラダ『Salad』がメニューに載っている。そしてこれが大人気である。ちょっと健康に気をつけている人、ダイエット中の人、軽く食べたい人など、注文するのは殆どが女性だ。このサラダというのは、殆どがグリーンサラダを主体としたメニューで、鶏の胸肉や照り焼きサーモン、他の生野菜、トマト、キュウリ、マッシュルーム、ゆで卵を載せたサラダなどそれなりに工夫され、大きな皿に大盛りでくる。しかし、いくら大盛りと言っても90パーセントはレタスである。大きな身体の男性が、このような昼食で夕方までもつはずがない。

*メニュー:人気のあるカフェのメニュー。サラダとサンドイッチのメニューの数は同じである。

*この店の人気サラダ:記事のために、先日このメニューのレストランにサラダを食べに行った。注文したサラダはメニューの上から5番目。Chicken Apple & Goat Cheese Saladで、サラダには、Organic baby greens, Romaine lettuce, Chicken, Goat cheese, Spiced almonds, Apple, Red onion, Apple chips, Champagne vinaigrette(ドレッシング)が入っている。

さて、アメリカで、究極の生野菜といえば人参である。乳歯が生え、硬いものが食べられるようになるや否や、多くのアメリカの母親が子供に人参を与える。ベイビーキャロットと称し、親指大に揃えて切ってある人参が、どんな食料品店にも売ってある。大袋は数百個入っているものもある。そんなにたくさんの人参をどのようにしたら食べきることができるのだろうかと他人事ながら心配していた。しかし、食べるから買うのであって、買うから売ってあるのだと、しばらくしたら納得した。小さい子どもたちにはおやつ代わりに、お昼のサンドイッチの副菜として、ジップロック袋の中に十個から二十個入れて持っていく。夕食のサラダ代わりにディップにつけて食べるなど、家族によって食べ方はいろいろだ。

九州の田舎で育った私にとって、人参とは台所の隅っこの土間にごろんと土がついたまま置かれているものであった。決してその土を洗い落とし、生で食することなど想像することさえできなかった。
 そんな私もアメリカ人と結婚し、台所に立つようになると人参を生で食べるようになってきた。これが結構おいしく、人参の味が直に味わえ、甘みもわかる。煮物に入れる人参を切っている途中でぱくり、カレーに入れるのをぱくりと、切っている途中で食べるのが習慣になってきた。

ある日、いつものように夕食のため台所に立ち人参を切っていた。そのうちの一切れを摘んで口に入れ、奥歯でかりーんと噛んだときのことである。噛み砕かれた一粒が気管にぴゅっと飛び込んだ。相当中まで入り込んだらしく違和感を覚えた。息はできたが、肺に入りはしないかと心配になり、咳払いをしたり、のどに手を突っ込んで吐いてみようとした。しかし、状況は悪くなるばかりで息も苦しくなってきた。当時子供たちはまだ小さくテレビを見ていたが、私の様子に気づきもしない。
 「私はこの子たちを残して死ぬかもしれない。運転して病院にいこうか、いや、こんな状況では事故を起こしてしまうかもしれない。近所の人に頼もうか」
と考えているうちに、私の恐怖心は絶頂に達してしまった。
「死んでしまう!救急車だ!」
私は、受話器を取り、生まれて初めて「911」アメリカの救急番号を押した。
 女性が出た。
「あなたの名前は何ですか」
「た・な・か・と・し・み・です」
「どうしましたか」
「にんじんのかけらが気管支に入って取れないのです」
私は、ガラガラに擦れた声で答えた。
「わかりました。すぐ救急車をそちらに向かわせますので、玄関の鍵をはずし待っていてください。あなたは大丈夫です。このようにしゃべることができるのは、呼吸ができているということです。無理に咳をしたり喉に手を突っ込んで吐こうとしてはいけませんよ」
それは、まさしく私がにんじんを取ろうとしてやり続けてきたことだった。
「はい、わかりました。有難う」

受話器を置いた私は、すぐに玄関の鍵をはずしに行った。すると誰かが助けにきてくれると安心したのか気分もよくなり、呼吸も楽になってきた。そして、子供たちのそばにいってそっと横になって目を閉じた。4、5分も経っただろうか玄関のドアがバーンと開いて、三人の男性が担架を抱えてどかどかと入ってきた。
 その時だった。私の喉の異物がぽろっと出てきたのは……。
「名前は何ですか」
「田中寿美です」
「もう大丈夫ですよ。安心してください。これから病院に行きますか。それともここで処置が必要ですか」
私は、何と言っていいかわからず横になったまま小さな声で、
「あのー、取れました、にんじん……。わざわざ来てもらったのにごめんなさい。嘘をついたのではありません。本当に死ぬと思ったのです」
緊張が解けたとたん気管支も緩んで、気管支本来の機能として備わっている異物を押し出す筋肉が働いたのだった。
「取れましたか、それは良かったです。救急車を呼んだことは間違いではありません。あなたは正しいことをしたのですよ。念のため病院にいく必要はありませんか」
「もう大丈夫だと思います。本当に有難う」
「この書類にサインをしてください」

私が、差し出された書類を読みサインをしている間、三人は、自分たちが持ってきた救急医療用の道具を子供たちに見せながら説明してくれていた。子供たちは、興味深げにみていたが、なぜこの男の人達が来ているのかも知らないように無邪気であった。三人は、私から書類を受け取るとすぐに、
「お大事に、バーイ」
と言って出て行った。
 さすがアメリカだ。救急隊が帰った後本人に何かが起こった場合、それは自分の責任ですよ。私たちはするべきことをして帰りました。と訴訟問題となることを回避するための書類であった。
 アメリカのスーパーで売られている人参、多くの根菜は、収穫後長く冷蔵庫に保管された後店頭に並ぶものが多い。常備野菜の人参は10から20本とまとめ買いするため、我が家の冷蔵庫でも結構長く入っている。
「さあ食べるぞ」
という時には、水分の少ないカリンカリンのにんじんになっていることがある。
 一方にんじんと言えば、アメリカのベイビーキャロットはなぜかあまり腐らない。根菜本来の皮は、その野菜を守る働きをしており、皮を剥いてしまうと痛みやすくなるようだ。しかし小さめの形を作るベイビーキャロットは、腐食を防ぐ皮がない。一説によると、防腐用の液につけてあると言われているが、そんな表示は袋に書いてないので、この疑問が解けないことが不可解な私は、ベイビーキャロットは買わない。

*袋詰めされたベイビーキャロット

*店内に売られているベイビーキャロット

私の友人は胃が弱く、生のレタスを食べると胃痛がし、病院に行かなければならないと言っている。彼女の主治医の話では、胃が弱い人にとってレタス、特にIceberg Lettuce(巻きレタス)は、時に胃に刃物を当てるように胃壁を痛めるということらしい。
 野菜、特に根菜は、煮て食べたほうが胃にも優しく、栄養価も高いと聞く。日本人が長い間やってきた調理法だ。
 いつ頃、どうしてアメリカで野菜を生で食するようになったのだろう。19世紀末、多くの日本人がアメリカに移住したころ、日本人は、アメリカ人が食べていたイギリス式にくたくたに煮たり蒸したりした野菜のまずさに驚き、そのような野菜を食べかねたという記録が残っている。その当時は生で野菜を食する習慣はまだなかっただろう。アメリカでも、義母によると戦前生野菜として食べたものは、トマトやキュウリが主で、セロリにはピーナツバターやチーズをつけ食べたそうだ。キャベツは生で食べたが、酢に漬けたもの、酸味のあるサワークラフト、マヨネーズ和えのコールスローなどが主流だったようだ。

刺身や馬刺等を食べる私が、野菜を生で食べることに驚くのも不自然な話だが、サラダや野菜を生で食べる習慣は、確実に世界中に広がっている。そして寿司や刺身だって、世界のあちこちで愛され食べられるようになってきている。



追記:

37回「オレゴンから愛をこめて」で紹介しましたクールタイを福島県の被災地の子供たちに送るプロジェクトは、主催者(堀井久美子さんご夫妻、太田早苗さんなど)の努力と多くの人たちの協力で、6月末までに合計12000本が送られましたことを報告させていただきます。
 布やポリマーを買うお金の寄付、布自体の寄付も数多くありました。そして製作にあたった多くのボランティアたちは、時間を作って集まり女工哀史よろしく、何台ものミシンを稼働させ、アイロンをかけ、ポリマーを詰め、一本ずつ使用説明書をつけ袋に入れて送りました。
 太田早苗さんが、堀井久美子さんに感謝をこめて作られたクッションを紹介させていただきます。太田さんは、切った数千枚の布の端切れを捨てずにこのクッションに詰め、作った布のいくつかを表地にして作られました。まさに「オレゴンの愛」「オレゴンから愛」です。
 このプロジェクトに微力ながらも関われたことを嬉しく思い、感謝し、多くの福島の子供たちが涼しく過ごせることを願っています。

クッション

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