岩坂彰の部屋

<番外> 追悼 山岡洋一さん

8月20日、翻訳家の山岡洋一さんが急逝されました。ちょうど1年前に当コラムにもご登場いただき、私自身、たいへんお世話になった方です。山岡さんの業績については、ウィキペディアのページもありますし、日経ビジネスの追悼記事もありますので、そちらをご覧頂きたいと思います。

山岡さんは、翻訳の「志」というものを強烈に主張されていました。翻訳はそんな簡単なものじゃないんだ。いいかげんなことをするな、と。

時間に追われる日々のニュース翻訳の中で、「この程度でいいか」と、ともすれば楽な方に流れそうになるとき、山岡さんの顔が思い浮かんで、もう少し頑張ろうと思うこともありました。山岡さんの他界は残念でなりませんが、きっとこれまで以上にあの世から私を叱咤してくれることでしょう。


山岡さんに初めてお目にかかったのは7、8年前、山岡さんが中心になって毎年催されている「ノンフィクション出版翻訳忘年会」の席だったと思います。そのときは名刺交換程度だったのですが、数日して突然お電話をいただいたのです。「岩坂さんは、ひょっとして昔『翻訳学の可能性』というのをお書きになっていませんでしたか?」と。

私も山岡さんの『翻訳とは何か』を読んで頷くところが多かったので(というか、当時は「こんな当たり前のことをわざわざ言わなければいけないのか?」という感じでしたが)、そんな話をしたあと、『翻訳通信』に何か書いてほしいと言われて電話を終えました。その後、何かとお声をおかけいただき、いろいろとお話をうかがう機会も増えましたが、こちらのコラムを書き始めたこともあり、結局『翻訳通信』には何も書けずに終わりました。それが心残りです(いや、山岡さんなら、その「心残り」の使い方は違う、とおっしゃるかな)。

翻訳理論というものをどう見るかについては、少し私と考え方が違うところがありました。以前、やはり当コラムにご登場いただいた井口耕二さんや高橋さきのさんたちと、翻訳理論の勉強会を、なんて話を出したときも、山岡さんは何となく否定的でした。山岡さんは山岡さんなりに「翻訳論」を構築しようとされていましたし、柳父章さんを高く評価されていたことからも、理論を否定していたわけではないはずです。ただ、認知理論や脳科学をベースに認知言語学的に見ていこうとする私よりも、はるかに実践的な、例えば商業的な翻訳におけるチェックの役割をどう位置づけるかというような方向でお考えのようでした。

しかし私も、言語の基礎理論に基づきながら、それを裏付けとして実践的な主張をしたい(たとえば、商業的な翻訳の望ましい発注形態とか)と考えていて、その点では、この方向で頑張ることが山岡さんの思いを受け継ぐことになるのかなと感じています。

山岡さんは経済分野がご専門でしたし、私にはその分野の仕事を引き継いでいくことはできませんが、翻訳に関わるこのような理論の一般化、そして何より翻訳の志、翻訳の理念というものを掲げていく大きな仕事については、少しでも、ご遺志を継いでいかなければならないと思っています。

私にできますでしょうか。山岡さん。

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