ケアンズ通信

23. オーストラリア住宅事情 ~ケアンズで家を買う(前半)

同じアパートの隣人Dと付き合い始めて一ヶ月程した頃、Dが突然「一緒に家を買わないか?」と言いだした。「一緒に家を買う?」イコール「一緒に住む?」イコール「結婚?」つい最近まで40歳、住所不定、無職、独身、おまけに恋人無しだった私もついにゴールインする時がやってきたのか。理想の結婚相手からはほど遠い相手だけれど、とりあえずそれには目をつぶることにすれば、今年のお正月には20代の頃からの憧れだった「結婚しました」年賀状を出せるかも!「結婚しました」の前に「やっと」って入れてもいいな。あ、海外からだから年賀状よりもクリスマスカードが良いか。妄想が爆発し、年賀状の印刷枚数を計算し始めていた私の様子を不審に思ったDが慌てて付け加えた。「Mihoが払っているアパートの家賃は、アパートの部屋のオーナーの住宅ローンの支払いにあてられている。同じ金額を払うのなら、家を購入して自分自身の家の住宅ローンの支払いにあてるほうが賢い。オーストラリアでは歴史的に見ると不動産の価格が右肩上がりに上がっているので、今家を買っておいて何年後かに売れば、買った時よりも高く売れて差額は自分の手元に入ってくる。二人で一緒に投資として家を買おう」Dは当時住んでいたアパートの部屋を所有していたが、寝室一つのアパートを狭く感じるようになり、寝室二つのアパートを買いたいと考えていたようで、ちょうどタイミングよく現れた私を、住宅ローンを支払う相棒に担ぎたかったというのが彼の本音だと思う。「家を買う」と「結婚する」は全く関係が無かった。

「やっと結婚しました」年賀状の夢から現実に引き戻された私は、Dの提案に猛然と反対した。不動産会社に勤めて四ヶ月が経っていたものの、不動産にも家を持つということにも全く興味が無かったし、結婚するかどうかもわからないDと一緒に家を買うなんてとんでもない話だった。日本の両親にだって説明ができない。頑なにNoを繰り返す私に「そんなに不動産に批判的だったら、不動産営業なんてできないんじゃないの?自分が家も持っていないのに、人に家を売れないでしょ?」とDは説得方法を変えてきた。「私の仕事は秘書で不動産営業じゃない。だからいいの!」と切り返すと「でも上司が家を売る時に不動産に全く興味が無ければ良いサポートは出来ないよ」と痛いところをついて来た。肩書きは秘書では有ったが、日本のお客さんには私が案内できるようにと不動産営業の資格も取ったばかりだったので、確かにDの言い分も間違ってはいなかった。

「ずっとケアンズに居るかどうかもわからないのに(そしてあなたとずっとつきあっていくかどうかもわからないのに)、何十年のローンなんて組めない!」と私も戦法を変えると、Dは高らかに笑って「何十年もローンを支払い続ける気なんて自分にもないよ。リノベーション(改築)して物件の価値を上げて、数年以内に売るんだから」と言う。日本と違い「家は一生物」という感覚はオーストラリア人にはなく、その時のライフスタイルに合わせて住む場所も家も変えていくため、Dが言うように30年の住宅ローンを組んでもその家に30年住むという人は多くない。以前友人の家に遊びに行った時のこと、50歳の誕生日を迎えたばかりというご主人が「昨日、家を買ったんだよ。住宅ローンが終わる時には自分は80歳だよ」と笑って言うのを聞いて、「80歳になってどうやってローンを返済するんだろう。今12歳の息子さんがローンを引き継ぐんだろうか」と真剣に心配したことがあったが、Dの話を聞いていると、そして職場で出会うお客さん達を見ていると、その時の私の心配は全くの取り越し苦労であったことがわかる。ローン終了時は80歳という人にお金を貸すという銀行のシステムも、この国の住宅事情が反映されている。

「とにかくオープンハウスだけにでも行ってみようよ。Mihoの仕事の役にも立つと思うよ」最後はなだめすかされ、それからは毎週末オープンハウスめぐりをすることとなった。

地震が無いオーストラリアでは家の耐久年数が日本の住宅よりも長い。家を取り壊して新しく建て変えるのではなく、古い家をリノベーション(改築)して住宅の価値を上げるということが頻繁に行われるため、市場で販売されている住宅の殆どは中古住宅である。家の所有者が自分の家を売ると決めた場合は、販売担当の不動産会社を選び、選ばれた会社はインターネット、新聞広告でその家の宣伝活動をし、週末には時間を決めてオープンハウス(内覧会)を開催する。オープンハウスは30分から1時間。家を探している人達は、自分が家を探しているエリアで行われるオープンハウスの時間を新聞で確認し、一日に複数の家を見て廻る。家を気に入ればその場でオファーを入れ売買契約を結ぶということもあるし、人によっては週末のオープンハウスめぐりを一年以上繰り返す場合もある。

毎週土曜日、地元の新聞に別冊で入ってくる不動産専門情報誌。巻末にはその週末に開催されるオープンハウス(内覧会)の住所と時間が、エリア別にリストアップされています。

Dに引きずられるようにして始まったオープンハウス巡りだったが、不動産会社で働く私にとっては確かに有益だった。販売中の家を実際に見ることで、家の価格についての認識が出来るようになったし、販売している他社の不動産営業マンから会話や接客のテクニックを学ぶことも出来た。そして最初は「仕事のため」と思っていた内覧も、次第に「自分がこの家に住んでみたいか」という観点から家を見るようになっていった。「今日はこことあそこでオープンハウスが有るよ」と自分から新聞をチェックするようになった私に、Dは心の中でほくそ笑んだに違いない。オープンハウスめぐりを始めて六週間ほどした頃「不動産価格はまだまだ上がる。値段が上がって買えなくなる前に買ったほうがいい。銀行に行って、住宅ローンを組んだ場合二人でいくら借りれるかを聞いてみよう。住宅ローンの事前認定を受けていたほうが、家を購入する場合にも優位に働くし」とDが言い始めた。

ケアンズのあるクイーンズランド州では買い手が住宅ローンを使う場合は、売り手、買い手が契約書を交わした後、所定の期間内に買い手の住宅ローン申請の認可がおりなければ、その契約は無効となる。その場合、買い手には一切ペナルティは無く、最初に支払った頭金も全額返済される。売り手にとっては、契約が入り「売れた!」と思っていた家を再度市場に戻して販売活動をしなければならないという好ましくない事態になる。そんな事態を防ぐために、売り手の担当不動産会社は、住宅ローンの事前認定を受けている買い手を好むことになり、買い手としても住宅ローンの事前認定を受けていることが、購入パワーになるというわけだ。

私はオープンハウスめぐりで不動産に興味を持ち始めていたものの、家の購入には未だ否定的だった。ビザのためにやってきたケアンズで念願の定職にも就き恋人も出来たが、将来はメルボルンへ戻りたいと考えていたし、Dとだって将来どうなるかわからない。「別れた時には家を売って利益を分ければ良い」とDは繰り返していたが、利益どころかマイナスが出る可能性だって有るし、家のために泥沼化するのも嫌だった。それでもまた「銀行でローンの話を聞くのも仕事に役立つよ」とDの口車に乗せられて、銀行へと行ってしまうのだった。(後半へ続く)

Roundabout(ラウンダバウト)と呼ばれるオーストラリアではお馴染みの円形交差点に立つオープンハウスサイン(看板)。オープンハウスを開催する家への道印で、週末には至る所でこのオープンハウスサインを見かけます。

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