Did you know that?

41. 私とボランティア(後半)

さて、ボランティア(Volunteer)という言葉は、原義は志願兵である。歴史的には騎士団や十字軍などの宗教的意味を持つまで遡るらしいが、語源はラテン語「Volo(志願者)」だそうだ。 ボランティア活動は、定義では自主性、無償性、利他(社会、公共、公益)性などに基づく活動とされる。 しかし、「ボランティア」の意味として最も理解しやすい定義は、「無償の労働」と「強制力がなく自己の選択で支援活動ができる」のことではないだろうか。アメリカには、Volunteer MilitaryやVolunteer Armyなどという志願兵組織があるが、 “Volunteer “という言葉を使っても有償で働くこともある。

阪神大震災、また東北地方大震災でのボランティア活動からも感じたことだが、日本での「ボランティア」のイメージは、どうしても災害時の若者たちの「災害援助」と言う印象が伴ってしまう。もちろんNGO、NPOなどの活動も入ると、語義はもう少し広まるのかもしれない。

アメリカでも災害時のボランティア活動はあるが、災害時には“National Guard(国家警備隊)”という軍事組織の一つが救援、支援にあたる。この機関は、州兵とも呼ばれ州単位での活動が多く、災害救援、暴動鎮圧などの治安維持にあたるのが主な仕事である。アメリカ国内の災害が発生した場合、徹底的に訓練を受けたNational Guardが救援活動を行う時、援助活動をできるボランティアは、 Red Cross(赤十字社)、NGO、NPOやMedical Team(医者や看護婦など医療関係者を送る)などの専門組織を通してしかできないのではないだろうか。個人の災害ボランティアという話は、ほとんど聞いたことがない。

さて、私自身のボランティア活動は、相変わらずいろいろな方面に広がっていっている。4年程前にはこの地方の非営利団体の「太鼓団」の役員を頼まれたが、団員の給与と運営資金集めに奔走させられ、毎日来るメールの膨大な数に圧倒され、1年間で辞退させてもらった。 寄付依頼は私には全く向かないボランティアであることがハッキリわかった。「日本庭園」では、教育関係の役員を受け、日本庭園とこの地方の学校関係をどのように繋げていくかという支援をしている。地方としては、日本人女性とアメリカ人女性の友好団体「ともだち会」で、会長を2年間受け、役員を6年間続けている。130名程の会員がいるが、役員は、毎月1回の集まりのため日米の文化イベントを企画し、ニュースレターを発行し、趣味の集まりのグループの管理などをする。わが家には、趣味のグループである日本の歌を歌うコーラスのメンバーが、月に2回集まって練習する。東北地方大震災後には、Pink Martiniや由紀さおりさんと一緒に支援コンサートに参加させていただいた。参照:こちらをクリック!

その他日々の単位でするボランティアは数しれないが、今年は6月末にこの地方の女性たちが集まって東北地方の幼稚園、小学校の子供たちに「クールタイ」を送る企画に参加した。この数は最終的に12000本余りに達した。 また秋には、大震災から8ヶ月以上経ち、人々の意識が薄くなっていく中、福島県と宮城県の仮設住宅に住まれているお年寄りたちに、少しでも温かく過ごしてもらいたいと「ネックウォ−マー」を送るプロジェクトに加わった。約40名の日本女性がボランティアを申し出、自ら寄付し、寄付を集め、作業し、11月末までに4700枚のネックウォ−マーを福島県と宮城県に送った。ただ、今回は、全てをこちらが作って送るばかりでなく、仮設住宅に住まわれている女性の方々に自分たちでも作ってもらおうという案もでて、裁断しただけのネックウォ−マー生地も2000枚送った。ミシンも流されて持っておられない方々のことを考慮し、手縫いで作れるよう「作り方」と「手縫いのサンプル」を付けて送ったところ、コミュニティセンターに50人も集まって作業をされたそうだ。自分の分、家族や友人たちの分も作ってあげられたことだろう。送られてきた写真には、80歳を超えておられるような女性も含め、ネックウォマーを仕上げられた満足そうな笑顔が写っていた。一時でも大変さを忘れ、夢中になってネックウォ−マーを作っていただいてよかった……。

ネックウォ−マー企画に賛同してくれたPhyllis Stevensonと「ともだち会」会長のLynn Geis

Phyllis Stevensonさんは、自分の仕事からこのFleece(伸縮生のあるフェルトのような生地)一巻き全てを寄付し、又2000枚以上のネックウォ−マーの生地をコンピューター制御した裁断機で切ってくれた。

山積みされたネックウォ−マーの一部

ネックウォ−マー企画代表の太田早苗さんと私。11月末に行われた大学の「Japan Night」というイベントで、パワーポイントのプレゼンテーションを終え、募金を依頼しているところ。

アメリカの「ボランティア」と言う語彙の定義は、とても広いように思う。学校では、“Who volunteers to do this math problem?(この数学の問題を前に出てやってくれる人はいませんか?)” “Does anyone volunteer take the old lady’s role in this play? (この劇の老婆の役をやってくれる人はいませんか?)”等、教室内でも簡単にボランティアという言葉をつかって頼み事をする。ボランティアの種類や数がどれ程あり、どのような仕事に使われているか分からない。大学入学申し込み書類には、「ボランティア」の欄があり、高校時代にどのようなボランティア活動をしたかを記入しなければならない。これは合否に考慮される。お金持ちの友人は、娘を有名私立大学にいれるために、夏休みの数ヶ月間、発展途上国で英語を教えるボランティアに自費で行かせた。看護大学に行きたい友人の子供も病院で夏休みの間ボランティアをした。娘は日本庭園で季節毎のイベントの手伝いをしたこと等も、大学申し込みボランティア項目にいれた。アメリカの殆どの高校には“Key Club”というのがあり、子供たちや貧困層を支援する、公園や海岸などの清掃を企画するなど、ボランティアの基本、無償行為の大切さを学ぶ。

このように、アメリカの学校、特に高校では、自分の余剰の時間や労力あるいは知力までも地域や社会に役立てるということを、「ボランティア」という形で教えている。

では、無償であり、時間もかかり、また持ち出しでお金さえ寄付するようなボランティアを人々はなぜするのか……。他の人のことはわからない 。

私の場合、学校でのボランティアは、我が子の予算不足の公立学校が健全で良い教育を提供してくれる手伝いを少しでもしたいという気持ちからだった。他のボランティアは、手伝ってくれないかと頼まれ、それが自分の納得することであれば、喜んで自分の労力を提供してきている。

何か見返りを期待してボランティアをする人は少ないと思う。しかし、私はこれらのボランティア活動によって、かけがえのないものを得ている。一緒に働く友人たちが「宝」かもしれない。私と一緒にボランティアをする人たちは、私利私欲なく本当によく働く。そして、何かを仕上げた時の満足感。人が喜んでくれた笑顔は、私を幸福感に満たしてくれる。

英語には、“The more you give, the more you get.”という諺がある。ボランティアを通して、私は自分が与えているものよりも得ているものが多いと確信できる。それはお金では買えない、言葉で言い表せない程大きな人々の「優しさ」「愛情」「笑顔」ではないだろうか。

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追記:今年は日本にとって、また日本人にとって試練の年だったと思います。遠くアメリカから、私も心を痛めながら、自分のできるわずかな支援をしてきました。私の2人の子供たちは、このような大変な中でも大好きな日本の大学に通っています。心配の種は尽きませんが、自分たちのできることを一生懸命しています。来年は少しでも明るいニュースが聞かれるようにと願っています。
今年も私のエッセイを読んでいただき、ありがとうございました。
皆様にとりまして、新年が健康で良き年となりますようお祈りいたします。

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