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42. アメリカ公立学校ボランティア

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 夫が言った。
 「公立学校が廃れてくると国が滅びると僕は信じている。だから、うちの子どもたちは公立の学校に行かせ、学校をサポートしていくんだ」

 長男が小学校に上がる前、私立に行かせたほうがよいのではないかと迷って、夫に相談したときの答えである。夫の言いたいことは、「貧富の差を問わず全ての子どもたちに教育の機会を与える公立の学校が荒んでしまい、その中から卓越した人物が出てくる可能性を閉じてしまう国は、長い目で見れば滅びる」ということらしい。これが本当かどうか疑う気にもなれないまま、経済的にも大変なので、我が家の子どもたちにはアメリカが滅びないように、小学校から高校まで公立の学校に行ってもらった。

 アメリカの公立学校は、入試もなく、幼稚園から高校まで無料である。ただ、義務教育期間[注1]は州によって違う。学校には、移民してきたばかり子どもから、メキシコやカリブ海の国からの季節労働者の子、親の海外赴任に伴ってきている子、医者や弁護士、科学者の子どもまで、ABCも分からない子どもから秀才、天才まで多人種、多才な子どもたちが通っている。

 事実、夫のふた従兄弟は公立の小、中学校に通ったが、数学の天才であったため、高校一年生の時ハーバード大学に入学し、十六歳で大学に在籍しながら IBM にアタッシュケースを提げ仕事にも行っていたそうだ。

 アメリカの公立学校も地方自治体、つまり州政府及び市や郡の財政によって運営されている。幼稚園の一年を含め小学校から高校まで十三年間、無料で教育を受けさせるのは大変なことである。人口の多い都市部や大企業の税金を召集できる地域は別として、州からの助成金を含め、個人の所得税、固定資産税、消費税、寄付(地域によっては寄付がないところもある)などのみで学校経営を強いられる地域の財政は豊かではない。

 学校や親は、限られた予算の中で1クラスの人数をできるだけ少数におさえ、優秀な教師を得、子どもたちによりよい教育を受けさせたいと思っている。
 しかし、これらが全てうまくいくわけではない。我が子が通う学校で親として学校をより良くしていくために何ができるか。
 自分たちの持つ時間や能力を学校で活用してもらうボランティアが、もっとも効果があるようだ。

 アメリカの学校、特に小学校のボランティアの凄さは想像以上である。各学校のボランティアの数は、地域によって変わり、収入が多く裕福な家庭が集まる地域では、専業主婦も多くボランティアに携わり易いが、共働きの多い地域では少なくなる。

学校全体行事“開拓者の歴史”で、開拓者の服装でボランティアをする母親たち。

子供たちも開拓者の衣装で登校し授業をうける。


 学校では、年度終わりの五月に次年度のPTC(Parents & Teachers Club)を運営していく役員を選出し、九月初旬にボランティアを募る。息子と娘が通った学校では、新学期初日にボランティアチェックリストを渡され、保護者は自分の名前、電話番号、Eメールアドレスを書き、自分が手伝うことのできる仕事にチェックマークを付けていく。項目は 30 以上もあるが、リストには仕事内容について簡単な説明があるので、私のような外国人にも何らかの手伝いができるような気がしてくる。

 仕事は、自分の子どもの担任及びクラスの手伝い、そのクラスのボランティア責任者、パーティ担当者などクラス単位のものから、学校全体では、毎朝欠席や遅刻者の電話連絡をチェックし各担任に連絡する仕事、行事の担当、四季の展示物や飾りつけの係り、図書室では本の貸しだしや整理まで、日本なら職員がするような仕事もボランティアに任される。学校のありとあらゆる行事から日々のスケジュールまでボランティアが関わっていると言ってもよい。

 私自身は、子どもたちが通ったテラ・リンダ小学校で9年間ボランティアに携わってきた。主にクラスで手伝ったが、並行して保護者で企画運営しているパスポートクラブやオークションにも関わった。パスポートクラブは、保護者たちによって、子どもたちの目を世界に向けさせ国名を覚えさせる目的で作られた[注2]。キンダーガーデンを除く全生徒四百数十名に、毎週 20 ヶ国の国名と位置を覚えてもらい、生徒一人一人を口頭でテストしていく仕組みだ。約 30 名の保護者が一年を通して関わった。

 オークションは、一年おきにPTC会長、役員を中心にボランティアが募られる。私が関わった二年目のオークションでは、7万5000ドルを一日で売り上げた。寄付で集めた商品を売るのはもちろんのこと、その内訳は多岐にわたり、日本人の私には想像もつかないものが数多くあった。

 自分の別荘を一週間利用してもらうことを寄付した親がいたが、この権利は500ドルで落とされた。PTC会長の校内特別駐車場は1000ドルで買われた 。航空会社に勤める保護者がハワイまでの往復航空券を四枚寄付したとか、十人分のパーティ食事のケータリング[注3]というのもあった。クラスの子どもたちが描いた絵を母親たちがキルトの壁掛けに作ったものは、作った本人たちの間で、競り合い2500ドルまで値段が吊りあがった。公立の学校にもお金持ちはいるものだと感心した。

 この小学校の地域では専業主婦が多いためか、生徒の半数から三分の二の親がクラスボランティアの登録をする。これは責任者によってスケジュールが決められ、保護者は決まった時間、責任を持って担任を手伝う。大抵の場合、午前と午後に分けられ、2、3人一組で担当する。
 コピーをとる、スペリングテストや算数の採点、移民してきたばかりで英語が分からない子にABCから教える。勉強が遅れている、あるいは作業の遅い子どもの手伝いをする。この手伝いによって担任教師の時間的、精神的余裕もできる。もちろんボランティアにも、担任の邪魔をしない、批判しない、作業について口外しない、自分の子どもだけを特別扱いしないなど常識的ルールがある。

 ボランティアは決まったスケジュールのものばかりではない。保護者や外部の人たちの単発的な講義など、学校全体のものから一クラスだけのものもある。ある歯科医の父親は、歯の模型とペットの大型犬を教室に連れてきて、人間と動物の歯の仕組みの違いについての講義をしてくれた。グライダーを作るのが趣味の父親は、クラス全員の子どもにグライダー作りの材料を準備し、作らせてくれた。

“How to make felt and yarn” の説明をしている筆者と友人。手前に手動の糸紡ぎ機がある。


 私は、五年生に英語で俳句を作らせ、作品を習字で書くという二時間の授業を任されたことがあった。また織りの専門家の友人と一緒に“How to make felt and yarn” という講義をした。実際に羊毛や糸紡ぎ機で糸を紡いでみせ、羊のどの身体の部分の毛がどのように変化していくかを羊毛、毛糸、フェルト、絨毯などの切れ端に触ってもらいながら説明した。その後子供たちには、羊毛でフェルトを作る作業をしてもらった。この授業も子供たちはとても喜んでくれた。

フェルトの作り方を指導している筆者

 夫の大学には、日本からの留学生もたくさんいる。夫の授業をとっている大学の日本人学生数人が子どもたちのハロウィーンを見てみたいといった。私は小学校のハロウィーンパーティーに学生たちを連れて行く許可をとった。四百数十名の生徒、教師や職員全員が仮装するこの行事はとても楽しい。ボランティアの親たちも魔女やピーターパン、星の精など工夫を懲らした仮装で作業をする。学生たちは、ハロウィーンを楽しんだのはもちろんのこと、その後この学校で週一回、クラスに分かれてボランティアをすることになった。私が学生たちの身元保証人になり、ボランティアの書類の諸事項にサインをしなければならなかったが、留学生でも定期的に学校の出入りができることに学生たちも驚いていた。

 中学校や高校では、クラスボランティアはほとんどなく、スポーツ試合を中心に学校全体の運営や行事に関わるボランティアが要求され、数もずいぶん少なくなる。

 私が最も感心したことは、これらの保護者ボランティアの時間が正確に記録され、その年間総合時間を企業とタイアップし寄付金を依頼することだった。

『私たち保護者がボランティアとして働いた時間は、貴企業の社員が営利目的に働いた時間と変わりはありません。私たちは将来を担う子どもたちの教育を支えるという大きな責任を担っています。この労働に対し、貴企業が得た利益の一部は、学校に還元されるべきです[注4]

 テラ・リンダ小学校では、この地域の大手企業インテル、ナイキやウェルズァーゴ銀行が主な提携先だった。

わが家の近くにあるナイキ『NIKE』本社の入り口。奥に建物があるが、通行証が無いと入れない。


 毎日30人から50人のボランティアがいるこの小学校で、私は9年間一度もいじめや不登校、学級崩壊の話など聞かなかった。

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