岩坂彰の部屋

第35回 「メイの冒険」の楽しみ方

松本人志の「コントMHK」の中のコーナー「メイの冒険」をご存じでしょうか。影絵の画面が紙芝居のように続き、英語のスクリプトが読み上げられ、続いて日本語訳が付けられます。たとえば第2回目だったと思いますが、

「メイの冒険」の画面はこんな感じです(手描きで写してみました)。昔懐かしい影絵の雰囲気が異次元の世界に誘います。

Her name is May.

彼女の名前はメイです。

May is in love with the Sushi Chef aged 40 years different to her, Mr. Tachibena.

メイは40歳離れた寿司職人のタチベナさんに恋をしています。

と、教科書風(?)に始まります。

日本語が先に来ることもあります。

メイはかつて2年ほど、ヤンチャをしていました。

ヤンチャって何て言うんだろうと思っていると、

Some time ago, for about 2 years, May was a little naughty.

ああ、naughtyね。うーむ、ホンマやろか。

May once let Mr. Tachibena have it for talking vaguely.

"have it"って、何?

メイは前に一度、あいまいなことを言っているタチベナさんにかました事があります。

え、そうなの?

展開の脈絡のなさが面白いと言えば面白いのですが、笑ってしまうのはやはり翻訳です。というか、翻訳に興味のない人には面白くないんじゃないだろうかとよけいな心配までしてしまいます。


「硬度」な遊び

いったい何が面白いのだろうと、つらつらと考えてみました。笑いの基本はズレです。ズレを作るには予測が必要です。受け手側が何かを予測していなければなりません。この場合、話の展開の予測が裏切られるということに加えて、私たちは英語を見ると反射的に訳を予想していますから、そこで裏切られると楽しくなってしまうわけです。

May hates going to hospital.

メイは外来を嫌います。


なんて翻訳ソフトみたいな生硬な訳が来たと思えば

That's because she's using a DVD recorder with dual tuners.

2番組同時録画をしているからです。


というような実用的な訳が出て来たり。翻訳家はいつでも翻訳の「硬度」を揃えることに気を遣っていますから、そこのところで裏切られる感じです。

そこで思い出されるのが、20年以上も昔の、翻訳仲間とやっていた遊びです。1つのテキストを競争で何通りにも訳し分けるのです。硬く、あるいは柔らかく。「その根本原因は1台のデュアルチューナー内蔵DVDレコーダーにあったのである」とか「医者なんか行きたくねーよってタイプ」とか、多人数でやればいろんな訳が出てきます。

言ってみれば言葉のストレッチのようなものですね。柔軟性を高めておくことは大事です。とくに学習者にはこの練習はお勧め。

ただしそれだけでは終わりません。ストレッチというのはあくまで準備なので、いざ本番となったら、どこもかしこも自由に動かしているわけにはいきません。私の趣味の弓道で言うなら、1射ごとに関節が自由に動いてしまったら確実な結果は望めません。翻訳も、1つ1つの文なら学術書風にもロマンス小説風にも訳せますが、例えば報道記事として読者対象が決まったら、そこに向けて「硬度」を揃えていかなければいけません。

「メイの冒険」の翻訳者的な面白がり方としては、この硬度のずらしが1つのポイントですね。

でも、それだけじゃない気がします。


個人限定の面白さ?

メイはすぐにもどします。

May is quick to vomit.

このquick to vomitがなんだかおかしいんです。quick toなんていうのはけっこう一般的な言い回しだと思いますが、私がふだん目にする英文の中では、記事の中で誰かの言葉を引用して、でもその誰かがquick to add~した、という表現がよくあります。自分の発言が何か誤解を招くかもしれないと気づいた話者が急いで何かを補足するイメージですね。

そのイメージでquick to vomitを見ると、笑えてくるんです。これは知識が中途半端に偏っているから面白いのであって、ふつうのネイティブはそういう面白がり方はしないのかもしれません(ちなみに、"quick to vomit"をウェブ検索してみると、この「メイの冒険」がらみ以外では数件しかヒットしませんから、英語的にも一般的でないことは確かです)。でも、「メイの冒険」には、英語話者、日本語話者のそれぞれの知識の中途半端な偏りを面白がっている部分もあります(Mr. Tachibenaという名前もその一例。あとMay will not pay Key Money.とか、日本に慣れ始めた頃の外国人が思い浮かびますね)。なので、それはそれでいいかと思ってます。結局quick toの使い方とか、naughtyのニュアンスとか、ずいぶんお勉強することになったし。

最後にもう1点、これもなんだかよくわからない面白さについて。

メイが2度目にタチベナさんに「かました」とき、a strange sound came from Mr. Tachibenaします。

May thought, "Oh, That'll take a long time to heal."

メイは「あ、これは長引くな」と思いました。

これには「やられた」と思いましたね。字幕翻訳はやったことがないし、勉強もしたことがありませんから、やられたも何もないんですけど、なんだかそう思ってしまいました。「メイは、あ、これは長引くな、と思いました」。この言葉のリズムだけで、参りました、という感じです。

それにしても、いったいどうやって制作しているのでしょう。機械翻訳とプロの翻訳家の訳を混ぜて放送作家が構成しているのかな。気になります。

(2012.2)

 

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