ケアンズ通信

28.オーストラリア住宅事情~ケアンズでガーデニングする(後半)

リップスティックパームの成木。名前の通り口紅のような赤い色が特徴。

私とDが購入した家は当時、フロントヤード(表庭)、バックヤード(裏庭)に各2本の椰子の木があるだけ、両隣の家との間にも針金のような柵があるだけのなんとも寂しい庭だった。私達は植物園のような庭を造ることを目標に、まずはリップスティックパームとよばれる椰子の木の苗を4本購入して、フロントヤード、バックヤードに2本づつ植えた。リップスティックパームは、成長と共に幹が口紅のような赤い色になる豪華で美しい木だ。他の椰子の木に比べると育つのに時間がかかり、生育した木の値段もずっと高い。高さ30センチほどの苗を買った時にお店の人から「5年したらきれいな赤い色が見られるよ」と言われ「このリップスティックパームが成長するのを見るまでは、パートナーのDとも別れず、家も売らずにすむよう頑張らなくては」と心に誓ったのを今もよく覚えている。リップスティックパーム以外にも、葉が狐の尻尾のように見えるフォックステイルパーム、扇を広げたような葉のチャイニーズファンパーム、細い葉が集まって丸い形を描くレイディーパームなどパームツリー(椰子の木)は種類が多く、ケアンズの殆どの家には何かしらのパームツリーが植えられていて、南国情緒をかもし出している。

リップスティックパームから始まった私達の庭は、少しづつ植物を増やしていった。Dも私に劣らず植物が好きだったので、少しでもお金に余裕が出来ると二人でナーサリー(植木屋)に行って、新しい苗木を買ってきては植えた。毎週日曜日に地元のマーケットで切花を買っていたのだが、そのお店の人から「この花は水につけておけば根が出るから庭に植えられるのよ」と教えて貰った花は、部屋で花瓶に入れて鑑賞した後は庭へ移すという作業を繰り返した。引っ越してきた直後は庭の土がコチコチに乾燥していたので、植物を育てるのには適さないのではと心配したが、お隣から「この木を植えていたら栄養分を土に還元してくれるから土の質が良くなるわよ」と頂いた数本の苗木を植え、食べ残した食材や野菜の切りくずなどを捨てるコンポスト瓶を庭に設置し、また自宅で馬を飼っていた友人から馬糞を貰ってきて庭に撒いた頃から土が肥え始め、木や花がグングンと大きくなっていった。馬糞の話を九州に住む母親にしたところ「土を触ることも嫌がってたあなたが馬糞なんて・・・」と絶句していたが、タダで貰った馬糞が庭の植物達を大きくしてくれると思えば、汚いとも何とも感じなかった。また、それまで毛嫌いしていたミミズ等も、土を肥やしてくれ植物の成長を助けてくれると思えば、それまでとは違った目で見れるようになった。

うちのフロントヤード(表庭)

「植物は植えた直後に土に馴染むまでが大切だから、沢山水をあげるように」とナーサリーで言われたことを経典のように信じ、雨の日以外は毎日、夕方仕事が終わってから約1時間水撒きをした。「ケアンズで、この家で、一緒にしっかり根を張っていこうね」心の中で植物に声をかけながら水遣りを続けた。外国の小さな街で、一年前に知り合ったばかりの赤の他人とオンボロ住宅を買ってリノベーションを始めてしまい、将来への不安が一杯だった私にとって、庭の植物達は私の生活の目撃者であり、運命共同体だと信じていた。

水撒きをしていると、黒と白の羽の小さな鳥が一羽、必ず近寄ってくるようになった。私から1メートル程しか離れていない所に止まり、きれいな声でさえずり、まるで私に話しかけているかに見える。「この鳥、私のことが好きなんだ」と真剣に考えるようになっていたのだが、その話をDにすると「水を撒いたら土が跳ねて、土の下の虫が表面に出てくるから、鳥はその虫を食べようと待ってるんだよ」と笑われた。「鳥に愛されている私」の夢を失い落胆すると共に、40歳を過ぎてそんなことも知らなかった自分を情けなく思った。それまで知らなかった自然のルールや営みをガーデニングを通して少しづつ学んでいった。

うちのバックヤード(裏庭)

水撒きといえば、思い出すことがある。家を買い、ガーデニングを始めて一年程経った私の誕生日の朝、リビングルームから聞こえてくる“Happy birthday to you…”。Dのオンチな歌声に起こされてリビングに行ってみると、コーヒーテーブルの上に納戸に押し込んでいたはずの色あせた風呂敷が広げてあり、床の上にはラッピングペーパーがくしゃくしゃになって散らばっていた。「ラッピングがうまく出来なかったんだ。プレゼントは布の下」Dはニコニコ笑っている。風呂敷の下には何かが盛り上がっているが、一体何なんだろう。恐る恐る布を取ってみると、そこには緑色の物体が横たわっていた。その正体を理解するまでに数秒かかったと思う。それは、庭に水を撒くゴムのホースだった。箱に入っているわけでもなく、お洒落な模様が施してあるというわけでもない、ハードウエアショップで売られている、普通の、何の変哲も無い、万国共通のただの緑色のゴムホースがグルグルとテーブルの上でとぐろを巻いていた。「Mihoが毎日使える物をプレゼントしたいと思って」Dの言葉にどう返事をしてよいのかわからなかった。誕生プレゼントがゴムホース?こんなの有り?しかもこの渡し方。誕生日なのにロマンティックでも何でもない。可笑しくて、情けなくて、嬉しいのか悲しいのかよくわからなくて、でもやっぱり可笑しくて、私は笑い出すと止まらなくなり、お腹がよじれるまで笑った。Dも一緒に笑った。

その日会社へ行くと同僚達が誕生日ケーキを用意してくれていていて「Dには何のプレゼントを貰ったの?」と聞かれたのでゴムホースの話をすると、一番年長の女性が「誕生プレゼントがゴムホースなんてありえない!」と怒り始め、私が止めるのも聞かずDが働く支店に電話をかけ始めた。Dは社内にいなかったようだが、電話に出た女性スタッフに「ゴムホース」の話をし、その後オフィスへ戻ったDは支店の女性陣から「Mihoにちゃんとした物をプレゼントしなさい!」と責められたらしい。数日後「皆に言われたように、ちゃんとした物をプレゼントすべきだと思って」とDからイアリングを貰った。もちろん有り難く頂戴したが、イアリングよりも香水よりもハンドバックよりも、ゴムホースは素敵な贈り物だったと今では思っている。

時間の経過と共に私達のガーデニングにも少し年季が入ってきた。それぞれの植物の性質もわかってきて、植え方にも配慮するようになった。蝶が好きな木、鳥が好きな木をそれぞれ植えたおかげで、幸福を運ぶといわれる青い蝶ユリシスや、色鮮やかな野鳥が庭で見られるようになった。パイナップル、パパイヤ、バナナ、ライム等のフルーツも植え、庭に美味しい彩が加わった。パパイヤは食べた後の種が勝手に育ち、パイナップルも食べた後に茎を土に戻しておいたらグングンと大きくなって実をつけた。誰にだって出来る簡単なガーデニングだ。

先日、仕事で会った日本人のお客さんから「美保さんはケアンズの何が好きなの?」と聞かれた。「ケアンズの色鮮やかな植物がとっても好きなんです」と答えながら、ヘンな答えだなぁと自分でも思ったけれど本心だから仕方がない。リップスティックパームを植えてから約4年。バックヤードに植えた1本は随分と大きくなってきた。あと1年で赤い色の部分が大きくなるはずだ。頑張れリップスティックパーム、頑張れハイビスカス、頑張れパイナップル、夕飯の準備もそこそこに、今日も庭で水を撒き続ける。

庭に出来たパイナップル。赤い部分がだんだん緑に変わり、店頭で見かけるようなパイナップルの実に変わります。

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