Did you know that?

46. パリを訪れてみれば−②

〈歌舞伎衣裳展示会〉

ピエール・ベルジェ イヴ・サン・ローラン財団主催の歌舞伎衣裳展は、イヴ・サン・ローランの本社そばのギャラリーで開催されていた。今回の展示会は、故イヴ・サン・ローラン氏が着物好きで、来日の際にも歌舞伎観劇もしていたことから、財団側から「日本文化をフランスに紹介したい」との依頼があり、実現したものらしい。

地下鉄の通路には、歌舞伎展の大きな看板があちこちにあり、展示会にかける宣伝のすごさを感じた。

夫と私がアメリカから展示会に来ることで、ギャラリーのCuratorを依頼されたオーレリー(Aerelie)女史とパリに長く住むアメリカ人日本研究学者Allenがギャラリーの展示説明から、Musee Guimet 、日本文化会館まで案内をしてくれた。ちなみにオーレリーは、Musee Guimet『ギメ東洋美術館』というすぐ側にある大きな美術館のCuratorであるが、この展示会の為にイヴ・サン・ローラン財団から展示会の総責任を負っていた。日本文化会館では、2階の図書室で学生と思われる多くのフランス人が熱心に勉強している姿をみて感動してしまった。パフォーマンスも行なわれる素敵な劇場もあり、私たちは、その夜にある小林賢太郎の「ぽつねん」と言うパントマイムを観た。想像力あふれる楽しいものだった。

さて、展示会では、松竹衣裳が所有する衣裳27点、小道具、版画、写真、ドキュメンタリー映像などが展示されていたが、この飾り付けにあたっては、松竹から5人が来られ作業にあたられたとのことだった。会場自体もこの衣裳展に合わせて新しく内装されたそうで、歌舞伎衣裳の魅力を十二分に引き立たせる雰囲気の素晴らしいものとなっていた。熱心に見て廻るパリの来場者をみながら、夫は、遥々観に来た甲斐があったと満足そうであった。

オーレリーに特別許可をもらって会場内の写真を撮らせてもらった。

展示品は、「自分の国の文化だ」と誇りたくなるような立派なものだった。

〈失業率は何故高い?〉

パリ滞在中の殆どの移動は、地下鉄を利用した。夫はフランス語も少しわかるので、気軽に利用できるだろうと思っていた。ところが、チケットの買い方、クレジットカードの使い方がわかるまで一苦労であった。とにかく、誰も聞く人がいない。人が働いていないのである。駅の窓口に、人が一人いることがあるが、改札口にもプラットフォームにも誰もいない。キオスクのような売店も自動販売機もなにもない。夫がいたから私はどうにか目的地に着くことができたが、どうして駅に人が働いていないのだろうと不思議に思った。
 街の中心部、ラファイエットデパートやオペラハウスがあるような地下鉄の地下道には、食品やアクセサリー、花屋等の店があったが、日本みたいで嬉しくなってしまった。それにしても駅員が誰もいない地下鉄で、日々事故もなく、他の問題もおきずに運営されていることに驚きを覚えた。

ジュースなどの飲料水の自動販売機は、何処にも見かけなかったが、なぜか地下鉄の出口に唯一あったこのコンドームの自動販売機。

夫の原稿料はユーロで支払われていたので、現金に替えて使おうとAllenに郵便局まで連れて行ってもらった。結構大きな郵便局には、切手等を売る女性が一人、それに奥の方で、お金等を扱う男性が一人いた。たった2人しか働いていないの?奥の方に行って、Allen がフランス語で事情を説明しているようだった。しかし、ここでは小切手を現金に換えることはできないとのことだった。
「え〜っ!この小切手は郵便局が発行したものよ!どうして自分の所で発行した小切手を自分のところで換金できないの?」
 もちろんできないことはないそうだ。ただし郵便局に口座をつくれば……。ところが説明では、フランスに居住していなければ口座はつくれないそうだ。局員は、アメリカに戻って替えた方いいと言ってくれた。本人がここにいるよ、なに〜これ?

2人しか従業員がいなかった郵便局。女性が局員で2人の客に対応していた。とにかく混んではいない。

フランスの失業率は、先進国の中でも特に高い。10パーセント近いようだ。駅だって郵便局だって空港だって、もう少し人を雇って増やせば失業率は下がるのではないかと思った。このことをAllenにきいたところ、一度雇用すると、辞めさせるのが非常に難しいそうだ。生涯年金など付加してくるものが大きいので、雇用には慎重らしい。移民や人種問題もあるのかもしれないと思った。しかし、アメリカのように、その日会社に出社したら、  ”You are fired! (君は今日限り首だ!)”  と、解雇がいとも簡単に行なわれる国からは想像しにくい問題である。

警察の雇用はたくさんあるようだった。Gare du Nord 駅構内では、暴れる犯罪者一人を4人がかりで連行していた。

小切手の方は、Allenが出版社に直接電話し担当者に話したところ、出版社がユーロの現金で支払ってくれると言ってくれた 。私たちは後日出版社に出向き、小切手を現金に買えてもらった。アメリカでは、このような融通がきかず、返って現金で支払ってもらう方が難しいと思う。

レストランでは、サービスをする人がほとんど男性だった。一週間昼夜と外食をしたが、ウェイトレスはほとんどいなかった。フランス語でギャルソン  “Garçon”  とは、boy—少年そして一般的に飲食店の給仕をさすらしい。えっ?そんなことも知らなかったの?知らなかった。道理で男性ばっかり。それも愛想の悪いのが……。可愛いパリジェンヌのウェイトレスはいないの?女性は何処で働くの?

いました。いました。展示会のカタログをつくった出版社は芸術関係だった為か、働いているのは、編集長以外女性だった。 美しく優しい人たちだった。イヴ・サン・ローランギャラリーでもギメ美術館でも知的な女性がしっかり働いていた。

〈フランスは先進国?〉

一週間滞在の後、パリの駅からTGV(新幹線のようなもの)に乗って、ベルギーのブリュッセルに行くことにしていた。チケットはアメリカで予約し代金も払った。コンピュータのチケット販売機のようなものに暗唱番号等を入れるとチケットがでてきた!
 すご~~い、コンピューターのシステムが働いている!(他のことでフランスの電子機器の不便さを味わっていたので、この驚き!)4時01分発ブリュッセル経由ドイツのケルン行き。私たちの車両番号は8号車。

列車の掲示板は、まだパタパタとパネルがめくれるものだった。ブリュッセル行きが一番上になっているが、プラットフォーム番号はでていない。一説にはテロ対策だと聞いたが確かではない。

3時50分、「なかなか列車が入ってこないな~。定刻に発車できるのかしら?」と思っていると、突然フランス語、ドイツ語、英語でアナウンスが……。”ブリュッセル行きの列車は  ”No longer runs? Thank you for your patience(ブリュッセル行きの電車は行かないことになりました。ご不便をおかけします?)”  とか何とかいっている。良く理解できない。どうなっているの?

そんな不安な所に突然列車が入って来た、出発時間になって。来たじゃないの!人がどんどんプラットフォームの入り口のところに集まって来た。テープがピーッと引かれ、先には行けない。その間も同じアナウンスが
「ブリュッセル行きは~行きません~」。
「え~~っ?私たちはどうすればいいの?」

駅員によってテープが急に取り払われた。このようなことに慣れているのか、待っていた人たちが全員怒濤の勢いで近い方の車両に向けなだれ込んでいった。私たちも慌てて後を追った。どの車両も人だかりで入れそうにない。列車に車両番号もないので(あったかもしれないが慌てている私には見えなかった)、何にもわからないまま、とにかく8号車だから後のほうだろうと想像しながら大きな荷物を抱えプラットフォームを駆けた。

しかし、6号車ぐらいから先がない!私たちの車両はないではないか!
夫が、側にいた駅員にチケットを見せフランス語で聞いた(駅員がいた!)。
「このチケットではどの車両に乗ればいいのですか?」
駅員はフランス語で答えた。
「どの車両でもいいから乗ってしまって、空いている席にどこでもいいからすわりなさい!」 夫がすぐに私に言った。
「先に乗ってすぐにどの席でもいいから確保しなさい!」
「何?何処にでも乗っていいの?」
私は、最前列の車両に行きつくや否や、どちらの車両に乗るか迷った。しかしおそるおそる先端車両の一段高い方のドアのついた車両に入った。16席程の個室には8人程の乗客がいる。この車両で本当にいいのかとは思ったが、夫の言うことを信じ、私は4席開いているうちの進行方向の2席を確保した。この車両、特別席みたいだけれど大丈夫?

夫が大きなスーツケースと他の荷物を持って入って来た。入り口の荷物置き場はいっぱいで、私たちの大型のスーツケースは、何処にもおく場所がない。どうすりゃいいのよこの荷物?結局、座席上の狭い棚に2個のキャリーオンバッグを置き、大型のスーツケースは座席のテーブルの下と通路を遮っておいた。この通路は、私たちのスーツケースを跨がないと通れない状態になってしまった。しかし、誰からも苦情は出なかった。

私たちの車両の乗客と足元に置いた大きなスーツケース

列車は静かに動き出した。

アナウンスがあった。
「この列車は、ドイツ・ケルン行きです。もしお座りの席に乗車券を持った方が来られたら、席は必ず譲ってください。また、この列車は食堂車です。車内販売もありますのでご利用くださ~い」

夫はスーツケースをおいているので足の置き場がなく、あぐらをかいて座っている。私は、「誰か来たらどうしよう。眠った振りをしようか。でも、そんなことできないよね。でも、この荷物抱えて何処に移動すればいいの?」と不安を抱きながら座っていた。

結局、途中の駅で止まらなかったこともあり、ブリュッセルまで誰も来なかった。同じ車両に乗っていた2人の女性が私たちのスーツケースを跨いでドアを出てトイレに行こうとしたが、ドアを開けてびっくり!通路を通ることができない程人がいると諦めて、車両からでなかった。道理で私たちの席にくる人等いなかったはずだ。誰も身動きできなかったのだから。

しかし、列車は15分遅れで出発したにも拘らず、スピードアップして、予定通りにベルギーに着いた!驚いた!

ベルギーに着いて、仕事でいろいろな国を飛び回っている義弟にこのことを話すと、
「世界中で、全てのことが時間通りに行なわれている国は、日本やアメリカなどほんの一握りの国だけだよ。世界の観点からみれば、その方がおかしいのかもしれないよ」
「なるほど……」

〈自粛の日々〉

ベルギーで10日程過ごし、ポートランドに帰った。2日後、予約を入れていた健康診断にいった。血液検査の結果が3日後にでた。主治医から金曜日の夕方電話があった。私は何事かと恐れた……。
 「寿美、あなたの血液検査の結果が今来たけれど、コレステロール値が前回より40ポイントも上がっているわよ。どうしてこうなったの?このままいくと大変なことよ〜」
「え?コレステロール?他の病気じゃなかったのね。よかった〜。そうそう、考えられるのは、検査の2日前にヨーロッパから帰って来たの。パリでもベルギーでも、ほとんど昼食と夕食は外食だったの。おいしい食事、それにパンもよく食べたわ〜」

我が家で普段食べる食事と全く違うものを食べ続けた結果かと、主治医と相談し、1ヶ月後再検査をすることにした。今自粛の日々を送っている。

ベルギーで見かけた素敵な?いたずらをされた信号機

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