ボストン通信ブログ

炭鉱の町

「夏」に初めてイギリスに行ってきた。真夏日が続いていたボストンから着いたマンチェスターは最高気温が12度という日もあって、一応持って行ったレインコートが手放せなかった。いつもより長めに滞在することになっていたので、大好きな映画「リトルダンサー(Billy Eliott)」で初めて知ったイギリスの炭鉱の町が見たくて、ヨークシャー地方へ出かけた。M6と呼ばれる幹線道路でヨークシャー・ムーアと呼ばれる高原を突っ切り、1時間足らずでNational Coal Mining Museumに着いた。以前の炭鉱夫が炭鉱の中を案内してくれるツアーに、ヘルメットをかぶり、けっこう重たい発電機つきのライトをウェストにつけて参加。15人くらいのグループには15年間炭鉱夫をしていたという老人が娘の家族といっしょに参加していた。「ぼくも炭鉱夫だった」という老人に、ツアーを率いる元炭鉱夫が「どこの炭鉱だ?」と聞く。「ノッティンガムだ」という老人の答えに、「おまえらは参加しなかった」とわずかに顔をしかめた。「ノッティンガムはストライキに参加しなかったから、今でも嫌われてるんだ」と老人が説明してくれた。ストライキに参加しなかった炭鉱夫は「scabs (かさぶた)」とさげすまれていたのだと言う。

マーガレット・サッチャー政権のもと、1984年に24鉱の炭鉱閉鎖が発表されてから、大々的な炭鉱夫のストライキが全国で始まった。この時期、発電に使われていた石炭の不足で、ほとんど毎日停電していたと主人は言う。炭鉱夫たちのストライキは全国的にずいぶん支持されたにも関わらず敗北に終わり、19世紀半ばに産業革命の基礎となり、その後も綿々と続いていたイギリスの炭鉱のほとんどが閉鉱に追いやられた。その怒りは30年たった今も残っていて、サッチャーが亡くなった時、「Witch is Gone」と書いたプラカードを掲げた人々の写真が報道された。

昔のままのシャフトでどんどん下りていくと、じめじめと肌寒いトンネルに着く。入り口には、その昔、ろうそくを買うお金もない女たちが暗闇で石炭のかけらを拾う様子や、子供たちが馬を引いて荷物を運んだり使い走りをしたりする様子が人形で再現されている。痛々しい限りではあるけれども、うちの祖父母だってともに小学校を出てすぐ仕事に出ている。たった100年ばかり前、日本だってこんなもんだったのだと考えると今の自分の生活がうそのような気がする。ヨークシャー訛りの説明は3割がた理解できなかったけど、それでも「この人は本当に炭鉱で働いていたんだなあ」と思うような内容がそこここにあった。アメリカにある炭鉱は今でも劣悪な環境で、炭鉱夫はもっとも危険な仕事のひとつである。イギリスで炭鉱夫という仕事がなくなってしまったことの是非はわからないけれども、何世代も続いた、強い連帯を誇る炭鉱の町のコミュニティが破壊されたことは痛々しいと思う。

この博物館では、炭鉱ツアーだけでなく、当時使われていたコントロール・ルームなど、多くの設備がそのまま残されていて、見学できるようになっている。荷役に使われていたクライズデールと呼ばれる馬 (バドワイザーの商標でおなじみ) も飼われている。小さな川のほとりの森の中を歩く自然遊歩道もあって、家族連れでにぎわっていた。

「リトルダンサー」でビリーが住んでいた Row House、2 up 2 downという家を見たかったのだけど、博物館のまわりにはあまり残っていなかった。映画はヨークシャーではなく、ニューキャッスルの近くのダーハムで撮られたらしい。Row Houseというのは長屋で、2 up 2 downというのは、1階にキッチンとリビング、2階に寝室がふたつというつくり。炭鉱会社が炭鉱夫に貸し付けていた、社宅みたいなものだったらしい。映画では、ビリーのおばあちゃんはリビングで寝ていて、ビリーと兄のトニーが2階の寝室を共有していた。

映画も本も何度も見たり読み返したりしないほうなのだけれど、「リトルダンサー」だけは何度も見て、見るたびにぐしゃぐしゃに涙が出る。男らしさを誇る炭鉱夫の息子が父親に命令されたボクシングのかわりに、隣でやっていたバレエを習い始め、どんどんと才能を発揮していく様子が、炭鉱夫たちのストライキをバックに描かれる。主人公のビリーの母親は数年前に亡くなっていて、炭鉱夫の父親は暴力的なストライキに突き進む上の息子に手を焼きながら、ストライキで収入がなくなる生活の苦しさと戦い、ビリーは認知症気味の祖母の面倒を見ながら学校に通っている。ビリーの才能を見出すバレエの教師も夫との間がうまくいかない悩みを抱えている。すごいアクションが起こるアメリカ映画とは違って、基本的には淡々と日常が描かれているのだけれど、不思議と引き込まれる。T Rexの音楽に合わせて見せるビリーのダンスがすごい。体の中にあるいろいろな感情が自分でも知らないうちに体を動かしていると言う。

National Coal Mining Museumは入場料無料。ツアーに参加するには2ポンド払うとコインのようなものを手渡される。これはツアーのあと返せば返金してくれるし、このコインを持っている限り、何度でもツアーに参加できるのだという。コインは返さず持って帰ってきたので、もう一度、今度はお弁当でももってゆっくり行きたいなあと思う。

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