ボストン通信ブログ

人種というもの

フロリダで武器ももたない黒人のティーンを射殺した街の私設警備隊長のジョージ・ジンマーマンが裁判で無罪になったことは日本でも大きなニュースになったそうである。アンケート結果によると、黒人の大半は「トレイボン・マーティンが黒人でなかったら怪しまれることはなかったし、彼を撃ったジンマーマンが無罪になることもなかった」と答え、白人の過半数は「これは人種問題ではない」と答えている。

折しもホワイトハウスで30余年働いた執事の生涯をもとにした映画「The Butler」が公開されて、人権問題がまた話題に上っている。

ちょうど1年前のこと。金曜日の夜、スーパーから出て左折し終えたところで車に衝撃を感じた。助手席側のドアの取っ手あたりから後ろにかけて、お向かいの店から右折して出てきた車にぶつけられた。電話してすぐ警官が二人かけつけた。相手のドライバーは警官が着くとすぐに走り寄って、「ぼくは彼女にまったく気が付かなかった。ぼくの車にはまったく傷がついていないから、ぼくがあてたんじゃない」と言い、「彼女の車のこの黒いマークは君のタイヤでついたものだ」と警官に説明されていた。最初に着いたその警官はすぐに立ち去り、二人目の警官が免許証を取りに来た。「事故の状況は警察にどう報告するんですか」と聞いたら、「明日、警察署で報告書の用紙をもらって提出するように」と言われた。その間も相手のドライバーは「ぼくの過失じゃない」と言い続けていた。動揺していたので夫に電話をして来てもらった。そのやり取りの間に警官が「Where are you from?」と聞いたのだ。何のことかわからず、住所を言った。そのあと、わたしの免許から住所をシステムに入力したばかりであることを思い出して、何人であるかを知りたかったのだと気が付いた。アメリカでは仕事の面接などでも人種や出身国、年齢や未婚か既婚か、子供がいるかなどの質問は差別の根拠になるため法律で禁止されている。

指示されたとおりに事故の報告書を提出し、その翌々日、警察のレポートを取りに行った。そのレポートはわたしの報告書を提出する前に出されていて、一方的にわたしの過失だと書かれていた。わたしが相手の車にぶつけたとしたら、車の損傷は車の先端に近い部分であるはずで、ドアの取っ手あたりに損傷が起こることはない。「このレポートを書いた警官と話がしたい」と言ったら、今日は遅番なので、今夜電話するようにと言われた。

その夜夫が電話すると、「お前は彼女の弁護士か。間柄を説明しろ」と言われた。わたしの報告書を出す前にレポートが出ていることを指摘して、両方の報告書の内容を含めた内容にしてほしいと言ったところ、「そんなことをする義務はない」とつっぱねられた。「でも、警察に対する事故の報告は報告書ですると説明しましたよね」と言っても、「相手が言っていることに同意しないのなら、なんでその場で言い返さないんだ、子供じゃあるまいし」と言われた。そういったやり取りのあと、「あの日、Where are you from って聞きましたよね」と言ったら、「Are you playing a race card? (人種差別だというのか)」と怒鳴られた。やっぱりそうだったんだと思った。事故の相手が何を主張しようと、状況がどうであろうと、この警官が担当である限り、わたしには最初から勝ち目がなかったのだ。

わたしの人種差別経験はこれでたかだか2度目。最初は近所のリムジンサービスに電話したときに「そんな日本語訛りの英語でしゃべられてもわからないね」と言われた。だから、フロリダの判決に対する、オバマの「黒人だったら、デパートに買い物に行ってわけもなく店員につけられたり、エレベータの中で二人きりになった女性がハンドバックをしかと抱えてドアが開いたとたんに安心のため息をつくといった経験は日常的にしていると思う」という発言は心にずしんと響いた。そんなに日常的に差別にあうというのはどういうことなんだろう。人種や性別、年齢といった、自分でどうすることもできないことを根拠に差別されたら、どう対応するべきなんだろう。

そんなことを考えていたら、うちから車で20分ほどの町の警察署長が人種差別で職を解かれたというニュースを聞いた。南部だけでなく、リベラルだと思われているボストンにも人種差別はあるのだ。南部ほどあからさまな形ではなくても、きちんとそれはあるのだ。そしてそれは差別を受けた経験がなければ、想像するのが難しいと思う。

折しも、キング牧師の「I Have a Dream」の演説が首都ワシントンで25万人の聴衆の前で行われてから、この8月28日でちょうど50年になるという。

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