ロンドン通信

窓のはなし

 我が家を訪れる人々が必ず口にするせりふがある。
 「わぁ、素晴らしい眺めですね」



 6階(日本式には7階)にあるフラットのリビングルームから見えるものは、ケンジントン公園の木々と広い空だけだ。よくよく目をこらせば、レンガ造りのロイヤルアルバートホールの丸い屋根がほんの少しあるにはあるが・・・。街中であることを忘れさせてくれる空間。なんという解放感!

 このフラットをロンドンのすみかにしようと決心したのは、ひとえに、目の前に広がるこの景色だった。
窓辺に小さなブリッジテーブルを置いた。それから、30年も前のパリ時代から愛用しているモロッコ刺繍のテーブルクロスをかけた。そして、私たちは毎朝公園を見下ろしながら、朝食をとる。


 ロンドンには珍しく美しい初夏の空が広がったある日、その青いキャンバスの中を左から右へと飛行機がゆっくり移動していくのに気付いた。
 2分おきくらいに、判で押したようにやってくるのは、ヒースロー空港へ降りる直線コースに入った翼たちで、私たちは、飽きもせず幼子のように、機体を目で追った。
 たまに、やけに近くを通る飛行機がいて、尾翼の模様がはっきり見える時があるが、日本のものだと解ると、妙にうきうきする。海外生活もとうに慣れっこになってしまってはいるのだが、機影は妙に里心をつけさせる。ふと、東京の家族や友の顔を思い出すのはそんな時だ。

公園の小道を斜めに突っ切ること15分。ロイヤルアルバートホールはもう目の前。そこからさらに5分歩けばV&Aミュージアム。

 冬になって、ロイヤルアルバートホールの屋根が少しふくらんだような気がした。いつの間にかほとんどの木が葉を落としてしまったのだ。
 けれど、公園の向こう側の家並は相変わらず何も見えない。思いのほかはびこる細い枝に、ケンジントンガーデンはまるでオーガンジーの布に覆われたような美しさであった。

 からみあう小枝を通して、鏡のようにきらりと光るものが見えた時、それが公園のなかほどに作られたまぁるい人口の池だと気づくのにしばらく時間がかかった。手前のほうには、公園内に引かれた細い小道の線が数本姿を現した。
 そこをゆっくり散歩する人、ジョギングする人、冬枯れしない草の上をうれしそうに駆け回る子供たちや犬たち。緑一色だった時には何も見えなかった“生き物の姿”が小さく見えるのもまた楽しくて、私たちは、何度となくそのことを話題にした。



 月が美しいと言っては、望遠レンズを持ち出し、雪が降れば降ったで、雪だるま作りに興じる人々をカメラに納めた。

 ガイ・フォークスの日(1605年にロンドンで起きた火薬陰謀事件の主犯者にまつわる記念日。現在は行事として花火を打ち上げる)も、音が聞こえたから勇んでカメラを持ち出したのだけれど、この時ばかりはさほどよい作品は撮れなかった。カメラや私の技術のせいではない。これは、ひとえに被写体のせいだ。日本の花火とは規模も美しさも全く違う!!

 大きな大きな、“完璧な虹”を見たのもこの窓辺だし、ロンドンの“雨が横に降る”のを知ったのもこの窓辺である。穏やかな天候を持つパリとは比べられないほど厳しい気象が、二重窓ガラスの向こうに見えた。


ロンドンを発つ間際に観たミュージカル《マチルダ》。皆様も是非! オススメ

 帰宅した夫が一言、「会社を辞めるかもしれない」と言ったのもこの窓辺だった。
 不思議なことに、全く驚かなかった。
 いつだって、“話”は突然やってくるものだ。
 「ロンドンを去るのだ」という現実は、なかなか実感としてわいて来ないが、気持ちの上では少しせわしくなった。
 「夏の休暇を全部固めたところなのに・・・」と、未練たらしくスケジュール帳をめくりながら、思いがけず長くなっていたロンドンの日々を振り返る。

 いつの間にか5年がすぎたのだ。永住ヴィザももらってしまった。たくさんの友達ができた。ミュージカルに通った。V&Aミュージアムやナショナルギャラリーのガイドだってできる。
 さまざまなトラブルで転居を余儀なくされる駐在員が多い中、一度も引っ越さず、親切なポーターたちに囲まれたフラット生活。

 2008年4月半ばの、みどりのうねりに魅了された私たちの選択は決して間違ってはいなかった。パリとは違うけれど、ロンドンもまた私にとっては「狂」となれるような、思い出がびっちりと詰まった、よい街である。

テーブルクロス:酷使しても丈夫なモロッコのクロス。ロンドンのあと、今度はどこの街に?



<編集部より>
北原千津子さんの「ロンドン通信:パリ狂がロンドンに住んだら」は今回で終了します。長い間、ご愛読いただきありがとうございました。次回からは場所を変えての新連載が始まります。どうぞお楽しみに!

このサイトは翻訳学校サン・フレア アカデミーの運営です。

PAGETOP