ボストン通信ブログ

雪の夜

除雪車がドライブウェイの前に作った巨大な壁

こちらで車に乗り始めて3年目のある冬、金曜日の夜、昼間ふった雪が凍りついた道路を家にむかって走っていた。いつもの高速道路ではなく、裏道を選んで、途中にあるスーパーで食料品を買い込んだ。家まであと10分足らずというあたりで突然車がスリップした。スピードを出していたわけでも、突然ブレーキをかけたわけでもなかった。動転しているうちに、車は木にぶつかって止まった。前の部分に木がめり込むほど、車は大破していた。生まれて初めての事故。頭が真っ白になった。呆然としたまま車の外に出ると、男の人が走ってきた。「ニュートン・ウェルズリー (近所にある大きな病院) で研修医をしています。これからちょっとけがをしていないか調べます」と言って、首や腰など指さして「痛みますか、ここはどうですか」と矢継ぎ早に聞かれた。ショックで言葉も出ず、頭を振るばかりだった。反対側を走っていた車も止まって、「携帯は持ってる?警察に連絡しようか?」と聞かれたけれど、研修医だと言う人が「ぼくが警察に連絡しました。パトカーが着くまでいっしょにいますから大丈夫です」と言っているのが聞こえた。パトカーが着くと、この研修医は「スピードが出ていたわけでも突然ブレーキをかけたわけでもないんですが、滑ってしまったんだと思います」と警察に説明して、「ありがとうございました」と頭を下げる私をあとに去って行った。

パトカーの中から警察官が「まあ中に入りなさい」と言った。助手席に座ると、ものすごく大柄でスキンヘッドの40代後半かと思われる警官が、意外なほど穏やかな声で「So kid, what happened?」と言った。「20マイルくらいしか出してなかったと思うんですけど、突然スリップしてしまって」としょんぼりする私に、「今日はひどい日で、そこらじゅうで事故が起こっている。君一人じゃないし、これは君のせいじゃない。車は保険で直せるんだし、怪我がなくて何よりだった」とやさしく言ってくれた。レッカー車を呼ぶけれど、どこの修理工場へ運んでほしいかと聞いた後、部下に「家まで送っていけ」と命令した。「車の中から出す必要があるものは今出しなさい」と言われて、食料品がトランクに入っているのを思い出した。両手いっぱいに食料品の入ったビニール袋を持って、別の警官の車に乗って家まで送ってもらった。坂を下ったところにあるアパートにわたしを送り届けた警官の車が、坂を上れなくなる、そんなひどい凍てついた夜だった。

車はエンジンにひびが入るほどのひどい状態だったけれど、外から見たら何事もなかったように修理されて戻ってきた。修理に2週間もかかって、代車を運転しているときにたまたま日本から遊びに来た友達に、「この人ねえ、Tree Alarmがいるんだよ。運転してる時に木が近づいたら、そっちに行ってぶつからないように鳴るやつね」と夫は冗談を言っていた。

あの車がよほどついていなかったのか、私の運が悪かったのか、ほんの2か月後に赤信号で止まっているときに、かなり大きなSUVに追突された。これがまた車の前にフックがついていて、後ろのバンパーに見事に穴が開いた。大したことじゃないと思って病院にも行かなかったけれど、あとで猛烈に首が痛んだ。

このあたりでは雪が多いけれども、降るそばから除雪車が来て、主要道路はよほどひどい吹雪でない限りは常に確保される。うちの前の行き止まりの道ですら、30センチくらいの積雪だったら、朝の出勤時間までにはたいてい通れる状態になっている。そのせいなのかどうかは知らないけれど、スノータイヤに変える人はほとんどいない。確かにSUVが多いけれども、普通の乗用車でもタイヤは変えない。凍った道ではけっこうみんな滑りながら運転しているので、ぶつかられる危険性もある。

初めての事故を起こした街は、高級住宅街で、近所に住む人も全く知らず、なんだかみんな、子供までツンとした街だと思っていた。事故の夜は気が付かなかったけれど、たまたま通りかかった人たちも、街の警察官もあんなに親切だったことを、今でも時々思い出す。

この街に引っ越して10年、除雪車は雪が降るたびにうちのドライブウェイと郵便受けをぎっちり雪に埋もらせて、固まった雪をどけるのにかなり大変だった。数日、郵便が届けてもらえないことも何度もあった。街役所に電話で抗議してもなかなか来てくれなかった。それが今年はちゃんとドライブウェイや郵便受けを避けてくれている。年末年始のお休みと度重なる雪でごみの収集が滞って、何度も留守電でおわびと予定のメッセージを残していた街役所に「ありがとう」の電話を今さっき入れた。

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