Did you know that?

56. 入れ墨(刺青)とタトゥ(Tattoo)

アメリカでテレビジャパンの番組を見ていたら、日本に住む既婚女性が、子供が生まれるので、その前に入れ墨を消したい。しかし、一度肌に彫った入れ墨を消すのは容易ではなく、お金もかかるし医療事故にもなりかねないと報告されていた。近年日本でも入れ墨をしている人が増えてきているのだと思った。

日本語では、「入れ墨」と「刺青」と2通り書くので、いったいどのように違うのだろうか、調べてみた。「入れ墨」とは、「皮膚に針などをもちいて墨などの色素を定着させて文字や文様を彫りつけること、また描かれた文様である」と書いてある。「刺青—しせい」は、「入れ墨」「ほりもの」と書いてある。結局、文字の違いだけであって、意味は全く同じことのようである。

さて、その昔、「入れ墨」ときくと、ヤクザやチンピラ、いわゆる人生の日陰で生きている人のイメージが強かった。時代劇でいえば、遠山の金さん、高倉健の任侠もの、美しさでいえば、若かりし日の藤純子(現•富司純子)の妖艶な片肌抜いた姿が目に浮かぶ。それぐらいの認識、知識しかなかった。

しかし、入れ墨の歴史を調べてみると、意外に長く、深い。古代人の皮膚から入れ墨が確認された例としては、アルプスの氷河から発見された5300年ほど前のアイスマンの皮膚に入れ墨のような文様が見つかっているそうである。日本では、縄文時代に作られた土偶の表面に見られる文様も古い時代の入れ墨の代表であるようだ。また、アイヌの入れ墨の習慣は、精霊信仰にともなう神の象徴とされ大切なものであった。成人女性が口の周りに入れる入れ墨は、神聖な蛇の口を模したものとする説があったが、江戸幕府や明治政府によって度々禁じられた。

我が家のカレンダーから(白波五人男—大泥棒「弁天小僧」の入れ墨)

日本での入れ墨は、犯罪者の刑罰の一つとして科せられていたため、長い間一般の人の忌み嫌うものであった。また、ヤクザや暴力団の象徴のイメージが強く、一般人には無縁にしておきたいものであった。ところが、近年日本でもこのイメージが少し変わってきているらしい。

アメリカでは、2000年ぐらいからだろうか、入れ墨が若者の間で男女問わず流行ってきた。英語ではTattoo(タトゥ)と言う。今は日本語でも軽いイメージで「タトゥ」ということがあるらしいから、日本人の外来語使いのすごさにも感心してしまう。

さて、私が初めてアメリカで「タトゥ」に触れたのは、1990年代初期子供たちの間で流行っていたシールとして肌に貼付ける「Temporary Tattoo 一時的なタトゥ」だった。お祭りでは、我が家の子供たちも顔や腕などにいろいろな模様のシールタトゥを張りつけ楽しんだ。学校でも子供たちは自由に「タトゥ」をつけてくる。肌に模様をつけることに対する罪悪感もなければ、禁止されてもいないので、「タトゥ」は小さい頃から子供たちのなじみの肌模様となった。それがまさか、日本式「入れ墨」の張りつけ版等とは思いも及ばなかった!

Temporary Tattoo−可愛いシールタトゥ

ペイントで顔や腕等に模様を書くこともFace Paintingとしてとても人気がある。このように幼少の頃から肌に模様をつけることがファッションであり、入れ墨がギャングやマフィア等のイメージのない子供たちにとって、彼らが大人になった時、入れ墨を入れることに強硬な抵抗を示さないのは自然なことかもしれない。

Face Painting-夫の大学の関係から歌舞伎化粧のフェイスペインティングをした。
フェイスペインティングをしている大学生の腕にも入れ墨がある。

タトゥショップは、街のあちこちにあり、娘がダンスを習いにいっていたダンススタジオの隣にもあった。私は初め「Tattoo」の意味を深く考えず、「Tattoo」という名前の店だと思っていた。何をするところかということにも興味がなかったので、「随分服装も髪の毛も派手な人たちが出入りする店だな〜」と思っていた。つまり、日本でいう入れ墨を彫る店が、子供たちのダンス教室の真横に看板を出しているとは考えも及ばなかったのである。後でこの店が入れ墨の店であることがわかると、なぜこのように子供たちの目につくところに堂々と店が出され、また街のあちこちにある店の営業が成り立つのか不思議だった。

小さなタトゥ

アメリカでいつ頃から入れ墨が流行り始めたか、私の記憶は定かではない。しかし、テレビで見るNBA(National Basketball Association)の試合で、主に黒人の選手が腕や肩に入れ墨をしているのが少しずつ目立つようになったのは、1990年代であった。また、トップスターであるアンジェリーナ・ジョリーの入れ墨が話題になり始めたのも1990年代である。その頃の私には、 大金持ちの上に名声もあるアンジェリーナやNBAの選手たちが何故日本でヤクザの象徴であるような入れ墨をしたいのかわからなかった。

NBAの選手のタトゥ: http://nbatattoos.tumblr.com/

多くの黒人がスポーツばかりでなく、政界やいろいろなところで活躍するようになったのもこの時期と重なる。人種偏見というアメリカ建国以来の問題がゆるんできたころだろう。(注:4. 黒人女性の気持ち)そして、信じ難い程大金持ちである黒人NBA選手たちの入れ墨の影響は、少しずつアメリカ社会に広がって行ったのではないだろうか。

アメリカの入れ墨人気は、初め芸術関係者、歌手や役者等の芸能人、飲食業関係者、あるいは一般には第3次産業に携わる人たちの間だけであった。ところが21世紀に入ると、一般人の間にも瞬く間に広がっていく。私の子供たちが通う高校生の間にも、そして、もちろん大学生にも入れ墨が特定の人のものではなく、自分たちの世代の誰にでも受け入れられるものとして定着して行く。

子供たちが通った高校では、「タトゥ禁止」という学則はなかった。日本では考えられないことである。私は子供たちの高校で、特に娘がダンスチームに入っていた4年間、競技会等で衣装を手伝ったこともあり、女子高校生たちが腕や足、背中等に小さなタトゥを入れているのをよく目にした。尋ねてみると、かっこいいからとかボーイフレンドと同じ模様を入れたとか自慢げに言う。また大学でも、私は狂言や歌舞伎の衣装を担当する為に、多くの学生たちのタトゥを見る機会があった。大学生は高校生よりもっと大胆であり、太ももや背中や肩等にもう少し大きな複雑な模様の入れ墨を入れているようだった。

小さなタトゥ

このようなことから、私はいつの頃からか、あちこちで出会う入れ墨をした人たちの写真を撮るようになった。
 ある会社のパーティで出会った女性の入れ墨のことは忘れられない。そこで働いていた女性は、全身に入れ墨をしていた。しかし全身に入れ墨をしていたから印象的だった訳ではない。入れ墨のある部分を消そうとしていることが明らかに分かるような傷が残っていたからである。耳たぶを大きく開けたピアスも私には異様に感じた。夫である男性も殆ど全身に入れ墨があった。

見るに耐えなかったタトゥ

入れ墨を入れるからには、それなりの理由があるのは当然だろう。恋人や妻の名前を入れる人は多い。別れるあるいは離婚したら消すのだろうか?宗教的な意味も多いらしい。ある友人の弟は、自分の親友がイラクに派兵されるにあたり、無事に帰還してほしいとの願いを入れ墨にした。模様は、派兵される男性の靴跡だったらしい。ある時、母親にその入れ墨が見つかったが、理由を説明したところ母親は何も言わなかったそうである。

アメリカの入れ墨文化が何処までいくのか私には分からない。

大学生のタトゥ
*夫が教える歌舞伎「車引き」で梅王丸を演じた学生は、その後「梅」のタトゥを腕に入れた

近年では、世界中で大人気のレディ・ガガの入れ墨も影響を与えているかもしれない。日本でも女性の入れ墨としても興味の対象であると思う。ところがレディ・ガガは、あれ程の入れ墨を入れながら、鍼灸は受けられないと聞いた。本当だろうか?

日本の漫画は、今や世界中で翻訳され読まれている。尾田栄一郎の「ワンピース」のルフィやエース、その他の登場人物の入れ墨は、それぞれ意味があり興味深い。また、井上雄彦の「リアル」には、彫り師が大事な影響を与える人物として描かれている。そして、下半身不随となった主人公の一人である戸川清春は、車椅子バスケを命がけでやって行く決心の象徴として、また自分を励ます希望の印として左胸の上に入れ墨を入れてもらう。日本の漫画人気は世界中にひろがっている。登場人物の入れ墨など、内容の面白さからすると取るに足らないことかもしれない。しかし、漫画が子供たちに与える影響というのは、意外に大きいのではないだろうか。(余談だが、私は、息子の漫画コレクションを楽しんで読んでいる。 「SLAM DUNK」が一番好きな漫画である)

日本では、銭湯や温泉で「入れ墨の方お断り」のサインがあるところが多い。入れ墨はどの程度なら銭湯や温泉では受け入れられるのだろうか。

私は、未だに何故入れ墨を入れたいか、何が良いのかわからない。

「親からもらった身体に傷をつけないように生きなさい!」と言われて育った世代の日本人である。そのような時代は終わったのだろうか?ピアスを開けるのだって長い間躊躇した。義母からいろいろなピアスのイヤリングがクリスマスや誕生日のプレゼントとして送られてくるようになって久しい。素敵な骨董品のイヤリング等もある。このままつけることもなく過ごすのか迷っていた。

娘が中学に入った時、どうしてもピアスを開けたいと言った。このアメリカで「親からもらった〜〜」など通じるはずもなく、娘のピアスを許した。ついでに、自分のも開けてもらった!耳に小さな穴をあけるのにも長い時間と大きな決断が必要だった!!

*バス停に長い間あったベンチ


*ハワイで出会った女性


*我が家の引っ越しに来た男性は、タトゥアーティストで、般若に興味があると言っていた

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