ボストン通信ブログ

宗教というもの

僧侶が信徒の足を洗う儀式。写真は夫ではありません

4月20日の日曜日は復活祭。今年は4年に一度、正教とカトリックが同じ日に復活祭を迎える。1週間前の復活前主日 (Palm Sunday) に始まり、木曜日にはキリストが最後の晩餐の前に使徒たちの足を洗ったことから、正教では僧侶が信徒の足を洗う儀式がある。わたしたちが結婚式をあげたアルメニア正教会で、使徒にちなんで足を洗ってもらう12人の中に今年は夫が選ばれた。

宗教というのは知らず知らずのうちに影響を及ぼす。両親はさほど信心深くはなかったけれども、毎朝毎晩、80歳を過ぎても祖母がお経をとなえ、小さい時から仏壇の「お磨き」を手伝わされて育ったわたしは仏教徒である。小学校1年生のとき、伯父が交通事故で即死して、その突然の死が伯父の子供たちや親戚の子供たちに及ぼす影響を心配した菩提寺のお坊さんが、しばらくの間毎週土曜日の夜、親戚の子供一同を集めてお経をあげてお説教をしたのに休まず通ったし、小学校高学年では仏教会のキャンプなんかにも行って、標準的な日本人より仏教に傾いているかもしれない。

大学3年生だったか、春休みに友達と鎌倉を旅行していたときのことである。いっしょに旅行していた友達の一人がご朱印を集めていて、いくお寺、お寺で詰所へ立ち寄ってご朱印をもらっていた。たまたま4月8日のお花祭りだった。建長寺の詰所でご朱印をお願いしたところ、年老いたお坊さんが出てこられ、彼女のご朱印帳に見事な観音像をさらさらと描かれた。わたしたちを見わたし、にっこり笑われたお坊さんは「この観音様のようなきれいなお顔におなりなさい」と言われた。心に響くと言うのはこういうことなのかと思った。そのあと若いお坊さんが来て、「今日は幸運でしたね。あの方は臨済宗で一番位の高い方で、今日はたまたまこちらにお越しだったのです。お年ですし、この頃はめったにご朱印はなさりません」と言った。その次のお寺でわたしはすぐにご朱印帳を求め、それから何年も行く先々でご朱印を集めた。ご朱印帳は今も手元に持っている。

ボストンのアルメニア正教会

結婚式をあげることになったとき、「アルメニア正教会でイギリスで挙式」という夫と「ボストンで無宗教で」というわたしにはまったく接点がなく、一時期は結婚もなしかと思うほど険悪な状況に陥った。その中間をとって「アルメニア正教会でボストンで挙式」ということで合意に達したのだけれども、それにはわたしがアルメニア正教会に受け入れられることが必要だった。ケンブリッジにある、長年助祭をつとめる夫の友達が通う教会に二人で出かけた。正教会というのは規律が厳しいことで知られていて (毎週のミサは2時間以上の長さである)、50年あまり前にプロテスタントからシリア正教に改宗した知り合いから、僧侶が頭ごなしにがんがん質問を投げかけ、徹夜続きで勉強したけれど緊張のあまり答えられず泣きそうになったといった話を聞いていた。夫は「アルメニア正教会に受け入れてもらう前提として仏教を捨てなくてはいけないと言われたら、ぼくはアルメニア正教会での結婚式はあきらめる」と言ってはくれていた。それでもやっぱり緊張して牧師さんのオフィスに入ると、まだ40歳になったかならないかの Father Vasken がにこやかに迎えてくれた。「ユダヤ教の女性をお迎えしたことはありましたが、仏教は初めてです」と微笑まれ、「宗教の教えというのはその人の価値観の元を形成するものです。だからあなたに仏教を捨てなさいなどとは決して言えません。ただ、アルメニア正教を受け入れてくれると確認させてほしいのです」と言われた。アルメニア正教の歴史、正教会の構成、教えそのものを説明する3冊の本をわたしに手渡し、「わたしも仏教についてもっと学びたいと思います。今度会うまでにこれを読んできて、仏教と正教の違いを考えてきてください」と言われた。その寛容さにほっとした。しかし、自分の仏教に関する知識のなさに気が付き、あわてて母に相談した。子供のころ土曜日のお説教をしてくれたお坊さん (母の親戚にあたる) に母が相談すると、わたしでも理解できそうな本を3冊持ってきてくださったそうで、それを母が送ってくれた。こうしてわたしはにわかに正教の本3冊と仏教の本3冊を読むことになった。ただ、Father Vasken との2度目の約束までに仏教の本を読み終えることはできなかった。そういった経緯を説明し、だから仏教と正教の違いについては自分の知っている限りでお答えすることしかできませんと言った。アルメニア正教の教えの中で受け入れられない内容は見つからなかったということで、翌月洗礼を受け、4か月後に無事、その教会で結婚式をあげたのだった。

仏教の本、教会の四季報、ご朱印帳がなんと2冊!

夫にしても特に宗教に熱心なわけではない。教会まで片道1時間かかるので、ほとんど行くこともない。ただ、義理の母は朝晩祈りを欠かせない人で、義理の父もアルメニアは世界で最初にキリスト教を国教とした国であるということも含めて、アルメニア人であることを誇りに思っている人だ。子供のころは、毎週日曜日、家族そろって教会に出かけ、ミサのあとは持ち寄った料理でみんなが昼食をともにして、ゆっくりいっしょに時間を過ごすという育ち方をした人である。だから根本に宗教は強く根付いていると思う。だからこそ、仏教にも関心を持つし、仏教に対して尊敬の念を持つこともできる。

自分は今でも仏教徒だと思う。けれど、仏教はわたしに他の宗教の教えを受け入れる基礎も与えてくれたと思う。

式の前、ドレスを選ぶ際に「教会で認められないドレスとかアクセサリーはありますか」と聞いたわたしに「そういう質問をするあなたが、教会が困るようなドレスを選ぶことはないと思います。困ったなあと思うようなドレスを選ぶ花嫁はそんな質問はしません」と笑われたFather Vasken。式の最中、緊張をほぐそうと、祭壇の前に着いたばかりのわたしに、「You look beautiful today, Chiharu」と微笑まれ、正教の結婚式の一部である王冠を二人の頭にのせる儀式のときには、小声で夫に「妙に王冠が似合うなあ。しばらくこのまま頭に載せておこうか」と冗談を言われた。Father Vaskenのお説教はアルメニア正教であるとか、わたしは仏教徒であるとか、そういったことを超えて、心に響くものがある。だから、木曜日の足を洗う儀式はわたしもとても楽しみにしている。ついでに、夫の宗教に敬意を示して、受難節の間 (復活祭までの40日間) 日本茶を絶ち、金曜日は肉類も絶っていたのが、復活祭の日曜日に終わるのもとても楽しみだ。

うちの庭でけなげに咲いたクロッカス。昨夜また雪が少し降って、花たちがかわいそう

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