岩坂彰の部屋

第47回 原書との出会い~
   寺西のぶ子さん『英国一家、日本を食べる』

原題はSushi and Beyond. イギリスで2010年に出版された本です。

4年ほど前に当コラムで対談をした翻訳家の寺西のぶ子さんが、昨年『英国一家、日本を食べる』(マイケル・ブース、亜紀書房)という訳書を出されて、売れ行き好調のようです。自身もフレンチの料理人としての修業経験を持つ「フードジャーナリスト」の著者が、極上の日本料理から博多ラーメンまで、日本の食を探究しようと奮闘した旅行記、といったところでしょうか。

 寺西さんがご自分で見つけて出版者に持ち込まれた本とのことで、当コラムの読者にも興味深いお話が聞けそうだと思い、久しぶりの対談をお願いしました。

岩坂:ちょうど1年前に出された『英国一家、日本を食べる』、私も楽しく拝読させていただきました。よく売れているようですね。

寺西:ありがとうございます。訳しているときから面白すぎて、この楽しさを多くの人と共有したいと思いましたが、著者の日本への愛情はともかく、シニカルな面を面白がっていただける方は、そうはいらっしゃらないのではないかとビクビクしていました。ところが、ふたを開けたら信じられないほど評判になってしまい、日本の読者の方々は懐が深く、すばらしいと感じています。

これまで、訳した本が重版になることすら珍しく、1万部を超えることがあるなんて想像もしませんでした。私が訳す本は、そういう本ではないと思っていたので、本当に驚いています。

岩坂:いやあ、あれは面白いですから、私だったら絶対売れると皮算用しちゃったでしょうね。

で、あの面白い原書をご自分で見つけられたとか。どういうふうに出会って、どうやって出版にこぎ着けたのか、経緯を教えていただけますか。

寺西:自分で見つけたと言ってしまうのはたいへんおこがましいのですが、原書との出会いの場は、あるエージェント会社です。懇意にさせていただいている会社で、年に1、2回お訪ねしては、本を見せていただいています。『英国一家、日本を食べる』の原書、”Sushi and Beyond” は、まずタイトルに興味を引かれ、表紙に一目ぼれし、出だしの部分をサッと読んで完全に惚れ込んでしまいました。この本をぜひ出版したいと思い、出版社に紹介しましたが、1社、また1社と断られ、何社目かでようやく亜紀書房の編集の方が「ぜひ出したい」とおっしゃってくださいました。

岩坂:へえ、エージェント会社で本を探せるというのは、すごくうらやましい話ですね。私は、お世話になっている編集者さんから、原書出版前の原稿でレジュメを書かせていただけたりして、これは恵まれているなと思うのですけれど、このあたりは翻訳家を目指す読者のみなさんにはあまり参考にならないかも。

エージェント会社以外では、どんなふうに原書をチェックしていますか? 私は、時間があると、向こうのアマゾンのCustomers Who Bought This Item Also Boughtのところから関心分野で「芋づる式」の立ち読みをしたりします。

寺西:以前は、私もアマゾンを利用して同じように芋づる式に興味のある本を探していましたが、その場合、権利がどうなっているか、どこのエージェントの取り扱いか、などがわかりにくいので、あまり効率がよくないと感じていました。その点、エージェントさんからご紹介を受けた場合は、権利は100%空いていますから、心配は無用です。ただし、内容を読んで 出版社に紹介しても、出版が決まるのは10冊に1冊あるかないか(もしかしたら、20冊に1冊?)……ぐらいです。

それとは別に、出版社の編集部の方から、こんな本があるのですがどう思いますか?とご紹介いただく場合もあります。この場合は、もちろん権利も空いていますし、編集部で一応検討してみようか、とまな板に載っている本なので、出版が決まる確率は少し高いかもしれませんね。

面白いのは、著者が売り込んでくるケースです。そういうことは、今まではあり得なかったのですが、『英国一家、日本を食べる』の著者は、プレゼントだといって著書を次々と送ってくれます。そして、「あの本はどう? 見込みありそう?」とか、ドシドシ尋ねてくださいます……プレッシャーがきついです……

岩坂:私もアマゾンの芋づる式で見つけて本に……という経験はないです。でも、専門分野の本は、たまにはそうやってチェックしておかないと、レジュメも書けないというか。探す方向性も決まらないわけで。

ところで、著者からの売り込みというのは、あまり聞いたことがありません。『英国一家……』のマイケル・ブースさんとは、個人的に親しくなられたようですね。先日も会われたとか。

訳者の寺西さん(中)と著者のブースさん(右)。左は寺西さんのお嬢さん。家族ぐるみのお付き合いだそうです。

寺西:そうなんです。著者からの売り込みなんて、私だって聞いたことがありませんでした。 『英国一家、日本を食べる』の翻訳作業に取りかかった頃、突然著者からメールが来ました。「僕の本を訳してくれてるんだって??」みたいな。何か質問 があったら遠慮なく訊いてほしい、という内容でしたが、そんなメールが来ること自体、とても珍しいと思います。その後何度かメールでやり取りした後、昨年、邦訳が刊行される直前に大阪で初めて会いました。本で想像していた通りの人で、気さくだけれど神経質、まじめで頑固、という感じの人です。そして本当に日本が大好きみたいです。その後も取材でたびたび来日し、結局昨年は2度、今年ももうすでに2度会っています。友達といってもいいほどの間柄に(私としては)なってしまいましたが、著者の信頼を得られたのも『英国一家、日本を食べる』の売れ行きが好調なおかげ、読者の皆さんのおかげだと思っています。

岩坂:では、売り込みのところのお話をうかがいたいのですが、レジュメ(シノプシス)を作るときに気をつけていることって、何かありますか。通常、概要・要約と一部試訳が中心になると思いますが。

寺西:レジュメは、そうですね、まず概要には、もしも完本があれば、その写真を入れます。やっぱり、現物が見えると印象が違うと思うので。 要約では、可能な限り章ごとに仮タイトルをつけてまとめます。そして、試訳はその本の特徴がよく出ている部分を選ぶ……こう書いてみると、とくに変わったことはしていませんね…… でも、いつも同じやり方でやっていると面白くないので、少し前に書いたレジュメでは、章ごとのまとめを、試訳風にというか、語り手の語り口を使ってやってみました。書いていて楽しかったし、読んでくださる方も、本の雰囲気がわかりやすかったのではないかと思います。

岩坂:そうそう。章ごとの概要部分を、客観的に書くか著者の立場で書くかというのは考えますよね。私も著者の語り口でやったことがあります。雑誌記事のリード文のように3、4行の客観的まとめを太字で入れてから、語り手の口調で数十行書くとか工夫したりね。本の性格しだいですけれども。

ところで、売り込みの話なんですが、亜紀書房さんとは、これまでおつき合いはあったのですか?

寺西:亜紀書房さんとは初めてですが、編集者のおひとりとは、その方がふたつ前の職場にいらっしゃるときからおつき合いがありました。

出版社の編集の方は転職されることが多いので、そのたびにおつき合いの場が広がります。ありがたいと思っています。

岩坂:結局、編集者さん、エージェントさん、出版者さんとのおつき合いなんですよね。

寺西:そうですね。結局は人とのつながりということになってしまいます。企画が通るかどうかはまた別の話ですが、企画にすぐに目を通してもらえる関係を作っていけるかどうかは、自分次第だという気がします。

岩坂:翻訳家というのは、私もそうですけど、あんまり人とのおつき合いが得意じゃないことを自覚して、この世界に入ってきているという人も多いと思うんです。私自身、会社勤めをしていた頃と比べれば、合わない相手と無理してつき合うということがなくなってます。でも、できる範囲で積極的に関係づくりをする必要もある。無理せずに。そこらへんが難しいところですね。でも、本当に自分次第。

さて、近々『英国一家、日本を食べる』の続編が出るようですが。

寺西:はい、大型店の場合は、5月中旬に店頭に出ると思います。 1冊目では、原書のすべてを収録するとたいへんボリュームが大きくなり、単価も相当なものになってしまうので、削るしかありませんでした。

なぜそんなことをするのか、とお叱りも受けていますが、日本では分厚い本は敬遠されますから、ボリュームと単価が上がる冒険はできなかったというわけです。もちろん、著者の了解は得ました。しぶしぶながらではありますが。

そういうわけなので、思いがけず1冊目が売れて、残りの部分を続編として出版できるのは、著者にとっても私にとっても、たいへんな喜びです。続編といっても、もともとは1冊の本ですから、上下巻、みたいなものです。でも、ただそれだけでは、ちょっと味気ないので、新しい番外編と、著者から読者へのメッセージに当たるエピローグが追加されています。

岩坂:原書の未訳出の部分、プラス、番外編と、ブースさんから「日本の読者への」メッセージということですか?

寺西:はい、そうです。

岩坂:それは楽しみです。きっと売れます。

今回はどうもありがとうございました。

(2014.5)


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