セネガル通信

第6回 猫の気持ち

『堀切の花菖蒲』

公邸の2階の廊下に、広重の浮世絵《江戸百景》の復刻版がいくつか並んでいる。何代か前の大使の時代に額装させたもののようだ。鯉やあやめや七夕や、いくつか私の知っている風景画がある。

確かにこれは“ガイジンウケ”する・・・などと思いつつ、ふと、猫の絵もあったのではないかしら? といううっすらした記憶がよみがえったのは、ダカールに来て間もない頃のことだ。

巨匠モネに影響を与えたといわれる『湯島天神坂上の眺望』

浮世絵に関してはほとんど無知なのだけれど、フランスで長く暮らしていたら、案外たくさんの浮世絵に接することになった。

『猿わか町よるの景』

江戸時代後期に日本から海を渡った浮世絵は、欧州の画家たちにも影響を与えたし、あちこちに保管されていたようで、時々思わぬところで展覧会などが開かれていた。だから、いくつかの題材や特徴のある構図が自然と頭に焼き付けられてしまったらしい。

1カ月ほどが過ぎた頃、公邸内の倉庫や戸棚の中を点検していた時に、大きな布製の、江戸百景復刻版の箱を見つけた。

「これだ!」 と、私は、重たい箱を抱えて自室に戻り、その日は、実際には百以上もある《百景》の一枚一枚をめくるという贅沢な午後を過ごした。

《窓辺の猫》 正式名は『浅草田圃酉の町詣』

やっぱりあった。

全集の中に、記憶にたがわず、《窓辺の猫》がいた。それは、吉原の遊女の部屋から酉の市のにぎわいを眺める猫の絵であった。

翌日、私は何のためらいもなく、廊下の額の一つをはずし、中の絵を《猫》に替えた。毎日厨房の窓辺でガラスの向こう側から私に話しかけてくるママンへのオマージュのつもりでもあった。

ダカールでの私の日常は、ほとんど、公邸内で完結しているといっても過言ではない。

もちろん、いろいろなおつきあいで、どこかに出かけることも少なくはないが、そんな時にもたいてい運転手さんに連れて行ってもらい、連れて帰ってもらう、という状態だ。100年前のおひいさまのような暮らし振りである。

自分の意思で、“自分の力”で出かけられるのは、わずか、歩いても10分程度の、海岸通りに出たところにあるショッピングセンター(毎週通うスポーツクラブもフランス系の美容院も、フランス系大手スーパーもここにあります)だけ。

公邸の近辺は、プラトーと呼ばれるダカールのいわゆる街中からは数キロ北にある住宅地で、「(財布を持って)一人では海岸道路を歩かないほうがいい」と言われているから、ショッピングセンターにも車で乗りつける。この距離なら、運転も、まずは怖くない。

ここでできた“外国人女性”の友人の何人かは、果敢に市内を運転しているが、大使夫人という立場の友人たちは、誰も一様に運転していない。急激に膨張する車社会ダカールでは、かなり頻繁に事故現場に遭遇し、「自分で運転しないほうがいい」は、リスクマネージメントの一つでもある。

パリの、あの、悪名高い凱旋門広場もスイスイと運転し、ロンドンの、あの、決して舗装状態のよくない、しかもしょっちゅう工事中で迂回させられる道路も、めげずに果敢に運転してあちらこちらに出かけていた身としては、少し悔しい思いもあるのだが・・・

スポーツクラブの、私がいつもズンバを習っている部屋からの眺め。

実際に、70キロものスピードで飛ばすことのできる片側通行の海岸自動車道路で、正面から馬に引かれた荷車がテケテケとやってきたのに最初に(その後も二度ほど!)出会った時は、もう、笑うしかなかった。

運転手のNさんに、「なぁにこれ!? こんなこと許されてしまうの?」と聞いたら、彼はカラカラと笑って「マダム、もちろん、だめですよ」と答えた。「そうよね。でも馬には交通規則はわからないわね」と私も笑って続けたが、もちろん、馬じゃなくて、ルールを守るべきは、御者のセネガル人だ。

彼らが車の免許を持っているのかどうかは知らないが、そういえば、確か荷車自体には、車と同じような「登録番号」が付けられているような気がする。今度また、運転手さんに聞いてみよう。

畑に植えたラディッシュ。日に日に生長して、あっというまに、ラディッシュを越えて「赤大根」になってしまいました。

そんなこんな事情だから、どうしても、外出は必要最小限となる。その結果、どうしても公邸敷地内でウロウロと過ごすことになる。

“朝の”散歩のみならず、“午後も”散歩で、駐車場のところに、公邸料理人のTシェフが作り始めた畑に、私はまるで農園主のような顔をして野菜の生育を見に行く。

敷地内にはマンゴーの木も何本かある。

駐車場のところの一本が、木は小さいけれど大きな実がついて一番おいしいと庭師が教えてくれたので、花が咲き始めた頃、一生懸命その数を数えたりしたが、うどんこ病にかかってしまったようで、白いボロボロのものが小枝や葉っぱにまとわりついていて、一向に花は増えず、がっくりした。

「今年はおいしいマンゴーが食べられないかもしれない」

せっかくの楽しみが半減し、公邸敷地から一歩も外に出られない生活をちょっぴり恨めしく思い、私は吉原の猫か!?と“哀しく”気取ってみたのは、ダカール生活が3ヶ月目に入るころだった。

(つづく)

このサイトは翻訳学校サン・フレア アカデミーの運営です。

PAGETOP