セネガル通信

第7回 猫の気持ち(続)

農園主は忙しい。バナナの生長だけを楽しみにしていた着任当初が懐かしい。(と、偉そうに!)

年が明けてからというもの、どんどん生長する畑の野菜たちを見ていたら、マンゴーのことは忘れてもいいかしら・・・という気分になってきた。サニーレタスや水菜の葉っぱが、早回しのこまのフィルムを見ているようなスピードでぐんぐんと大きく増えてくるのだから、驚かされるというか、単純に面白いというか・・・。

ある日の会食メニュー。主菜の鶏肉のつけあわせに畑の野菜を

マルシェで手に入る野菜には限りがあり、特に葉物はフランス系大手スーパーの輸入物に頼らなければならないと聞かされていたので、日本からさまざまな種を持ってきたのだが、正直なところ、これほどうまくいくとは思っていなかった。

我が畑で、“売れるほど”たくさん収穫できるようになって、生野菜がふんだんに食べられるようになり、お客様に、「うちの畑でとれたサラダです」と説明するのも誇らしい。

その頃から、庭の植木や花々のことにも首を突っ込むようになった。

公邸の庭には、色とりどりの南国の花がたくさんあるが、実際、切り花にするのはとても難しい。要するに、水揚げが悪いのだ。

外でどんなに美しく花開いていても、活けてしばらくすると、へな~っとなってしまい、いざお客様、という頃には哀れな姿になってしまうことが分かってからというもの、私は今度はにわか園芸家に変身した。

公邸に咲き乱れるブーゲンビリア。赤、ピンク、白、黄色

名前だけは知っていたけれど、実物を見たのは初めてのブーゲンビリアの木――赤やピンク、オレンジ、黄色、白・・・と大変美しく咲き乱れるのは、正確には花ではなく、苞といって、花を保護する葉が様々な色に変わったものだそうだ――は、その“へな~”の代表のようなもので、私は、お湯の中で水切りしたり、はたまた氷水にぼちゃんと半日も浸けてみたり、と、試行錯誤を繰り返した。

公邸の塀に沿って植えられたブーゲンビリアの、その咲きっぷりがあまりに見事で、テーブル花を作るにもとてもデコラティフだから、なんとか「物にしたい!」と必死になったのだった。

「お花」との“格闘”は、実は、到着早々に始まっていた。

というのも、10月半ばに着任した私たちは、2ヶ月もたたないうちに、《天皇誕生日》という在外公館としては、一番大きなレセプションを迎えてしまうからだ。

庭から採取したショッキングピンクのブーゲンビリアとアスパラガスで、黄色の百合を引きたてる

お客様を招いてのディナーもさることながら、レセプション時にサロンを飾る“立派な切り花”には、公邸の庭ではどうにもならないということが歴然としていた。

どこかで調達しなければならない。11月になるとすぐに、私は街にある3軒の花屋を訪ねた。

ウィンドーに、個展の会場入り口に置かれるような大きな美しいアレンジメントがあり、嬉々としてお店に入ってみたら、それは造花だということがわかって、とてもがっかりした。おまけに、店内では、白人男性が一人机の前にすわっているほかは、「近所からお喋りに来たセネガル人」みたいな男性が2人、椅子に腰かけているだけで、花屋として当然あるべき生花のバケツが床にはない。

「お花がほしいのですけれど・・・何かあります?」
と、おずおずと申し出ると、店主と思われる白人(オランダ人?)の男性は「冷蔵庫にいいのがありますよ。こちらへどうぞ」と、私を奥に導いた。

冷蔵庫は、大使館の冷蔵食品庫よりも狭いくらいの小さなスペースで、ゴミ用サイズのプラスティックバケツ3個くらいの中にカサブランカなど数種の百合とガーベラが納まり、壁に取りつけられた棚の上に、申し訳程度にマーガレットとかすみ草が置かれていた。

第一印象は、「たったこれだけ」であり、しかもその後、値段を聞いて、私の気分は一層萎えた。

英国なら、わずか2-3ポンド(3-400円)で手に入れられる、だから、いつも主役ではなくて脇を務めるマーガレットが、4000セーファ・フラン!  

単純に円換算すると800円位だから、「そんなもんじゃない?」という印象を与えるかもしれないが、ダカールの物価を考えれば、それは途方もなく贅沢な価格となる。私がプライベートで雇う運転手さんの日当は5000フラン(約1000円)だ。

5000セーファ・フラン札。 セネガルやコート・ディヴォアールなど、旧フランス植民地を中心に、西アフリカで共有する貨幣

街の花屋さんは、どこも似たり寄ったりで、ちょっと素敵な切り花を2種類くらい置いているが、それは欧州からの空輸もので、だからとてつもなく高価で、地場の百合とガーベラだけが「日本よりは安いかな?」というラインナップだった。

その日、街の3軒を回って意気消沈した私は、最後に公邸のそばのショッピングセンターにも寄ってみた。

ウィンドーの外から眺めれば、素敵なバオバブ盆栽やサボテン、グリーンも美しい観葉植物類が並んだ、都会のこじゃれた「花関係インテリアショップ」なのだが、この店舗に至っては、生花としては大きな薔薇と小さな薔薇の2種類があるのみ。

「4日前に注文してくださったら、何でもご用意いたしますから」と、売り子のセネガル女性はとても愛想よく応対してくれたけれど・・・丁寧に答えてくれる店員に対しての私の笑顔は、いつもの半分くらいだったと思う。

ショッピングセンター内のお花屋さんがとても素敵にラッピングしてくれました

公邸に戻って、その日、“私のため”に買い求めた、4つの小さな花束を花瓶に生けるべくほどきながら、ちょっぴりため息がでた。

「もうこうなったら、玄関前の薔薇をどんどん増やすしかない」

《吉原の猫》に甘んじる気になったのは、去年のそんな出来事もあったからかもしれない。

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