セネガル通信

第11回 ナショナルデー(その2)

1978-9年のことだから、すでに40年近い月日が流れたのだけれど。
 パリに住むまだ子供のいない若い夫婦であった私たちは、早めの夕食を終えると時々映画館に出かけた。テレビよりもシネマが好きな(と、私には思える)フランス人は、映画館の列をいとわない。話題の映画ともなれば、寒かろうが暑かろうが(暑いことはほとんどなかったけど)、大勢の老若男女がチケット売り場に並んだ。
 日本語字幕のない外国映画は、正直なところ、面白みが半減する。というか、実際によく解らないから、想像力をたくましくするしかないのだけれど、それでもいくつかはちゃんと感動することもあった。現代ならDVDで繰り返して観ることもできるけれど、そんな便利なもののない時代だから、あとで脚本を買って読んで、「あら、こんなこと言ってたの」などということもあった。

ダカール南80㎞ のサリーは、欧州や北米東海岸からのリゾート客でにぎわいます。

そんな私にとってフランスの映画館の楽しみの一つは、本編前に流される長い予告編を観る、ことでもあった。予告編はとても上手に作られているし、効果的なキャッチコピーなどを文字でも入れてくれるから、なんだか映画全部が解ったような気になってしまう。
 ある日、それは多分初夏のことだったのだと思うけれど、いつものようにいろいろな予告編が上映された後、最後にひとつのフィルムが流された。
 映像は青空の下、そよ風を頬に受けながらにこやかに飛行機のタラップを降りる人々の姿だ。
 なんだろう?と思っているところにナレーションが入る。
 「今年の夏、美しい景色、素晴らしい文化そしてたくさんの楽しみを求めてあなた方の多くが諸外国を訪れるでしょう。・・・・・そこでは、あなた方一人一人が、ほかでもないフランス、なのです」
 フランス政府が流した公広告だった。
 その頃、「建物が美しくない」とか「降りる人より先に電車に乗り込む勤め人などマナーを守らない人が多い」とか「そもそも公衆道徳など存在していない!」とか・・・その数年前まで日本の唯一の国際空港である羽田空港のヘドロの臭いもしっかり私の鼻は記憶していて、パリにいると、まだまだ日本のいやな面ばかりを思い出して、なんとなく“日本嫌い”のような気持ちも持っていたのだが……。
 そのせいかどうか、その広告は、私たちのお腹に、ストン、と落ちた。
 「いい広告、さすがフランスね」と二人で話した。
 お金に物を言わせてブランド高級品を買いあさる日本人の姿がパリ人の目には奇異に映り、ばかにされ始めた頃だったから、尚のこと、心に残った。

“あなたが日本”は、その後ほどなくして、実際に私の身の上にも起きた。
 長男をパリの病院で出産した時、病院スタッフの何人かに言われたのだ。
 「日本人って素晴らしいわね。部屋をいつもきれいにしている。食べた後の食器もきれい」(これは単に私が食いしん坊で残さないだけだけど!)。
   「ベッドだって、これじゃ、シーツを取り替える必要もないわ。お隣の**人なんて、いつだってゴミ箱はあふれてるし、シーツもめちゃくちゃよ」

単純に嬉しかった。
 私の生活の一こまの、とるに足らない所作だとは思うけれど、それを評価してくれる人がいる。
 そして、それが、「日本人は・・・」となってしまうのだから、やっぱりオソロシイ。
 その後もずっと、私たちはフランスの公広告フィルムを忘れずに、どこにいても、いつも“恥ずかしくない”日本人でありたい、と考えていた。「私たちが日本です」という意識は簡単に消えなかった。
 だけど、まさか、本当に日本の代表として今セネガルにいるとは、あの時、いったい誰が想像しただろう。

両国国歌が流れ、”セレモニー”が始まる。

私たちの第二回目の天皇誕生日祝賀レセプションは、順調に滑り出した。
セネガルの閣僚――必ず政府代表がお一人出席しますが、当日までどなたが何時にいらっしゃるか分かりません――も開場15分後にはみえて、スケジュールを前倒しして19時前にはセレモニーが始まった。夜のとばりを貫いてライトが国旗を照らし出す中、両国国歌が流れ、そしていよいよ大使のスピーチだ。
 今回、“力の入った”スピーチは、14分もの長さで、じっと立って聞いている身からしたら、決してラクな時間ではないのだけれど。

TOYOTA YAMAHA・・・セネガル人にもおなじみのブランド

その後公邸の庭ではなごやかな懇談会が繰り広げられ、知っている人、知らない人、多くの方が声を掛けてくださった。
 男女にかかわらず、ほとんどの方が着物を褒めてくださるので、私はすかさず、それが、亡き義母の60年前のものであることを説明し、日本の絹織物の素晴らしさ、桐の箪笥の偉大さ――何と言ったって、何十年も同じ状態を保っていてくれた!――を伝え、それから、その日のために厨房あげて大奮闘で用意したおすしやてんぷらや串カツの列にみなさんを案内した。

取材攻め

夫が親しくしている大使仲間の皆さんが、私にまで「今日のスピーチは素晴らしかった」と言ってくれた。スピーチを褒める言葉は女性陣からも上がった。
 あまりにたくさんの方と話をしたから、もうどなたのせりふだったのか思い出せないのだけれど、
 「ねぇ、ナショナルデーのスピーチって、聞いていない人も多いじゃない? 隅の方ではお喋りをやめなかったり、食べ物を食べていたり・・・。でも、今日の大使のスピーチは全員が聞いていたわ。すごくシーンとしていた」

大きいパパ、マミィ、商社マンだったあなた方の息子、少しは大使らしくなったかしら。

スピーチのことが大きな記事に(ソレイユ紙) (テレビでも数分間のニュースとして取り上げられました)

(つづく)

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