セネガル通信

第12回 ナショナルデー(その3)

公邸の庭にケイタリング会社がテーブルを次々とセッティング

2013年10月、赴任直後の、自分たちの荷物もほどくかほどかぬかのうちに12月のレセプションの打ち合わせが始まったのを、今では“懐かしく”思い出すが、対外的に大使として“それらしい仕事”をしたのは、オーストリア大使館のナショナルデーに出かけたことだった。
 大使夫人が、きれいな刺繍のほどこされたかわいらしい民族衣装を着ていらしたのが印象的だった。
 そして、私といえば、まだほとんど誰とも知り合っていないこともあって、数人の方とあいさつ程度の会話をしただけで、常に夫と“セットで”行動し、セレモニー(国歌とスピーチ)が終わると時差ぼけなどと言い訳しながら10分もしないうちに帰宅したわけだが、料理の味見だけは忘れなかった。

フレンチ専門の津久井シェフですが、寿司300かんを握り続け・・・握っても握ってもおいつきません。お皿はいつも空っぽ

これもオシゴトの一つ!
 何しろ、自分たちのレセプションに一部利用するケイタリング会社を決めなければならないからだ。天皇誕生日のように招待客の多いレセプションの場合は、公邸スタッフだけでは料理の準備も当日のサーブも間に合わない。
 10月11月は、ナショナルデーを始めとする大きなレセプションが目白押しで、あちらこちらに出かける度に、カナッペの味を確かめ、サービスのセネガル人の態度を品定めする、という日々でもあった(ダカールは外交団のみならず、国際機関も集中しているせいか、ケイタリング会社は結構たくさんあり、それぞれ一長一短です)。

公邸スタッフもにわか焼鳥屋さん。 とはいえ、見事な串さばき!

そうこうするうちに、“狭い”ダカール外交団社会で、少しずつ顔見知りも出来てきて、“氏素性”が分かるとお互いに食事に呼んだり呼ばれたりと、大使夫妻らしいおつきあいが始まった。
 セネガルに根をおろした欧州人やレバノン人の知人もでき、外交官配偶者の会にも参加し始めたら友だちの数は急に増え、案外たくさんいる(6カ国くらい)女性大使たちとも楽しくおしゃべりをするようになった。

在セネガル日本大使館名物? 串揚げ。 本当はお一人様1本とお願いしたいけれど・・・

そして、余裕綽々(!?)で、2014年の天皇誕生祝賀レセプションを迎えたわけだが・・・。

西アフリカがエボラ出血熱のために、世界中で大きな注目を浴びていたのは日本の皆さまもご存知と思う。
 最近だいぶ落ち着いたようで、報道の数は少なくなってきているが、9月10月は、ダカールでも、人々が集まるとその話で持ちきりだった。
そしてその後、私は一時帰国で日本に帰ってしまったのだが、ひょんなことからとってもセンセーショナルな話題が飛び込んできた。
 欧州のとあるお国が、ナショナルデーレセプションで、「エボラ出血熱を鑑み握手はいたしません」と宣言したのだそうだ。

欧米人にとって、「握手」の持つ意味はとても大きい。もともとが「武器は持っていません」という意思表示から発したといわれている生活習慣だ。だからこそ誰でもごく自然に右手を差し出してくるのだけれど。その夜、みんなの態度はさぞかしぎこちなかったに違いない。

そして、レセプションに参加した多くの欧米文化圏の人々が、それを「非常識」なことと判断したのだと思う。あるいは、まさに手を持て余してしまい、ぎくしゃくと挨拶を交わすことになり、せっかくナショナルデーを寿ぐつもりで出かけたのに出鼻を挫かれた、という印象をもったのかもしれない。遠く日本にいる私たちにまでそんな声が届いた。
 在ダカールの欧米文化圏の人々の苦笑する顔が次々と目に浮かんだ。

「ヘェ~」と、夫と私は東京で目を丸くしながら、「私たちのレセプションの時はどうなっちゃうんだろう」と想像した。そして、「日本人にはお辞儀があってよかった」と思った。

先生「レセプションではそこまで頭を下げる必要はありません。はい、やり直し」

しかし、考えてみると、私たち自身、あまりに欧州での生活が長いために、握手が身に付き過ぎている!
 紋付袴姿にすると決めたのに(しかも、扇を手に持つのだし)なんのためらいもなく握手をするつもりだった私たちの“無作法”にその時になって気づき、反省(?)する、という体たらく。
 それならば、このさい、きちんとした着物姿で、美しいお辞儀を世界に広めよう!(大げさですが)と、相なった。

ということで、夫は、関根“先生”に、着物、袴、羽織の着方のみならず、扇の持ち方、お辞儀の仕方まで特訓を受けることになった。
子供のころから海外が長くて、そのせいかどうか、夫はかわいそうなことに畳の上に正座することができない。
 欲目をもって言えば、足もまっすぐでスラリと長く、西欧的なことはすっかり身についているけれど、日本的なことはからきしダメ。着物を着た途端に「足がひらかないから歩きづらい」「草履に右左はあるの?」などとトンチンカンで、ステージママたる私をハラハラさせた。

大使館員「大使、奥様、気の早いお客様がもうみえました。開門します。金屏風の前にお願いします」。私たち「はーい。ただいま」

レセプション当日、金屏風の前で私たちは、“予定通り”お辞儀を繰り返し――時には差し出されてしまった右手をどうしても無視できずに握手もしたけれど――、“事情に明るい”招待客の何人かが、ウィンクしながら、一生懸命お辞儀を真似してくれたのが、とても楽しかった。
 そして、もう一つ新しい発見。
お辞儀をする時にはほとんど無言でも許される。
 いつもなら、握手をしながら、「**さん――時には閣下だとか猊下だとか――、いらしてくださって、ありがとうございます」といった挨拶の言葉を何百回も繰り返すから、指先はベタベタになり、口はカラカラになり・・・
 今回のレシービングラインはラクだった、というのが、私の正直な感想です。

  

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