セネガル通信

第13回 空の旅

小型トラックの荷台に据えられたベンチに座ってセネガル川流域の土の道を揺られること1時間。車は、湿地帯の中に作られた狭くて路肩もない赤茶色の道を、がたがたと走っていた。
 葦のような背の高い草が水際を巧みに隠す。
 「もうあと少しですから」というガイドの青年の声が、風を受けてバタバタバタと震える幌の音に混じってかすかに聞こえた。

サギ(ガイドによると“孤高の鳥”)

寒いのなんのって、ただでも風が強いセネガル大西洋沿岸地域で、天井を覆う幌をかけただけのトラックの荷台を吹き抜ける砂交じりの風の過酷さは、体験してみなければわからない!
 セーターの上に風除けの薄手のアノラックを着、何年か前のお正月のスペインで寒さゆえに衝動買いした大きなストールで頬かむりした私の姿は、なかなかの“見もの”かもしれないけれど、荷台の隅で縮こまっていた本人は、「酔狂も限度かなぁ」という気持ちになっていた。
 トラックに乗り込む時に、老年のフランス人夫婦のご主人に車内の座席を譲ってしまった――奥さんの方は、「私は当然よ」と言わんばかりにすでに座り込んでいた――のを、ちょっぴり後悔しながらも、「中にいたら、この親切でまじめなガイドのセネガル青年の説明は聞けないのだし」と、何度も自分に言い聞かせての小一時間だったのだ。

その時、トラックがスピードを緩めたかと思うと、ガイドの青年が、「見てください、あそこ、あそこの藪の中。イボイノシシですよ」と叫んだ。
 わぁ、本当にいるんだ!
 旅行本の説明にも川の流域にいのししが生息していることは書かれていたのだが、そもそも、この赤茶けた土と、半分枯れてしまったようなわずかばかりの背の低い木々と、がさがさと水草の生い茂る湿地帯の風景の中で、イノシシの姿は私たちの想像の範囲をはるかに越えていた。それだけに、妙に感動してしまった。
 サービス精神旺盛の(?)イノシシは、まるで、道案内でもするかのように私たちのトラックのすぐそばを、50メートルばかり伴走していたが、いつの間にか藪の中に消えた。
 また、私の中に寒さが戻ってきた。

でも、その後船着き場につくまでのしばらくの間、“寒さ”と“感動”は数分おきにやって来た。
 トラックが速度を緩めるのは、“感動”の合図だ。
私たちは、運転手やガイドのセネガル人の目のよいことにもひたすら感心しながら、青年がとても自慢げに鳥や動物の名前を口にするのを「どこ? どこ? 見えないわぁ」などと楽しんだ。

遠くて分かりにくいのですがフラミンゴです

はるか向こうの水辺に、うっすらとピンクに染められたフラミンゴの集団の美しいシルエットが見えた時、私は青年に、彼らがどこからやってくるのかを知っているか、と尋ねた。
 「フランスだと思います。フランスの地中海沿岸の・・・」
 「そうよね。やっぱり、カマルグから来ているのよね」

私たち夫婦の若い頃からのお気に入りの地は、たくさんのフラミンゴが生息していることで有名だが、あそこで優雅に暮らしている(とばかり思っていた)彼らが、地中海を渡り、サハラ砂漠を越えてはるばるここまでやって来たのだ。
 飛行機で5時間もかかる距離を、あんなに華奢なからだで、毎年必ずやってくる・・・生き物に与えられたその力の大きさを思うと寒さも忘れた。

40人くらいが乗れる小舟に乗りこんだ頃、やっと薄日がさしてきた。
 2015年1月2日の朝のこと。いよいよ、ジュッジ鳥類国立公園でバードウォッチングの始まりだ。
 私たち夫婦と東京からはるばるドバイ経由でやって来た娘と、たくさんの欧米人、何人かのアフリカ人、数名のセネガル人ガイドを乗せた小舟は、動く前から大騒ぎだった。
 一般に「お喋りなセネガル人」と人は言うが、“喋り”を専門とするガイドたちの、中でもカラフルなセネガル服をまとい毛糸の帽子を頭に載せた長老格の男性の話は、適度の冗談と身ぶり手ぶりも交えた落語調で、本当に愉快だ。
 ただ、それだけが大騒ぎの原因ではなかった。船着き場の周辺に、“目玉商品”でもあるペリカンが、所せましと漂っていたからだ。
 観光客の誰もかれも、今までこれほどの数のペリカンを、しかもこんなに間近に見たことなどないのであろう。やれ泳いだ、やれ潜った、下くちばしに魚が透けて見える、と興奮していた。私たちも、ご多分にもれず。

黒いのがペリカンの雛。 “島”で佇立して親がご飯をもってくるのを待っています。まだもちろん飛べないし、泳ぎもへたかもしれません。

しかし、船着き場での興奮が、「さほどのものではない」ということに気付くのに時間はかからなかった。
 川面を滑り出した船の行く先々で、あまたのペリカン“軍団”に遭遇し、それぞれのグループの、完璧なまでの連帯行動を目の当たりにした時には心底驚いた。いったい、誰が教えたの!?

手前の軍団は“漁”の真っ最中

 皆で輪になって、「いち・に・のさん」と、一斉に首を突っ込むから、水面には、ツンと突き出されたおしりが並ぶ。その動作のなんとユーモラスなこと。こうやって彼らは魚をつかまえてはくちばしにため込むのだ。自分が食べる分と、子供に食べさせる分と。
 たくさんため込んだ者ほど下くちばしがふくらむ、という事実も、私はこの時初めて知った。

圧巻は、何と言っても、空に向かう時の彼らだ。
 私たちの小舟のすぐ横を、足を伸ばし羽を広げて、ボーイング777より(と表現して、ベテランガイドは私たちを笑わせた)美しい飛行物体となった彼らが、一羽、そして一羽、ただひたすら前だけを見て、まっすぐに飛び立って行く。
 6羽程度の小連隊から20羽近い大連隊まで。誰がリーダーなのか、彼らは間違えることなく次々と仲間を追い、そして徐々に高度を上げ、美しいVの字を描きながら、大空を飛翔する。私たちは、呆けたようにその姿に見入った。

実は、ここに来るまで、ペリカンが渡り鳥だということすら知らなかった。大きな水かきのついた足と大きなくちばしのせいで三頭身にしか見えない、丸い目をしたひょうきんな鳥で、池の周りをペタペタと歩く、というのが、都会の動物園で得た私のペリカン像だったのだが・・・。
 本物の(!?)彼らは、実に、実に、ほれぼれするほど美しい。


※ ジュッジ鳥類国立公園は、セネガル川のデルタ地帯に広がる世界遺産登録の鳥類保護区で、世界三大鳥類繁殖地の一つ。350種、300万羽以上の鳥たち(ほとんどが渡り鳥)のサンクチュアリである。1万5000羽を数えるペリカンは、ここで産卵、子育てを行い、東アフリカ方面へと渡るらしい。

ジュッジ周辺の地図(左)。セネガルとモーリタニア国境の湿地帯です。サンルイ市は、ダカールの北260キロ、世界遺産の街です。

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