Did you know that?

65. グルテン・フリー(Gluten Free)症候群

娘が高校生のある日、妙な事を言った。
 「お母さん、今日、エミリーのお腹が大きく膨らんで妊娠しているみたいに見えたのよ」 翌日学校から帰った娘が言った。
 「エミリーのお腹、萎んで元通りになっていた……。どうしてだろうね」
 高校生の女の子のお腹が膨らんだり萎んだりする等、今まで聞いたことがなかったので不思議に思った。高校のダンスチームでエミリーも母親もよく知っていたし親しかったので、そのことを直接聞いてみた。母親は、
 「最近人目にも分かるようになってしまったのだけれど、実はエミリーは、『小麦粉アレルギー』なの。症状が急にひどくなって、ちょっと小麦粉が入った食物を食べると、目に見えるような症状が出て本当に可哀想なの。これからは、完全なグルテン・フリー(Gluten Free)の食事に切り替えていかなければならないの。一生涯小麦粉の入った食品も食事も食べられないのよ。かわいそう」

英語圏では、「◯◯ Free」という言葉がよく使われる。Smoke free(禁煙) 、Sugar free(無糖)、 Caffeine Free(カフェイン無し)—参照:No.34「だからあなたも気をつけて」、Tax Free(非課税)、Free Way(無料高速道路)など、「Free」とは、この場合「無い」という意味だ。「グルテン・フリー」とは、グルテンが入っていない食品ということになる。では、グルテン(Gluten)とは、何だろう。グルテンとは、小麦、大麦、ライ麦等から生成されるタンパク質の一種で、日本語でもグルテンと言うようだ。このタンパク質に対してアレルギーを持っている人をグルテン不耐症、あるいはシリアック病(Celiac Disease)という。これは、グルテンに対する免疫反応が引き金になっておこる自己免疫疾患で、腹痛、下痢、小腸の内幕に炎症が起き痛みを感じる。また、時にはお腹が膨らむような症状があるらしい。

小麦粉アレルギーの人は、以前から何人か知っていた。あるアメリカ人女性は、ポットラックパーティに行くと、「これに小麦粉は入っていますか」と作った人に必ず尋ねていた。一般的にアメリカでは、宗教上食べられない人、単に好き嫌いが激しい人、食べたことのない食品を決して食べない人、またアレルギーがある人など、食に偏りがある人が数多くいる。しかし、小麦粉にアレルギーがあって、食べられないものがある人のことは、殆ど聞いたこともなかったので、とても不思議だった。「そんなに神経質になることもないのにね」と気軽に考えていた。そのようなアレルギーの中でも、学校では、『ピーナツアレルギー』には、特別な警告が出されていた。子供が知らずに食べてしまい、死に至る事例も報告されている。日本人学校でも、私自身、学年初めに発作が出た場合の注射器の使い方を教わった事もあった。

ピーナッツが入ったものは、クッキーやタイ料理等、注意すれば食べるのを避けることができる。しかし、小麦粉はもっと複雑なような気がする。それこそ、いろいろなものに入っている。死に至る程までないからなのか、小麦粉アレルギーのことは、今までそれ程話題にならなかった。小麦粉等麦全般にアレルギーがある人の食生活を支える「グルテン・フリー」という社会現象が一般的に話題になり、人々の食生活を変え始めたのはここ7、8年のことではないかと思う。私自身もこのエミリーのひどい症状を聞いてから、小麦粉に対する見方が変わってきた。また最近、小麦粉を全く食べない「グルテン・フリー・ダイエット」に食生活を変える人が、私の近辺でも目立ち始めた。

しかし、小麦粉を毎日の食生活からなくすと言うことは、どのようなことだろうか。まず、小麦粉を使った食品、食材、料理を全く(!)食べない、食べてはいけないと言うことである。いろいろな種類のパン、クッキー、パスタ、ピザ、うどん、ラーメン、素麺、そば(繫ぎ)、天ぷら、唐揚げやトンカツなどの揚げ物、ビール、麦茶、お好み焼き、たこ焼き、餃子や饅頭の皮などがまず思い浮かぶ。日本人では知らない人も多いと思うが、醤油にも小麦粉が入っている。これは、醤油を使った食品全般に小麦粉が入ることになる。麺つゆ、ポン酢醤油、照り焼きソース、和風ドレッシング、お煎餅だって醤油が使ってあれば食べられない。カレーやシチュウのルー(繫ぎ)など、例を挙げればきりがない。溜醤油(溜—たまり醤油)には小麦粉が入ってないので、溜醤油を使ってあれば大丈夫だが、普通の醤油より値段がずっと高い。

グルテン・フリーのパンケーキ用粉とシリアル

アメリカで売られている無農薬溜醤油

クラッカー

義父の再婚相手の娘モニカは、食に関して敏感で、10年程前妊娠中に「ベジタリアン」になった。子供が生まれてからしばらくして、今度は乳製品も良くないと言って「ヴィーガン」になった(参照:No.29「ベジタリアンと宣うなかれ」)。モニカは、ベジタリアンからヴィーガンに変更した時、娘エリーにもヴィーガン・ダイエットを徹底させようとした。しかし、エリーが成長するにつれ、子供たちの集まりの中で、乳製品を全く食べさせないヴィーガン・ダイエットを徹底するのは非常に難しく、誕生パーティのケーキ、アイスクリーム等を一人だけ食べさせないのは余りに可哀想だと特別な場合を許した。しかし、ケーキやアイスクリームの味を占めた子供が、自分の意志で始めた訳でもないヴィーガン・ダイエットを続けられる訳はない。学校給食は、ピザ、サンドイッチ、パスタ等がでるが、ピザにもサンドイッチにもパスタにもタンパク源であるチーズ、肉類や魚(ツナ)が入っていることが多い。学校ではベジタリアン向けのランチはあるが、ヴィーガン向けは殆どない。自分で持っていかなければならない。モニカは、「ヴィーガン」を諦め、娘はもとより自分もご主人の食事も「ベジタリアン」に戻した。

そんなモニカが、4年程前、今度は「グルテン・フリー」になった。グルテン不耐症でもシリアック病でもない。単に「小麦粉が身体に良くない」と言う情報を得、それを信じ実行する食生活だ。それを聞いたときは、夫も私も呆れはてた。子供には、いったい何を食べさせるの?何を料理するの?食事の楽しみって何?
 どうしてこのように食に対して神経を尖らせ、まるで食べ物に毒でも入っているかのように忌み嫌うのか。肉はダメ、魚もダメ、乳製品もダメ、突き詰めると小麦粉食品もダメ、と食べられる物の種類を減らしていくのか?

東海岸で、モニカの側に住んでいる義父夫妻は、モニカの食生活に多くの影響を受けている。義父は、2年程前に朝食にシリアルを食べていたときちょっと気分が悪くなった。モニカに勧められそれ以降「グルテン・フリー」になってしまった。義父は4月に91歳になるが、この食事療法を始めてから身体の調子がよいそうだ。私は、義父がグルテン・フリーになったからではなく、元々身体が丈夫で健康な人だから元気なのだと思うのだが……。

昨年末から耳鳴りがすると訴えていた夫が、義父母夫妻にその話をしたところ、グルテン・フリーを試してみれば、絶対治るというようなことを言った。夫は、「では、1、2ヶ月だけでも試してみようか」と言い、今年元旦から「グルテン・フリー・ダイエット」を試してみることにした。もちろん食事を作る私の同意を得て実行できることだ。

夫の食事は、朝はパン、ベーグル、シリアル、ワッフルなど。昼はサンドイッッチを持っていくことが多いので、基本的には小麦粉をよく食べる生活だ。。夕食は基本的に和食を食べる。ご飯とおかずだ。私は、夫のお試しのため、和食も全く小麦粉を使わない食事を工夫して作ったが、それ程大変だとは思わなかった。醤油は「溜醤油」を全て使った。夫は自分でスーパーに行って、どのようなグルテン・フリーの食品があるか調べ買ってきた。

グルテン・フリーのための粉とはどのようなものか?トウモロコシ粉、米粉、玄米粉、大豆等を加工し、小麦粉を使った食品と同じように美味しく工夫してあるようだ。夫の食生活のグルテン・フリーへの変更は、パン、クラッカー等は問題がなかった。ワッフルやパンケーキの粉は返って美味しいぐらいだった。ところが、どうしても美味しくもなければ、二度と食べたいと思わなかったのはパスタだった。コシがなくべちゃべちゃだった。グルテン・フリー・ダイエットの人は、このようなパスタを食べて満足するのだろうか?それでもパスタらしきものを食べたいのか?

しかし、2ヶ月経っても何も変わらず、体重も毎日記録したが、1パウンドも減らなかった夫は、2月末とうとうグルテン・フリー・ダイエット中止を宣言してしまった。
 私は、夫の大好物、冬場に美味しい「牡蠣フライ」を早速作った!

アメリカの一般的食生活を考えたとき、朝食ではパン、シリアル、ベーグル、ワッフル、パンケーキ、昼はサンドイッチ、ピザやハンバーガー、夜もスパゲッティ、ラザニア等のパスタを食べる家庭が多い。鶏肉やステーキを調理し食べてもパンも食べる。レストランに行っても、アジア系レストラン以外では、初めにパンとバターやオリーブオイルが出される。小麦粉を使わない食事は考えにくい。また、おやつや食後のデザートを楽しむことが多いアメリカの家庭では、クッキー、ドーナツ、ケーキなど、甘さを加えた小麦粉製品が溢れている。その消費量は半端ではない。

米主食社会において「米アレルギー」という症状は、私自身今まで聞いたことがない。何故アレルギーが少ないのだろうか?米と小麦粉とでは、消費量が違うかもしれない。また調理方法も異なる。
 小麦粉は、生煮えの状態で食べてはいけない、完全に熱を加えて調理しなければならないと言われた。生煮え状態だと、小麦粉の消化が悪く腸から吸収されず、腹痛を起こす人もいるからだそうだ。

シリアック病は、元々北ヨーロッパの白人に多い病気で、遺伝的要素が多いといわれている。家族で欧米の食生活の影響が大きくなった日本でも、近いうちにこの病名をよく聞くようになるかもしれない。

ベジタリアン・ダイエット、ヴィーガン・ダイエット、ラクトース・フリー・ダイエット(lactose free無乳糖食)、グルテン・フリー・ダイエット。アメリカでは、次にはどのような「食・症候群」がでてくるのだろうか?
 私は、野菜は大好きだが、ベジタリアンにもヴィーガンにもなれない。何でも程々に少しずつ楽しんで食べたい。もし、小麦粉を使った料理が食べられないとなったら……、考えるだけでも恐ろしい……。

スーパーマーケットの「Gluten Free(グルテン・フリー)」食品コーナ 上部にサインが見える。価格の下にも「Gluten Free」のサインがあり、間違いがないようにしてある。品揃いも多い。

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