セネガル通信

第14回 コンクール(その1)

Un baobab
Géant bouche béante
Avale le vent

ダカールから小一時間も車で走ると、思わず目を見張る光景に出くわす。そして誰もがおとなしくなる。目の前のあまたのバオバブに、少なくとも私は言葉を発することができなかった。

西アフリカでも、これだけの林はそうそうないのだ、とダカールの人々が言う。どの一本を見ても、それぞれ個性あふれた存在感の大きなユニークな木なだけに、まとまるとまた別の力を発する。
 私が初めてその林の横を通ったのは、赴任してまだ2ヶ月もたたない頃のことだった。 12月というのにいわゆる残暑のような天候の中、葉を落とし始めた大木が周囲の灌木を睥睨するようにたち並ぶその様は、私の“常識”には今まで一度も登場しなかった世界で、不思議の国に迷い込んだような気がした。
 独特のシルエットが、空(くう)に浮かび上がる。
 その昔、サン=テグジュペリもおそらく見たであろうこの林は、私の瞼にもしっかりと焼きついた。

一説によると、バオバブの寿命は軽く千年はいくらしい。中には五千年も生きている大樹も――年輪はないらしいが、どうやって調べたのだろう!?――あるとのことだが、多くがずんぐりむっくりした、しもぶくれのスタイルで、地面にどでんと座り込み、四方八方へとまるで千手観音のように枝を伸ばす。中には座り込んだまま首をかしげるように湾曲する“者”もいる。そんな姿は少しユーモラスで、ふと笑みがこぼれるけれど、多くは長老の風格も併せ持ち、時としてひれ伏したくなるような威厳をも感じさせる。大きな洞を持ち、幹の周囲が何メートルにもなる大木も“居る”。
 その後、何度もこのバオバブ林の横を通っているが、その度に、バオバブたちへの敬愛の情は増し、車窓の風景に飽きることはない。

《Le Petit Prince》(星の王子さま)の挿絵のバオバブ

ところで、冒頭の詩だが、これは、フランス語による俳句である。
 在セネガル日本大使館が毎年開催する《俳句コンクール》の、何年か前の入賞作品の一つだ。
 俳句が世界に羽ばたいているのを知っている日本人は少なからずいると思うが、アフリカの国にまで、と聞けば一様に驚くのではないだろうか。
 私も、実際、セネガルへの赴任が決まるまで、この国の学校教育の中にHaïku が取り入れられていることなど何も知らなかったのだが、コンクールやそれにともなう授賞式とレセプションが、大使公邸での大きな行事の一つであると聞き、セネガルにおける俳句の存在を強く意識するようになった。

ちょうど、ロンドン時代の後半、ひょんなことから俳句を思い出して歳時記を読んでいた。そして、時々、日本の句会にインターネットを通して投句していたのだが、ダカールへの赴任が決まると今度はすぐにパリに行き、フランスで出版されている俳句の本を数冊買い求めた。
 まずはフランス語ではどんなふうに俳句を訳し、どんな説明がなされているのかを知らなければ先に進めない。

そこで、芭蕉や蕪村や、古典から現代に至るまでの多くの俳人の句のさまざまな仏語訳を読んだわけだが……
 その時最初に感じたことは、まさに原文、日本語の五七五の音節と、豊富な語彙を擁する日本語そのものの持つ力の圧倒的な大きさであり、「こりゃ、翻訳不可能だ」が正直な感想であった。あらためて俳句の素晴らしさを認識した。
 芭蕉や蕪村や一茶や・・・彼らに代わって(というのもおこがましいですけれど)、「ちょっとニュアンス違うんですけど~」「もうちょっとすっきりまとまりませんか~」などとぶつぶつ言いながら仏語訳を読んでいた。
 なかには、もちろん、適当に韻を踏んだり、的確な3行詩となって訳されている句もあって、そういうのにぶつかると、ウキウキした。
 「あなたも、この感覚解ったんですね」などといっぱしの評論家のように頷いたりした。

2007年に在セネガル大使館が発行した本『セネガルにおける俳句――二つの文化を見つめる 1979-2007』

そして、セネガルに来て、ダカールの生活にも少しずつ慣れてきて、30余年にわたるセネガルに於ける俳句の“歴史”を教わって……。
 それでも、どうしても、この地の季節感をつかみきれない私は、「四季のないところで、どう表現するの?」と、セネガル俳句に対してとっても“不遜な態度”だった。

けれど、大使館主催のコンクールの過去の受賞作品を読み始め、冒頭の俳句に出会った時、私の中で何かスコーンと抜けるものがあった。
 セネガルの強風の中にあっても、超然としてすべてを受け止めるが如く立ち続けるバオバブの、偉大な姿が目に浮かんだ。
 この、わずか六つの単語だけで詠われた俳句が、慣れぬ土地の気候にとまどう私の心をすっぽりと包んでくれたのだ。
 俳句がこの国に伝えられて本当によかった、と思った。 (つづく)

ダカール市内(大統領府裏)の道のど真ん中のバオバブ  「苦しゅうない。よけて通るがよい」

冒頭のフランス語俳句は、もちろん日本語俳句にはできませんが一応翻訳するとしたら

一本の偉大なるバオバブ
ぼわーんと大きな口をあけ
風を呑む

セネガルを離れるY氏の送別ディナーのメニューに、思わず描いてしまった。

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