セネガル通信

第15回 コンクール(その2)

「俳句の苗が育ってきたので、庭に定植したんです」

「大使夫人、水はあまりたくさんやらないほうが…」

「教授、こちらの俳句は、栄養足りてますかしら?」

「とってもシネステジーですわ」

「水が多すぎてもきれいな色は出ませんよね」

大きなレセプションは、いつもガーデンパーティ。だから、夜に花開くオシロイバナを植えた。

シュールな会話を、ダカール大学の文学部教授であるマダム・ジェイと真剣に交わしたところで目が覚めた。
 かすかにシャワーの水音が聞こえる。
 復活祭も近いというのに、朝の訪れの遅いダカールの、薄暗い寝室の枕元の時計を引き寄せると、針は7時5分前を指していた。
 「あぁ、私もそろそろ起きなければ…。それにしても、とうとうこんな夢をみてしまった!」  にんまりしながら、私は、のそのそとベッドから抜け出した。

去年の11月に日本から持ち帰って種を蒔いたオシロイバナが、3月に入って見事に咲き誇っている。薄紫色、黄色、白(とは知らずに偶然に植えつけたものが!)のバランスもよく美しい花壇が出来上がった。2週間後に控えた俳句授賞式とのタイミングも、申し分ない。

そして、シュールな夢の前日、4月1日は、俳句の最終選考会だった。
2015年の春、新芽や花芽をつけ始めた植物たちのことと俳句コンクールのことで、私の頭の中はいっぱいいっぱいなのだ。

キックオフの昼食会。今年から第一次選考委員として審判団に加わったマダム・カンも、ダカール大学文学部教授。今は亡き父君は俳句コンクール発足当時に審査員を務めた方。

セネガルで30余年前に始まった俳句コンクールは、大統領選挙などで中断した数年を除いてほぼ毎年開催され、今年、第28回を迎えた。
 前の年の秋に俳句募集を始め、“キックオフ”ということで、審査員や商品を提供してくれるスポンサー企業の代表を招いて公邸で昼食会を催し、恒例の“俳句事業”は滑り出す。
 そして年が明けて2月一杯くらいで募集は締めきられ、それからが審査員の出番だ。
コンクールでは、入賞3句と奨励賞2句、全部で5句が選ばれる。審査員の末席を汚す私も、3月末になるとにわかに忙しくなる。第一次選考委員がふるいにかけ、最終的に20から30ほどに減らされてしまった句の一覧表が、大使館の広報文化班から送られてくるからだ。

スポンサーの一つ、エール・フランス航空は、一等賞の副賞として、ダカール=パリの往復航空券を提供。

最終選考に残った句を何度も何度も読み返して、私なりに順位をつけ終えたのは3月30日のことだった。去年にも増してタイトスケジュールではあったけれど、凝縮した楽しい数日であった。
 そして迎えた4月1日の最終選考会。そこでは、新たに、5人の審査員がどの句を選んだか、という一覧表が配られた。

実際に、審査員全員の意見が完全に一致する――ということはまずない。長年最終審査員としてご活躍くださるお三方は、かつて文化大臣や教育大臣も務められたデュッフ元ダカール大学教授と、現在ダカール大学文学部の重鎮であるリィ教授とジェイ教授のお二人で、もちろん、セネガル俳句界をしょって立つ方々だけれど、評価の尺度は微妙にずれたりもする。
 なにしろ、何百もの応募作品の中から選ばれた20余句である。どれもこれも甲乙つけがたいから、最終的には審査員それぞれの好みが大きく影響してくるのだ。しかも、審査員には日本人ではあるけれど素人の私たち夫婦の、“独断と偏見”に満ちた感覚がもちこまれるのだから、受賞5句を選びだすにはそれなりの議論を要する。
 だから、時々、「**さん、この句の何がいいのですか?」などというシビアな質問も飛んだりして、その解説を聞いていると、セネガルの人々の自然観とか藝術観が見えてくる。解説はしばしば脱線し、そうするとセネガル人の生活や風習なども浮かびあがり、とても興味深い。

侃々諤々話し合う中で、さらに面白いのは、一等賞に選ばれる句は選考会の終わりごろには、出席者が皆、「そう、これしかない」と思い始めるということ。
 強く推した審査員の批評を聞いているうちに、「なんで選ばなかったのだろう」と後悔(?)して、「そう、これもほんとは好きなんです。選ぶつもりだったんだ」などと言い訳じみたせりふも聞こえてきたりする。

今年は471句が寄せられた。第一次選考を通過した俳句59句(フランス語)。ウォロフ語も1句。

でも今年の4月1日は、去年とはちょっと違った。
 最終審査員5人のうちの3人が、ある句を1位に選んだのだ。4人目は2位としていた。5人目は、「いやぁ、私の提出した順位表はミスプリです、1位でいいでしょう」
 ということで、“満場一致”であっけなく一等賞が決まってしまった。
だから昼食が用意され食卓につく時は、皆、くったくなく「さぁ食べるぞぅ」という気分になっていた。
 第二位選びも、あまり苦労しなかった。3人が2位から4位に選んでいたからだ。
でも、それ以降は、2人だけが選んだ句がたくさん残って…、結局、去年と同じように、白熱した議論(?)の末にようやく3位入賞と奨励賞2つが決まった。

食後のデザートを食べながら、「やれやれ」とほっとする審査員の横で、大使館現地スタッフがおそるおそる声を発した。
 「選考は公正でなければなりませんよね……。 でも、実は……」
 審査員がデザートのスプーンの手を休める。
 「1位も2位もケベックからのカナダ人なんですよ。おまけに3位はカメルーン人」

今年の第一位は、73歳のカナダ女性――彼女は他の俳句コンクールでも何度か賞をとっているらしい――新聞でも大きくとり上げられた。

あっけにとられた私たち審査員団6名。
 正直なところ、世界のあちらこちらからの応募を素直に喜ぶべきかどうなのか……
 セネガル、もっと頑張れぇ!
 私は心の中で、そう叫んでいた。

 (つづく)

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