セネガル通信

第16回 コンクール(その3)

「いつでも行きますから」
 と、彼が申し出てくれたのはいつのことだっただろう。
 私たちがセネガルに赴任することになった時、多くの友人は、「え、セネガルって、ダカールって、どこ?」と聞いてきて、その次には、
 「あらぁ、それじゃ、簡単に遊びにはいかれないわねぇ」という返事が戻るのが常だった。 アフリカというだけで、「わぁ素敵」(多分、野生動物のたくさんいるアフリカを想像?)という反応もあったけれど、ほとんどは「あらぁ大変」(おそらく、未開の地アフリカを想像?)で、一様に「今度の休暇にいくわ」とはならないのだ。
 でも、彼は、「いつでもどこでもピアノを弾きます。タンザニアにも行ってきたんです。」と言ってくれた。
 だから、それをいいことに、私たちは、「本当ね、本当に来てくださるなら、是非、次の俳句の頃に」とお願いしたのが、一年くらい前のことだっただろうか。
 そして、「俳句をイメージして何か作曲してください」「クラシックコンサートも是非」「俳句とピアノのコラボレーションにしましょう」と、瓢箪から駒のように、企画が生まれた。
 彼――私たちの若い友人、平井元喜氏は、3代続く音楽家の家庭に生まれた、ピアニスト、作曲家であり、20年前からロンドンを拠点に世界のあちらこちらで精力的に演奏活動を続けている音楽家である。

授賞式では、奨励賞第二位から順々に発表。セネガルの25歳の若者と奨励賞第一位に12歳の小学生。

4月15日、第28回俳句コンクールの授賞式が公邸で行われた。セネガル人の受賞者は奨励賞の二人だけということで、ちょっと淋しい感じがしないでもないが、在セネガルカナダ大使館、在セネガルカメルーン大使館から、公使が代理出席してくださり、どうにか入賞五名の皆さんに賞状と副賞を渡すことができた。受賞作のお披露目には、ピアノの即興という素敵なプレゼントもついた。

今年のような“淋しい事態”を想像していたわけでは決してないのだけれど、去年、授賞式とレセプションを終えた直後から、私たちは、この文化イベントをさらに新しく発展させたい、と考えていた。
 セネガルでコンクールがずっと続いているのは、とても喜ばしいことだし、Haïku(フランス人はアイクとしか発音できないけれど、セネガル人はハイクと言える人が多い!)という言葉もある程度浸透しているように思える。
 せっかくアフリカにまで到達した日本の伝統文化である。セネガルのためにも、日本のためにも、ここいらで、ちょっと目新しいことをして、ダカールに大勢いる“外国人”にも俳句を知らしめたい・・・などと無謀にも考えていたところに、平井氏のせりふが飛び込んできたのだ。
 氏にしたら、“飛んで火にいる”だったかもしれないが。

シャンパン片手にピアノの調べを聴く贅沢な時

八日間のダカール滞在中、平井氏には八面六臂のご活躍をいただいた。
 皮切りは、公邸に欧州を中心にクラシック音楽愛好家の大使夫妻を招いてのサロンコンサート晩さん会。

「ぴあののゆうべ」で饗された料理  アミューズからデザートまで

小一時間のプログラムののち、20名近くが、ダカールで一番おいしいと言われているフランス料理に舌鼓を打ったが、これは、もちろん、我が公邸料理人津久井シェフの作品。音楽と食のコラボとなった。
 ショパンの昔、パリでこんな夕べがあっただろうか…と、私の“妄想”をふくらませて作り上げた夜だったが、アフリカにいることを忘れさせる一夜でもあった。
 そして、二日後の俳句授賞式での即興。そしてさらにその翌日、16日の、大統領府にほど近いダニエル・ソラノ国立劇場でのピアノリサイタルは2時間半にもおよんだ。

ダニエル・ソラノ国立劇場でのコンサートを知らせる大きなポスターを街のいろいろな所に貼ってもらいました。

実のところ、西洋音楽教育の素地がほとんどないダカールで、日本や欧州のようなクラシックのコンサートが成り立つものなのか――しかも、そこに俳句も混ぜてしまう、というような“無謀”な催しがどんなことになるのか……誰にも想像はついていなかった。
 でも、これほどのチャンスはないのだから、と、私は必死だった。フランス語の俳句本と首っ引きで平井氏に作曲を依頼する名句を探した。大使館文化班と一緒にソラノでの演出を考え、シナリオに手を入れた。

コンサートの構成が固まるまで、文化班と平井氏と私との間に交わされたメールの数は半端じゃない。
 ポスターや当日のプログラム、俳句朗詠のための舞台上のスクリーン投影にヴォランティアで協力してくださったパソコンのプロの山﨑夫妻も混じって、それこそ、一日に何度交信したことか。
 秒刻みでどんどん進んでいく準備に、本来なら“当日のお手伝い”くらいで済む大使館の他の部署の皆もすっかり巻き込まれてしまった。
 若い職員の多い大使館だからかどうか――メールにバナーを貼り付けるだとかビラ配りだとか、それぞれのアイディアで、コンサートを盛り上げる活動を展開してくれた。

大使館員が出すメールに貼りつけられたバナー。カワイイ。

巻き込まれたのは大使館内だけにとどまらず、普段なら何をするにも一週間はかかるセネガルの印刷屋までが、入稿翌日には「A4両面印刷二つ折りプログラム」を完成させる、という快挙!に出た。
 4月1日の選考会が終わってから、まるで受験生のラストスパートのように、まさに馬車馬のごとく、突っ走った半月だった。

プログラム。内側の俳句説明のタイトルが透けて見えるのがご愛敬。

やることをやって迎えたコンサートの日、私は松煙染めの渋い着物を着た。去年の11月から始まった《第28回俳句コンクール》の、今夜は集大成なのだ…と思ったら、右手が、自然に、締めあげた帯をポンと叩いていた。

開演10分前。「せめて500名は入りますよう…」と皆が祈る。

そして、俳句朗詠のために舞台に立った私の目に飛び込んできたのは、二階桟敷までびっちりと埋め尽くした、1100名もの観客の、みじろぎひとつしない姿だった。



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