ボストン通信ブログ

生まれて初めて

「この年になって生まれて初めての経験ができてよかった」というのは、母がこちらに来た時によく言っていたことなのだけれど、この間わたしも生まれて初めて全身麻酔を経験した。「そろそろ年齢的に一度やっておいてくださいね」と主治医に言われての大腸の内視鏡検査。アメリカでは全身麻酔をわりと簡単に使う。親知らずを抜くにも、胃カメラにも大腸検査にも使う。うちは祖母も叔母も全身麻酔をするとあとからひどく嘔吐する体質だと聞いていたので緊張した。

colonoscopy diet

大腸の検査自体は麻酔で何も感じないうちに終わってしまうのだけれど、準備が大変だ。8年ほど前に夫が検査した時は、1週間前から食事制限が始まった。赤い色の食紅が入ったものは一切だめというのから始まって、3日くらい前には固形物を一切断って、エネルギードリンクやシャーベットやゼリー、コンソメスープで過ごした。わたしは5日前からナッツ、種子類、ポップコーンを含むコーン類と赤い食紅が入ったものは一切食べないと言うのから始まり、前日はミルクを入れないお茶やコーヒー、アップルジュースやスプライト、コンソメスープ、ゼリーしか摂らないというのだった。種子類にはトマトやきゅうり、なすやズッキーニの種も含まれていて、それをいちいちとり除くのが面倒なわたしは、庭でいっぱいなっているトマトもキュウリもなすも我慢した。絶食の前の晩はレモン、パイナップル、ミントのゼリーを大量に作った。そして絶食の日、ゼリーというものはそんなに量を食べられるものではないとわかった。スプライトだってそんなに飲めるものじゃない。こんなことならおすましを大量に作っておけばよかった。

hospital gown

絶食の日、つまり検査の前日の午後5時から検査の4時間前のあいだに3回にわたって下剤を飲む。これも生まれて初めてだった。検査後は車の運転ができないので、検査の日の朝は夫に病院へ送ってもらった。待合室で待っていると看護婦さんが迎えに来て、検査室まで連れてってくれる。割烹着のようなお仕着せに着替えてベッドに横になるように言われ、手順の詳細な説明をしてくれた。それからほんのりと暖めた毛布をかけてもらって、思わずふーっとため息がでるほどからだがリラックスした。その間、ずっと看護婦さんとのなんでもない会話は途絶えることがなく、「あなたはあんまり緊張してないみたいだから大丈夫よ」とも言われ、これは患者を緊張させないためのテクニックなんだと気付いた。それから点滴用の注射針を右腕に刺された。点滴の針というのは太くて、入れた後もけっこう痛いものなのだと初めて知った。左腕は血圧計につながれ、心電図の機器も心臓まわりにつけられた。検査を行う医師が入ってきて、自己紹介をして手を差し出されたのだけれど、右手を出そうとしたら思いのほか点滴針が痛くて驚く。「ハッピージュースを入れるわよ」という看護婦さんの言葉のあと、どれだけ起きていたのかわからない。いったん出て行った医師が部屋に戻ってきたのすら知らない。気が付いたら「何も異常ありませんでした。ポリープもなかったわよ、よかったね」と看護婦さんに言われ、少し足元がふらつくのを感じながら着替えをした。次に覚えているのはリカバリールームに夫が入ってきたこと。ロビーを出てからここまで1時間半。不思議なことにそのあと近くの高速に乗るまでの記憶がまったくない。リカバリールームからロビーを通って駐車場に行って、駐車代を払って道路に出て、高速にたどり着いたに違いないのだけれど、まったく記憶に残っていない。きっと普通に夫と話をしていたのだろうけれど、覚えていない。全身麻酔をしたあとしばらくの行動は記憶に残らないと話には聞いていたけれども、こういうことかと思った。

こうして初めての全身麻酔と大腸検査は無事に終了し、1週間後に病院から正式な結果が届いた。検査前に自分や親族の既往症、アレルギーなどをチェックしたこと、全身麻酔をかける際の準備、全身麻酔と検査に対してわたしの体がどう反応したか (問題なし) など、2ページにわたって詳細に書かれている。そのあと結果的にまったく問題なしという記述とわたしの大腸内の写真が2枚含まれていた。「うーん、こんなの見たくなかったなあ」というわたしに「おっ、自分のは見られなかったから見たい、見たい」という夫。夫婦といえども、大腸内を見られるのはためらわれた。そこでふと気が付いた。本人は意識がない間に検査が行われるので、ぜめて写真を送ることで、「ちゃんとやったんですよ」というのを病院としては示したかったのではないかと。2度と見る必要もないし、見たくもないので、さっそく健康診断一切のフォルダーにしまった。

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