セネガル通信

第17回 リべルナージュ

午前4時頃の雷はすごかった。椰子の木に落ちたかと思ったぐらいだ。それから突然の暴風雨。それで目が覚めてしまったら、その後眠れなくなってしまった。
 というのは、夫の朝一番のせりふで、私は、知らずに眠っていたことがちょっぴり恥ずかしく、なんとなくもごもごと、
「あれ、やっぱり夢じゃなかったんだぁ」
 などと返事をはぐらかした。
 公邸の2階、コーヒーの香りが漂う居間の窓の外には、いつも通り大きな葉っぱのひょろひょろと背の高い椰子の木が見え、その向こうにはすっきりとした青空が広がっていた。

去年の8月。まとまった雨が降ったのがあまりに嬉しくて思わずシャッターを切った。

最近は、年齢のせいか長時間眠れずに、2‐3時間おきに時計を確かめる、ということがないわけじゃないが、若い頃の特技が「明るかろうが、物音がしようが、いつでもどこでも眠れる」だった私は、その日も、午前2時に片目を薄く開けて時計を見たあとはまた平和に、何にも邪魔されることなく6時過ぎまでグーグー寝ていたらしい。
 9月初旬のある朝のことである。

今年は、リべルナージュ(雨季という意味のフランス語)らしいリべルナージュになった。セネガルでは7月から9月の3か月余が雨季、残り9カ月が乾季という季節の括りしかない。そして、乾季にはまず雨は降らない。だから、誰もが雨を待ち望んでいるのだが…

突然黒雲がやってきて、ザーッと降り、あっという間にやんだ。

実は、7月になっても一向に降る気配がなく、3か月の間にわずか10数回降っただけという去年のダカールよりも、もっとひどいことになるのかと案じたのだが、8月に入るとわりと降るようになった。そして、半ば過ぎからはほぼ毎日雨が降っている。だから、サハラ砂漠に近いこの国ではあるけれど、少し湿度が高くなる。

もっとも、日本の梅雨とは比べ物にならないほど、降雨量は少なく、“蒸し暑さ感”はとるにたらない。  ここ何年も東京の6月を体験していないので、私の記憶からは、実はその不快さはすっかり消し去られてしまっているのだが、昔「日本の梅雨は耐えられん! 欧米に出張に出たい」と叫んでいた夫が、ダカールでは雨季でもそのせりふを吐かないところをみると、おそらくたいした湿気ではないのだろう。

やんだ後。青空がどんどん広がる。絵にかいたような白い雲が嬉しい。

雨の降っている時間で考えてみてもそれは明らかで、日本の梅雨時のように一日中雨、などということはおろか、三時間降り続く、などということもとても珍しく、せいぜい小一時間の辛抱、というところ。  そして、冒頭でも書いたように、昼間よりも、夜中とか明け方に降ることが多い。

しらじらと明け始めた空が、一瞬にして再び夜の闇に落ちいり、椰子の木をなぎ倒さんばかりの突風が吹いたと思ったら、大粒の雨が四方八方を叩きつける……そんな朝もあった。

窓のカーテンを10センチほど開けてみて、庭の奥のプールのブルーの水面を見つめる。
 水しぶきの乱舞が小気味よい。
 人間って勝手なものだ。
 がっちりと建てられた公邸の中にいては恐怖感など微塵もないから、ちょっとした嵐は、自然の一大スペクタクル。まさにこれが“南方の雨のスタイル”なのだと、独り合点しながら見入ってしまう。

雨季に入る前のマンゴーの葉。ほこりまみれ。

早朝から出勤してくる公邸スタッフに、
「今日は無事に着いた? 濡れなかった? バスにはちゃんと乗れた?」と、今年は何回口にしただろう。
 ちょっと雨が降ると、水はけの悪い土壌のせいか、はたまた、単に道路設計が悪いせいなのか、交差点などではすぐに大きなひざ下浸水の水たまりができてしまい、路線バスが往生し、通勤の人々が苦労するのもダカールの雨季の一こまだ。
 ところが、そんな日に限って、お昼頃になると、朝のひと騒動をけろっと忘れたかのような、無邪気な青空が広がることがある。

雨季になるとアマリリスが次から次へと咲き誇る。

ダカールに住んで、もうすぐ2年になるが、乾季にあってもすっきりとした青空が案外少ないということに気付いた私にとっては、リべルナージュの雨の後の、抜けるような青空がとてもいとおしい。
 長い乾季の間に、サハラの砂をたっぷり含んだ空気にすっかり“やられて”しまった自然が、恵みの雨に打たれて、まさに蘇ったような気がするからだ。
 マンゴーだけじゃない。
 フランジパニエもコルデリアも、砂埃にまみれていた古い葉が洗われた後に、若い青い葉っぱがお日さまの光を受けてどんどんどんどん生長してくるのもこの時期。
 私をとりまくすべてから息吹が感じられるようになって、緑の美しさが再び目に見えてくると、なんとも言えないやすらかな気持ちになれる。その思いは、昔長く暮らした欧州の復活祭の頃のものと、とてもよく似ている。

9月初旬のある昼下がりのこと。
 ガレージ横の日日草が、朝の“嵐”の巻き添えをくったか、すこし歪んで新芽を伸ばした。
 たっぷりと水をふくんだ裏庭の芝生が、雲ひとつない青空から降り注ぐおひさまの光にきらきら輝いている。芝生の土はふかふかで、靴底に優しい。
 瑞々しい草の葉の下で、とんがりお屋根のかたつむりが、小石にへばりつくように体をのばしてまどろんでいた。
 透明のビニールひもが何本も張られた物干し場の片隅には、年配の公邸スタッフの“通勤服”オバサンジョーが、遠慮がちにぶら下がっている。

とんがりお屋根のかたつむり。貝は8センチ長くらいある。

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