セネガル通信

第18回 遠い道(その1)

公邸のある通り

ダカールに住んで、一番困っていることは? と聞かれたら、私は間違いなく「ゴミ」と答えるだろう。
 気候にしても、人々の当たりのよさにしても、私が住むダカールは、思ったほど“遠い国”ではなかったから、日々の生活の中で、さほど困ることはない。
 もちろん、先進国にあった“自由さ”は、ここでは望めないが――私が、ひとり勝手気ままに歩き回れるのは公邸周囲1キロくらいのものなのだ――そんなことも、それなりに慣れてしまえば“困る”という範疇ではない。
 だから、「困ったこと」としていつも私の頭を離れないのは、セネガル国のゴミだ。
 この国を知れば知るほど、ゴミ問題の深さを感じる。この途方もなく大きな問題がこの先どのように展開していくのか見当もつかない。考えてみても答えは出てこない。
 どこぞの国のようにスラム街のゴミの山ができてしまったら手遅れだ。今ならどうにかなるかもしれない。どうにかしたい、と心底思っている。

住宅のゴミ箱

“私のゴミ問題”は、ドラム缶から始まった。
 公邸のある通りは、ダカールには珍しく名前がつけられている。それは、高級住宅地を貫く木陰が気持ちよい並木道で、諸外国のいくつかの大使公邸や、セネガルの名士の住居が軒を連ねる。
 そんな通りなのに、歩道の上、警備員の椅子とセットのようにドラム缶が置かれているのが、アフリカ生活新参者の私の目に止まった。
 ドラム缶は、時にはペンキで個性豊かに塗り分けているものもあるが、ほとんどはフランスの大手石油会社のネームの入ったままのものをそのまま利用しており、古びてところどころ赤さびが出たり、ひしゃげているものもある。我が公邸も、しかり。
 聞けば、それはそれぞれの住宅のゴミ箱だと言う。 
 とても気になった。本当に景観を損ねる。せっかくの、ニームのぎざぎざ葉っぱの美しい並木も台無しだ。

ニームの木

蓋のないドラム缶には、なんとなくいつでもゴミが見え隠れし、ちょうど私たちの引越しの直後などは、段ボールやら包み紙やらが、それこそてんこ盛りになった。
 分別収集という考えはないから、公邸スタッフは、ビールの空き缶も紙ごみもプラごみも、会食のために、普通の家庭よりずっと大量に発生する生ごみも、すべて一緒に黒い70ℓビニール袋に入れて、毎晩そのドラム缶に入れる。
 外出から帰り、公邸の正門を通るたびに、横の駐車場への入り口の前に置かれたドラム缶(しかも2個だ!)を見て、私は落ちこんだ。私の“美学”は、玄関に近いところのゴミ箱の存在がどうしても許せなかった。

セネガルの地ビール《ガゼル》です。瓶代込(約25%増し)で買い、空き瓶をもっていくと、返金してくれます。このリサイクルシステムはきちんと動いてます。

東京でも、一軒家――しかも、角地にある我が家は、ずっと昔からゴミ集積地になっている――に親の代から長年住んでいるので、私の“ゴミとの戦い”は、嫁入りした40年も前からのこと、実に年季が入っている。知識も豊富なら、一家言も持つ。

だから私は、まず、東京でも行われている「収集日の午前8時までに出してください」を採用することにした。

公邸スタッフに、「ゴミ収集車はいつ来るの?」と聞いたら、「知りません」と全員が答えた。
 「今度(24時間常駐の)警備員に調べてもらいます」というアイディアは、まぁ、悪くないが、そののんびりさは、やっぱり、21世紀日本人の私には歯がゆくて、とりあえず、「清掃局に訊ねてください」と“命令”した。
 月曜と木曜だという返事はすぐに入った。

フランスと同じ、グリーンのゴミ箱。いつも公邸敷地内のあちこち物陰に置いてある3台、翌日の収集日のために、通用門の内側で、暗くなるまで待機。

「公邸の美化のために、これからは、ゴミ収集車の来る前夜にゴミ箱を出して、収集が終わったら、中にしまうことにしましょう。」
 そう“命令”しながらも、私は、ドラム缶の重さを思うと、なんだか気が引けた。気のいいスタッフたちは、「この程度の力仕事なら」と言ってくれたけれど、そうはいかない。ゴミを入れたドラム缶は、優に数十キロはあるはずだ。
 数日前に街のどこかで見かけた、フランスと同じ形の、グリーンのプラスティック製の、蓋付き車輪付きゴミ箱を必死になって探し出し、すぐに購入した。
 公邸スタッフの“美意識”をほんの少しは高めた(と信じたい)ドラム缶撤去によってゴミ箱問題が解決し、ちょっと気分が良くなった。

しかし、それもつかの間。“衝撃”は、次から次へとやって来る。友人のマダムMとおしゃべりをしていた時にも、こんな話を聞かされた。
 お手伝いさんにゴミ出しを任せてしまうと、ちゃんと捨ててくれない、というのだ。「廃物利用」と考えればそれはあながち悪いことでもないような気がするが、実際には、「ゴミ箱あさり」をされているわけで、ある種プライバシーが脅かされるような気がする、と彼女は言った。
 別のお宅のお手伝いさんの、こんなエピソードも聞いた。
 そのお手伝いさんは、ゴミを所定のところ(ドラム缶?)に捨てずに、それこそ裏の草むらにでも適当に放り出したらしい。お子さんのテストの答案用紙(しかも、決して満点ではなかった!!)が、風に舞っていた、というのだ。
 「使用人とゴミ」の話題は、なんだか、“新鮮”と形容したくなるほどの驚きだった。
 そういえば、東京の祖父母の家の庭の奥には、戦争中に防空壕だったという穴を利用したゴミ捨て場が昔あったっけ…。
 タイムスリップしたようなセネガルの話題に、私は半分笑い、半分悩んだ。

そして、その後、ダカール市には、焼却炉というものがない、という事実も知ることになる。
 250万都市であり、街中では信号だって一応機能しているし、高層ビルもいくつかはあって、4つ星ホテルもないわけじゃなし……
 おしゃれで、派手な民族衣装をまとったり、素敵なかつらをつけたり、携帯電話やスマホを使いこなす人々を見ていて、まさか焼却施設がないなどとは、想像していなかった。(つづく)

ダカールの街 ダカール港をちょっと出たところからの遠景

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