Did you know that?

69.マス・シューティング(銃乱射事件)とは?-②

オーストラリアでは、オレゴンのスプリングフィールドの銃乱射事件の2年前、1996年に、タスマニア島でポートアーサー事件(The Port Arthur Massacre) という、死者35人、負傷者15人を出した大量殺戮事件が起きた。その後、オーストラリアでは、当時の政権下、厳しい銃規制(National Firearms Agreement)がひかれ、個人所有のライフル銃などが政府により買い戻されたそうだ。それが功をなし、自殺や殺人事件が大幅に減るという結果がでている。

では、アメリカでは、どうしてこのような「銃規制」ができないのだろうか? オバマ大統領がなんと言おうと、どのように嘆こうと、“Mass Shooting”のあった場所を慰問し、銃規制を訴えようと無理である。ダメである。
Umpqua Community Collegeでも、オバマ大統領の慰問を歓迎しない銃規制反対の人々が、拳銃を腰に付け「銃規制反対」の声を挙げている様子がテレビに映し出されていた。自分たちが住む街の大学構内で、罪もない若者たちが殺されても、銃保持の権利を主張し、銃規制を阻む人々がいる。

オバマ大統領の慰問を歓迎しない人々

ケネディ大統領(Jon F. Kennedy)がテキサス州ダラスで暗殺されたのは、1963年11月22日、52年前のことだった。この事件は、アメリカが、何処にあって、どのような国かなど全く分からない、意識もない私にも衝撃を与えた。「アメリカって恐ろしい国だ!」という妄想。私は、銃のことなど考えたことも見たこともなかった子供だった。

そして、その恐ろしい国では、その5年後の1968年、4月4日、キング牧師が、テネシー州メンフィスで殺された。
それから僅か2ヶ月後、ケネディ大統領の実弟で、亡き兄の後継者として有望視されていたロバート・ケネディ(Robert Kennedy)上議院議員が銃撃され殺された。彼は、兄の意志を継ぎ、次期大統領候補として全米を遊説していた。彼は、1968年年5月27日にオレゴン州ローズバーグ(Roseburg, Oregon)で演説し、「アメリカで、『厳しい銃規制が必要』である」と訴えた。
その10日後6月6日、カリフォルニア、ロサンジェルスのホテルで頭を銃撃された……。『アメリカを担い、アメリカに銃規制を施行できたかもしれない』次期大統領候補であった。

ボビーの愛称で親しまれていたロバート・ケネディ上議院議員

1968年5月、オレゴン州ローズバーグ(Roseburg, Oregon)で演説するロバート・ケネディ上議院議員

奇しくも彼の死後47年目、このオレゴンの同じ市「Roseburg」の「Umpqua Community College」で銃乱射事件が起きた……。

Umpqua Community Collegeの事件後、銃規制については賛否両論があった。主に共和党党員の多くは、銃規制に反対である。
 銃規制反対者の意見は、
「これからは、学校内では、優秀で立派な学生に拳銃を持たせ、何か起きた場合には、皆を守らせた方がいい」ということだ。

事実、銃保持者が多く、自分の身を自分で守るという意識をもった人々が多い
街“Roseburg”、“Umpqua Community College”で銃乱射事件が起きたとき、事件現場にいて銃を持っていた優秀な学生は、後のインタビューで言った。
「自分は、この事件があったとき実際に銃を持っていた。しかし、もし、自分の拳銃で身を守ろうと銃を手に持っていたら、きっと自分が犯人と間違われ警察官に撃たれてしまっていただろう」

共和党の中では、「自分の身は自分で守る」そのためには「必ず自分の銃を持つ必要がある。皆が銃を持っていれば、お互いに恐れをなし、このような事件は起きない」と主張する。 共和党支持者の友人が言った。
「これからは、大学生は全員銃を持って学校に行くべきだ」

大学教授である夫は、私に“笑いながら”言った。
「学生が全員銃を持って授業をうけていたら、僕は恐ろしくて授業などできないよ。テストや成績では、全員“A”をあげなければ、いつ銃撃されるか分からないしね。遅刻、欠席全てOK!それに、僕は、自分の身を守るためにといって、拳銃を持ちながら教えたくはないよ〜」

NRA(National Rifle Association-全米ライフル協会)に代表される「銃保持派」は、依然としてアメリカで政治的発言力を持っている。
2012年、コネティカット州、Newtownで起きた The Sandy Hook Elementary School 銃乱射事件後(「68.マス・シューティング(銃乱射事件)とは?①」参照)、NRAのウェイン・ラピエール( Wayne LaPierre) NRA副会長が発した意見は、
「子供の安全が第一だ。その為には、全国の全ての学校に武装した警備員を配置することが最善の方法である。悪人による銃の乱用を防止、阻止する唯一の解決方法は、善人が銃を持ち、銃で武装することだ。拳銃の使い方を練習場に通って訓練を受けることが大切だ……」と。

NRA本部

ピアノのレッスンやバスケットボールの練習の代わりに「拳銃教室」にお金を払って通わせるのか?何歳から始めるのか?拳銃が買えない貧乏人は?拳銃教室に通えない子供たちは?

私が長年レッスンを受けている歌の先生は、フロリダで生まれ育った敬虔なクリスチャンで、家族がずっと共和党員である。中学生になった頃、父親から銃の使い方を知っているべきだと「銃の練習場」に通わされ、練習を強要された。しかし、小柄な彼女は、どのような銃を撃とうとしても発砲する度に後ろにひっくり返ってしまった。自分には拳銃を扱うことなど、「絶対無理だ」と思ったらしい。しかし、結婚した相手も共和党員、家には拳銃があると言った。しかし、弾は入っておらず、クローゼットにしまったままだそうだ。

我が家には拳銃もライフルもない。セキュリティさえ入れていない。もし私が自分で自分を守るために銃を保持したとしても、誰を撃ち殺せるだろうか?その前に、オロオロしている間に、きっと殺されてしまうだろう。

NRAが存続する限り、そして、それに関係する大手企業があり、その企業から大きなサポートを受ける政治家や政党、その支持者がいる限り、アメリカから決して銃はなくならないだろう。そして、これから、以前にも増してますます銃乱射事件や銃で殺される人が増えていくことだろう。毎日、数件の“Mass Shooting”が普通になる日も近いかもしれない。

ある日、息子と話していたところ、日本では銃乱射事件がない代わりに自殺者が多い。これは日本とアメリカの文化の違い、あるいは日本人とアメリカ人の社会に対する考え方の違いではないかと言った。

息子が言うのには、物事がうまくいかない場合、社会生活に適応できない、人生で失敗した場合、アメリカ人は、自分が悪いとは考えず、自分のおかれている環境や周りの人間、ひいては社会全体が悪いと考える。その結果、銃を持って自分を正当化するがごとく人を殺すのではないか。

アメリカは、夢や希望の国である。全ての人にそれを実現できる可能性がある国だ。しかし、その分競争の激しい社会である。また、どのような学歴があり、どのような職業につき、どのような家や車を持っているかは、さも人生の成功の証であるかのように思わる。時には、それが「その人間の価値」の判断基準にもなりかねない。

そして、学校でうまく適応できない、成績が悪く将来に希望が持てない、また職場で夢や希望、野心を叶えられず社会の落伍者となる人もいる。
 公共の場、つまり学校や職場での乱射事件は、退学や解雇された、あるいはそのような場所で自分の能力を発揮できない場合の責任転嫁の結果ではないだろうか。

一方、日本人は同じ状況だと自分が悪い、自分の努力が足りない、自分には運がないなど、全て自己責任、つまり自責の念に駆られ、人に迷惑をかけないよう自殺するのではないか。
日本もアメリカも人生の敗者という考えに至った人には、生き難い社会であるかもしれない。

このエッセイを書いていた11月13日金曜日、パリで129人の死者がでる同時多発テロ事件が起きた。コンサートホール、サッカー競技場、レストラン……、この「花の都パリ」を襲った銃乱射テロ事件は、世界中を震撼させた。

「The Onion」という風刺報道機関がある。その新聞に載っているアメリカ銃社会への風刺意見。
「アルカイダやISIS(アイスィス)−ISは、アメリカの厳しいセキュリティをくぐり抜けてアメリカ人をターゲットにしたテロをする必要はない。アメリカでは、自分たちがテロを起こし多くの人々を殺さなくても、十分に国民同士で殺し合っている。自分たちは、その状況をアメリカ国外からただ眺めているだけでいいんだ」

アメリカ社会とアルカイダやISISでは、「銃乱射の根本的目的」は違うだろう。しかし、いずれも「銃が人を殺す道具」として使われていることは否めない。

パリで事件に巻き込まれた人たちは、善良で普通に生活を楽しんでいる人たちだっただろう。一瞬にして命を絶たれた人々が、どれ程無念だったことか……。

私には、「アメリカで『銃規制』が進みますように!」、そして「世界が平和でありますように!」と祈ることしかできない。

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