セネガル通信

第20回 遠い道(その3)

セネガルの人たちは、概ね人懐こい。テランガ(おもてなし)の精神にあふれているので、すぐに「お茶を飲んでいけ」「ご飯を食べていけ」という話になるらしい。
 そもそも挨拶の表現もとても長くて、「こんにちは」に始まって、「あなたは元気か、元気だよね。親は元気か、元気だよね。子供は元気か、元気だよね・・・」と延々続くのだ。
 私は、立場上、そんな風に純然たる“セネガル方式”で人々と関わるチャンスはほとんどないのだけれど、公邸スタッフの物腰を見ていると、とても想像のつく世界だ。

弟を背負う・・・ごく当たり前の風景

私がおつきあいをする、いわば“上流社会”の人々も、すぐに皆が親しくなる。
 大勢のパーティーの席などでは、誰彼となく紹介してくれるのだが、彼らが「兄弟姉妹」であるのを「そうか! イスラムだから腹違いの兄弟がたくさんいるのね」と、最初はまともに受け止めていた。
 でも、今では、たいていの場合、彼らにはなんら血縁関係もないことを知っている。(ちなみに、夫は、セネガル初のシンクタンク創設者である某氏の兄弟である!)

おしなべて人間関係はとても濃い。一族郎党18人が一緒に生活する、といった習慣が、ダカール市にもまだ残っている。
 「プライバシー」というような表現は、すくなくともウォロフ語には存在しないと思うし、彼らの観念の中でもそれはとても希薄だと思う。

だから、ゴミ処理をめぐって「プライバシー保護」だとか「個人情報漏洩」という表現を用いての私の説明は、もしかしたら独りよがりかもしれないが、一応、公邸では、「紙ごみは燃やしましょう」が定着した。

公邸の駐車場に落ちている例のプラスティック袋――なにしろ風の強い街なので、いくら掃除をしても、どこからでも飛んでくる――を腹立たしく見つめる回数も、少しは減って来た。

私がいかにこれらの袋を嫌悪しているか、また、ゴミがきちんと片付けられていない所には、誰もが平気でモノを捨てる、というようなことを口酸っぱく言っていたのが功を奏しただろうか。

幹線道路の交差点の中央の緑地帯。ゴミさえなければ、のどかないい風景だけれど。

ところで、今、書斎の引き出しの中に、単三の電池が20本ある。使い古した、電池切れのもの。もちろん、趣味でコレクションをしているわけでは、ない。

単三は、部屋の壁かけ時計とか、目覚まし時計にも使うが、一番消費するのは何といっても電子辞書である。外国で暮らしていると、電子辞書を一日に一回も使わない、ということはまずなくて、書斎の机の上のみならず、テレビを見ながら、ベッドで本を読みながら。
「ありゃ、これ、さっきも引いた単語だわ」
などとつぶやきつつ、記憶力の低下を嘆きながら、日々、電子辞書とともに暮らしているわけである。

昨今、携帯電話にしても、電子書籍にしても、皆、バッテリー内臓で、ソケットに直接つなげば充電してくれる世の中だが、どうして、電子辞書だけはいまだに乾電池なのだろう。

もっとも、そんなことを深く考えても仕方ない。問題はその先で、先進国では使用済み乾電池の回収ボックスがいつもあったけれど、この国に、そのようなシステムが存在するわけもない。だから、役立たずの乾電池を新しいものに入れ替えながら、深くため息をつくのである。

ある時、乾電池を取り替える私を見て、公邸スタッフの一人が、「マダム、捨てておきます」と言いながら、手を差し出した。
 忠実なる公邸スタッフは、「女主人にゴミなどを持たせてはいけない」と信じこんでいるのだ。 
 私は慌てて、「いや、これはゴミの中でも一番難しいのよ。絶対に収集車には出せないわ」と言った。

それから、皆とまた一緒にお勉強。
 なぜ、乾電池は出せないのか。
 スタッフの一人が、「そうですね、危険です。古い電池をしゃぶっていた赤ん坊が死んでしまった、という出来事を新聞で読んだことがあります」と言った。

スペイン系大手スーパーの広告。

実は、乾電池がセネガルで簡単に手に入るかどうかを知らなかった私は、赴任直前に東京の量販店でまとめ買いし忘れたことを後悔したのだが、ダカールに着いてしばらくしてから、公邸の近くのフランス系大手スーパーで、本国とさほど変わらない値段で売られているのを知り、拍子抜けした。

いや、乾電池だけではない。

好みの問題とか種類の豊富さ、という観点を抜きにすれば、ほぼなんでも手に入るのが、今のダカールだ。

多くが露天商

転勤でやって来た先進国人は、その便利さを大いに享受し、自分たちの国と変わらない生活に感謝する。

一年前の年末年始のイリュミネーション。(ダカール市役所)

一方、ダカールに住むセネガル人の生活も、当然ながら全体にレベルアップしていて、中古品から新品まで、マルシェには所せましと商品が並ぶ。人々の購買欲はなかなか旺盛だ。

おのずとゴミは増える。

そして、これからも増え続ける私の使用済み乾電池は、きっと、ここを去る時の荷物に入れることになる。

まだまだ道は遠い。

私がいつも行くショッピングセンター(12月の光景)

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