セネガル通信

第22回 森と林のものがたり(その1)

ダカール空港に発着する飛行機は、圧倒的に夜中が多い。普段利用するエールフランス航空のパリからの定期便も、夜8時過ぎに到着した便が、夜中の12時頃にまたパリに向けて飛び立つ。
 だから、久しぶりに昼間の飛行機に乗り、空からダカールの街を見下ろした時は、なんとなく興奮してしまった。

いつもよく通る、公邸の裏を走る太い自動車道路がくっきりとひかれている。だだっぴろい中央分離地帯に敷き詰められた貝殻の白が美しい。
 周囲はブロックを積み上げて作り上げる数階建ての建物で、マッチ箱を縦に横に置いたように、びっちりと住宅地を形成。《ソナテル》(電話通信会社)のガラス張りのビルが日の光を受けてブルーに輝く。
 人口250万とも300万とも言われる、西アフリカの‘都会’は、やはり着実に育っているのだ。

 

朝の空港で国内線に乗って向かった先は、カザマンスというセネガルの南部地方だった。
 ダカール空港を飛び立った飛行機は、大西洋の上を海岸線に沿って南下する。
 しめた! 飛行機の左側に並ぶ一人席に、たまたま座ったことを喜びつつ、私は俯瞰図のごとく(当たり前か!?)眼下に広がるセネガルの国土に見入った。
 30分もしないうちに、大きな川が見える。川の周辺は、もちろん“線”など引いてあるわけではないから実際にどこからどこまでなのかは判りようもないが、ガンビアという隣国だ。それをまたいで、さらにその向こうにまたセネガルが始まる。
 ちょうど、“ライオン”の顎にあたる部分のその地方には、海岸線にまでびっちりと緑がはびこって、まるで料理前に流しのボールで洗われているブロッコリみたい。

 

ダカール周辺とは全く違う瑞々しい眺めにうっとりとする間もなく、飛行機はぐんぐん高度を下げ、カザマンス川を少しだけ遡った所に位置するジガンショール空港に着陸した。
 “ライオンの顎”は、下カザマンスと呼ばれる西部、中カザマンス、上カザマンスと呼ばれる東の内陸部からなるセネガルの地方の一つだ。百数十万を数える人口のほとんどがジョラ族で、人口の3割近くがキリスト教徒でもある(セネガル全体では94%がイスラム教徒)。
 そして、北はガンビア、南にギニアビサウという、それぞれ“よその国”にはさまれるという地理的事情もあり、セネガルの中ではとても特色のある地方。ダカールなどの北部地方との違いは、緑の多さという見た目だけではなさそうである。

 
 

空港に迎えに来ていたのは、シルバーグレーのトヨタの4輪駆動だけではなかった。武装した警官7人の乗ったジープが2台。なんでも、私たちの車の前後について、道を走るという。
 ただ、正直なところ、彼らに護衛されることがただちに「危険」を想像させるわけではなかった。
 空港からものの10分でジガンショールの街に入るけれど、そこは、セネガルの国道を走っている時にしばしば目にする街の風景ととてもよく似ている。
 辻々の木陰には果物を売るちょっと太めのおばさんがどんと座り込み、土色の建物からは後頭部がきれいに盛り上がったくりくり坊主の幼子が飛び出す。時折、悠長な羊の御一行様が道路を横断、、、。
 むしろ、街自体は、ダカールよりも掃除が行き届いてきれいなくらいだし、歩道も広い。お昼時に、あちらこちらから湧いて出た(!)中高生たちの制服姿――グレーの上下の男の子たちはカトリック学校独特の地味さとまじめさを醸し出し、女学生の紺のスカートと真っ白いブラウスが、ダカールよりはるかにきつい太陽の光を浴びて輝いていた。
 ロケット砲のようなものまで手にした、物々しい武装警察官が何人も乗っているジープに先導されるのがちょっぴり恥ずかしい。

1980年代に始まった、分離独立運動に端を発する《カザマンス紛争》は、一応小康を保っているらしい。武装警察の隊長も、「最近は何もない。7か月以来事件も起きていない。以前に比べて格段に良くなった」と言っていたが、ということは、裏を返せば、まだまだ不安要因はたくさんあるということか……。

 

3日目。ジガンショールの街を抜けて、カザマンス川を渡り、北に進路をとってビニョナという街に向かった。
 国道の舗装状態は悪くない。比較的まっすぐで見通しのよい道路が続くが、やはり、決定的にダカール周辺と違うのは、車の量だ。前後にいつも武装警察のジープはいるが、その他の車はあまり見かけず、対向車とすれ違うということもほとんどなかった。
 ダカールから国道一号線や二号線を走る時、坂道でもないのに、ぜーぜーと息をからしてカメのごとくのろのろと動くトラックにはいつも閉口しているが(後ろについてしまったひには、真っ黒い煙をもろにかぶってしまう!)ここではほとんど大型トラックを見なかった。

嬉しい。緑緑緑!

そしてもう一つ、決定的な違い。
 セネガルに2年ちょっと暮らしただけですっかり忘れてしまっていた、背の高い緑の木立と下草の生い茂る林の中を突き抜ける道、がここにはあった。
 「ロンドン郊外の、ハムステッドのそばみたい」
 「ブーローニュの森のセーヌ河畔の自動車道を思い出した」
 能天気な夫婦は、あとでちょっぴりとそんな感想をもらしもしたが、「ゲリラ(最近は単なる強盗かもしれない)が潜んでいて、めぼしい車を狙っているのはこんな所じゃなかろうか」という思いがそれぞれの脳裏をよぎったのも事実である。(つづく)

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