セネガル通信

第23回 森と林のものがたり(その2)

公邸に長年勤めるメイドのカロリーヌさんは、名前からわかるように、キリスト教徒だ。そして、ジョラ族。

カロリーヌさんのマンゴー セネガルのマンゴーは世界一おいしいです。それだけでなく、なんと食べ出のあること!

 「マダム、私のマンゴーです。どうぞひとつ召し上がって」と、子供の頭ほどもある大きなマンゴーの実をもらったのは、おととしの夏だった。
 そして、その時から私はカザマンスに一度は行ってみたいと思うようになった。彼女のふるさとはジガンショール。生まれたのはビニョナ。
 亡くなった母親は豚や羊を飼育して、田んぼもマンゴーの木もたくさん持っていたけれど…。
 「紛争のせいで、あらかた失ってしまいました。残っているのはマンゴーの木とわずかな田んぼだけ。でも、このマンゴーおいしいんですよ。是非、召し上がってください」

自分の田んぼや畑に行くために、うんと遠回りをしなければならない――紛争はカザマンスに地雷というとんでもない物を残した――ことを、淡々と語るのは、彼女が敬虔なるクリスチャンだからなのか、温厚なジョラ族だからなのか、単なる諦観なのか…私には分からない。けれど、カザンスの話をする時に、必ずそのエピソードが付いて回るのは、彼女なりの腹立たしさの表れかもしれない。
 わずか5日間のカザマンス滞在ではたくさんの人々に出会ったが、あしなえの人の多さも目に付いた。

カザマンス地方は、セネガル大使館(日本国)としては、“「渡航の延期をお勧めします。」地域”である。
 おととしの3月、マッキー・サル大統領は「カザマンスの和平と安全と発展と安定に全力を尽くす」と断言しながら、各国大使(もちろん夫も)をひきつれてジガンショールを訪れ、熱狂的な歓迎を受けていたが、その後状況はさらに良くなったのだろうか。
 今後のセネガルと日本の協力関係を考える上でも現状把握は大切だから、大使館員は時折出張に出ていた。今回夫は、下カザマンス地方の要人――政治家のみならず学者やNGO関係者まで数多くの方々との面談を通して、“本当の姿”を探りたいと考えたのだと思う。

知らない土地を訪れれば、“さまざまな出会い”がある。初めて見るもの、聞くこと、それはわくわく心躍るものだし、思い出深くもなるというものだ。
 それでは、事前に知識があると面白みは減るのだろうか?
 否。「百聞は一見にしかず」で、やっぱりそこには、知っていたからこそ深められる興もある。
 「はい、宿題」と夫から渡された資料の中に《Royaume d'Oussouy(ウスイ王国)》を見つけた時、私の好奇心は全開となった。

下カザマンス地方ジガンショール州ウスイ県には、“王国”があり、そこには“王”がいるのだという。
 王と聞くと、なんとなく地方の豪族の子孫などを想像しがちだが、ここは違う。王は、近隣の村々の長たちの話し合いによって任命されるのだそうだ。
 そして、王の仕事とは、ウスイの“聖なる森”を守ること、そして人々の精神的支えとなること。さまざまな精霊とともに神と人間との間に立ち、両者の仲立ちをする、つまりアミニズムの流れをくむ宗教的指導者でもある。

下カザマンス地方の地図

王様との会見は、日曜日の午前中に設けられた。
 武装警察のジープに前後を守られながら、王宮に向かった私たちの車がとまったのは、ウスイ市の比較的中心と思われる地域だった。普通の舗装道路が走り、ちょっと横にはシャッターを下ろした商店のような構えの建物がある。
 日差しがきついこともあって、ちょっぴりいぶかしげな表情で車を降りる私たちに、運転手や護衛隊の隊長たちが、「ここが王宮ですから」と口々に言った。
 そうこうするうちに、セネガルの政治家某氏から紹介された王様のスポークスマンP氏が、街のほうからにこにこしながらやってきた。
「大使閣下、よくいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
 と案内されて道を渡った向こう側の、植え込みのところが林への入り口だった。
 セネガルの他の地域と同じように乾いた、少し砂っぽい地面、細いしなやかな枝に小ぶりの緑色の葉をたくさんつけた木が小径の両側に植えられて、アーチを形成している。道路との温度差は2℃はあるだろうか? さわやかな緑風が頬に心地よかった。

王様との会見は、入口から50メートルほど中に入ったところ、ヤシの大きな葉をたくみに重ね合わせて作られた壁に囲まれた“広間”で行われた。太陽の光が直接照り付けることはないけれど明るかったのは、乾季ゆえに少し葉を落とした常緑広葉樹やパーム椰子の多い林だからだろうか。

王様とスポークスマンP氏(実は、王様の実の叔父上)と

 お伴数名とともに現れた王様は、ちょうどカトリックの司祭のローブのような形の緋色の装束に身を包み、右手には小ぶりの箒をお持ちだった。
 30分たらずの会見の間、いろいろな質問に対して返事をし、王国について、王の役割についての話を聞かせてくれたのはスポークスマンP氏ではあったが、王様が人々から慕われ、ありとあらゆる“問題”、ことに人々の仲違いの仲裁役などの解決のために尽力する方だということがよくわかった。
 “会談”の最後、王様は厳かに話された。
「大使がご訪問くださったのを、驚きとともに大変嬉しく思っています。あなたはフランス、アメリカ合衆国、ドイツ大使の次、4カ国目の訪問者です。これからもセネガルと日本が仲良くおつきあいすることを望みます」

王様にいただいた飾り物。王様と王国の象徴のパーム椰子には、“ワイン”を採取する人も

 (つづく)

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