Did you know that?

72. 「仮名手本忠臣蔵」公演を終えて−③

公演は、2月25日から3月5日まで、8回が予定されていた。集客数450人の大学の劇場で、このような学生の「英語歌舞伎」に人は来るのだろうか?夫も私も余りに仕事が多過ぎて、友人知人に個々にメールを送り観にきてくれることを頼む、あるいは宣伝の為に走り回る余裕はなかった。大学や地域の日本関係団体の広告に頼った。
 ただ、大学の演劇公演は、大人15ドル、シニア12ドル、学生8ドルである。観劇には安い値段だ。

* ポートランド州立大学演劇学部が撮影し、Youtubeに載せた英語による「忠臣蔵−−The Revenge of the 47 Loyal Samurai」のリンクが最後にあります。“是非ご鑑賞ください!”

《清元三味線、義太夫節、生演奏にこだわる》
 夫のアメリカ人の友人Mark Oshima氏は、日本に住みながら歌舞伎座で長年清元として、またイヤフォンガイドの英語解説者として活躍している。彼は、我が家に3週間滞在し、公演前の演技指導から本番の生演奏出演もしてくれた。また、彼の三味線の師匠さんとお弟子さんは、「このような機会は二度とないので、是非自分たちも出演させて欲しい」と日本から自費で来られ、3週間ホテルに滞在し全ての公演に出演された。他に、大学関係で太鼓、笛、そして義太夫の三味線、夫と学生の語り、計9名の生演奏者も観客を魅了した。

《ドナルド・キーン先生と鶴澤浅造氏来られる》
 ドナルド・キーン(Donald Keene)先生は、日本文学者であり、夫のコロンビア大学の博士号取得のアドバイザーである。日本では、東日本大震災後、日本に帰化されたことで、一般にも知られるようになった。忠臣蔵の英語翻訳を初めてされた方だ。今回、長年文楽の義太夫を務められ、キーン先生のご養子になられた鶴澤浅造先生(夫の義太夫節の師匠)が、大学で講演をしてくださることになった為、お二人で来られた。
 キーン先生は93歳と言うご高齢にも関わらず、この忠臣蔵公演を観にきてくださることを快く引受けてくださった。

NHKの取材陣、共同通信社のかたは、公演最終日の前日、キーン先生のポートランド到着に合わせて、早朝から空港で待機され、先生方の到着の様子を取材された。後日、NHKの「国際放送」や「おはよう日本」などで紹介され、また共同通信社を通じて、多くの新聞でも紹介していただいた。

千秋楽の日、楽屋裏を尋ね、おかる役のRobynと楽しく談笑されるドナルド・キーン先生

《本番の舞台裏—歌舞伎化粧》
 歌舞伎には白塗りの化粧がつきものだ。学生たちは、歌舞伎役者同様自分で白塗りの化粧をしなければならない。白化粧は日本からたくさん買ってきた。これは、本番前に何度か実際に自分の役の顔を作る練習をして本番に臨んだ。
 この化粧が、慣れないとなかなか難しく、まだらに固まって醜い化粧になってしまう。塗りすぎるとお化けだ!!化粧技術の習得にも個人差があり、ある学生はプロのように直ぐにできるようになるし、ある学生は何度やってもうまくできない。

化粧する判官の家来勘平役Ivan

私は、一人の女子学生が余りに化粧が下手で、このままだと一人だけおかしな顔で舞台に上がることを恐れ、「あなたの化粧は醜いので、リーダーのBethanyに、基本から習って美しく見えるように指導してもらってください」と言ったところ、泣き出してしまった。

主役の一人、「花魁のおかる」役のTarynが、
 「寿美、言い過ぎだよ。もっと優しく言った方がいいと思う」と言った。Tarynとは、着付けの時よく話していたので私を案じていってくれたのだろう。しかし、私には、この時、人を気遣って行動する余裕など全くなかった。只目の前に迫った本公演をどのように成功させるかだけ。
 私は答えた。
 「彼女には申し訳ないけれど、私は、今出演者一人一人が、役に適した化粧と衣装で、舞台で美しく見えるよう指導することしか頭にない。個人の気持ちを尊重し、気遣う余裕はないの。“ダメなものはダメ。直すべきは直す!”その為には、“鬼”と言われようが“意地悪だ”と言われ嫌われようが構わない。Taryn、私への忠告ありがとう!でも、あなたは、今自分のするべきことを一生懸命しなさい!」

その後、Tarynは、私の徹底した仕事ぶりと美しくし上がっていく役者たちをみるにつれ、そのことに関しては何も言わなくなった。公演が終わるまで、私たちはいつも冗談を言い、着替え室の雰囲気を和らげ良い関係を保った。それからは、Tarynはよく“Toshimi大変だね。キャンディ持ってきたよ。何か手伝おうか?”と言って労ってくれた。

花魁“おかる”役のTarynと衣装を着せる筆者。Talynは素晴らしく化粧が上手で、舞台でもひときわ美しく見えた。宴会用ゴムカツラで作った花魁の鬘には、厚紙で作った飾りとカーテン用のタッスルをつけた。是非、Youtube「後半」の一力茶屋場面のTarynを見ていただきたい。

《80衣装を未経験者と着せる》
 衣装の着付けは、日本の着物を外国人に、また歌舞伎衣装などを着せた経験のない私の妹や友人たち4人、それに日本のこと、ましてや着物のことなど全く分からない学生4人、私も入れて9人で行なった。
 私は、「このような未経験者だけで、80衣装を間違いなく美しく着せ、7場全て、遅れずに舞台に出すことができるのだろうか」と言う不安と緊張感だけで頭がいっぱいだった。ジッパーやボタンで留め、ほとんどその人の体格に合わせて作ってある洋服衣装と違い、着物は、下着から上着まで全て重ねながら着せていくので、表に見える割合が違うと、着せ方によっては折角の美しい衣装も台無しである。私は、事前の着付けの練習と2回のドレスリハーサルで、私が教えられることは全て教えた。

私は、着付けの未経験者である衣装係の皆にも、「こんなものでいいんじゃない?」という適当さは許さなかった。厳しかった。
 東京から手伝いにきている英語が余りできない妹が、
 「何だか、着付けの学生たちが“Toshimi〜〜Toshimi〜〜”と言っている。何と言っているのだろう。姉が厳しいから、きっと姉の悪口を言ってのじゃないかしら?」と、聞いた。日本人の友人は答えた。
 「心配しないで。悪口ではなく、学生たちは、寿美さんの衣装の基準に叶っているかどうかを確認し合っているのですよ。これでは寿美が舞台に出すのを許さないだろう。やり直しだ。寿美にこれでいいか聞いてみよう」と許可なく舞台に出すのを許さない私の指導をお互いに確認し合っていたそうだ。

このように書くと、着物の着付けも誰にだって簡単に習得できるように思われるかもしれない。しかし、ここはアメリカの大学である!
 個々人の体格の違いは、日本人には想像さえつかない程だ。今回一番背が高かった学生の身長は、2メートル5センチ。着物を着せようとすると、私の顔が彼の腰あたりにある。ヒェ〜〜。180〜190センチぐらいの男子学生はたくさんいる。女性も190センチが一人、185センチが一人いた。小さい女性は150センチぐらい。横の大きさは〜〜〜、体重100キロ前後が3人。この様な人たちに、日本サイズの着物を着せる訳だ〜〜。着物に工夫を重ね、苦労しながら着せる!

友人たちも学生たちも素晴らしかった。難しい裃、袴、大紋、長袴、紋付、討ち入り衣装などなど、様々な忠臣蔵の衣装の着付けを一生懸命習い、見事に習得していった。一人で着させるのは心配だったので、2〜3人で一人を着せさせ、後はお互いに間違いがないかを確認させた。

舞台裏は出番ごとに人が着替えに来て、皆がフル回転で着せていった。

学生たちも友人たちも、着替えに戻ってくる役者たちの衣装を脱がせ次の衣装を着せると、床にぬぎすてられた衣装をハンガーにかけ、着物をたたんで小物と一緒に風呂敷に包んだ。その仕事ぶりは、私が感動する程素晴らしいものへと変わり、公演2週目には私の確認なしでもしっかりできる程になった。もちろん、それ程注意していても、着付けに少し自信を持ち始めた学生たちが着せて、舞台を見ると「あれ〜〜!どうしてこんなんで出しちゃったの?」というのもあり、溜め息をついたこともある。
 只、主役たちの衣装は、やはり他の人に任せることはなかなかできなかった。できるだけ自分で着せた。

ところで、着物を着せる時、役者は時々突っ立って着せてもらう。自分では何もできないからだ。2、3人で一人を着せるドレッサーたちは、時には跪き、ぐるぐる回って、まるで召使いのようだ。私は役者たちに言った。
 「私たちドレッサーは、あなたたちの召使いでも奴隷でもない。あなたたちは、自分の着せてもらう風呂敷を捜して持ってきて、着せる人たちに協力してください。私たちは、この人数で80の衣装を着せなければならないのですよ。どれ程大変か考えてください。

そのチームプレーはうまくいき、しばらくすると出演する役者たちもお互いに着付けを手伝うようになっていった。役者も着せる側もお互いを尊重し助け合い、和やかな中で素晴らしい役割分担ができた。

《高齢者学生の出演》
 ポートランド州立大学(PSU)は、街の中心に位置し、多くの働く大人たちも授業を受けている。また、近くには高齢者のアパートがある。大学では、65歳以上の人たちは、無料で単位なしで授業を受講できるようなシステムになっている。
 今回の「忠臣蔵」にも60代から79歳の男性4人が受講出演してくれた。夫は、やはり20歳代の学生では演じきれない高齢者の役を、年相応の人たちに演じて欲しかった。舞台が初めての人もいたが、喜んで出演してくれた。お蔭で舞台は、人間関係が本物に近くなった。

主役、大星由良之助役のColinと塩冶判官役のPaolo。そして、夫の友人で長い間能楽の研究をしてきた79歳のJohn McAteerは、判官の家臣原郷右衛門を演じた。

《出番を待つ学生たち》
 私は本番中、衣装着替え室にいてほとんど本舞台を観ることができなかった。しかし、衣装確認の為に時々後ろのドアから会場に入って数分観るようにした。
 出演者が、舞台入り口の前で控えているのを目にすることがあった。出番前、廊下に座っている「大星由良之助(大石内蔵助)役」のColinを見た時には驚いた。彼は、正座し膝に手を置き、じっと俯いて石のように動かない。これから主君「塩冶判官(浅野内匠頭)」の切腹の場に、急いで駆けつけるところだ。彼はその場面を自分の脳裏に描き、気持ちを高ぶらせているようだった。声をかけられる状態ではなかった……。その場面の見事さは、日本のテレビでも紹介された。

一方、塩冶判官役のPaoloも舞台裏で、自分が今から切腹し、その恨みを由良之助に託す場面に自分自身をのめり込ませていた。その表情は近寄り難く真剣だった。それぞれの役者が自分の役になり切り、江戸時代の日本人を見事に演じ切った。

大序の場面の大紋を来た師直役のDevonと判官の妻”顔世御前”役のAlexie

勘平とおかる役のIvanとRobyn。Robynの着物は、原宿の古着屋で、5千円で買ってきた。裾にふき綿2本、袖口に飾り布、袖の重みを出す為に絹の裏地をつけた。女物の赤い鼻緒の草履がなかったので、小さめの男物の草履の白い鼻緒に赤い布を縫い付けた。Ivanの身長は190センチあり、着物の袖が足りない。袖口に布を継ぎ足した。

討ち入りを成功させた赤穂浪士たち

《千秋楽を迎えて》
 8回の舞台は、学生たちの演技も回を重ねるごとに磨きがかかっていった。役者は、観客の応援、かけ声、そして観客に観てもらうことにより、演技にも熱が入り上達していくのだとつくづく思った。

3月5日の千秋楽には、ドナルド・キーン先生、鶴澤浅造先生を初め、夫の友人たちでキーン先生の教え子である日本文学関係者たちが全米のあちこちから駆けつけてくれた。私の友人も日本から来てくれた。

出演者数54名、見事に演じ切った学生たちに、観客からはスタンディングオベーションと共に大きな拍手が鳴り止まなかった。

劇が終わると満席の会場は、スタンディングオベーションで拍手が鳴り止まなかった。この様子はNHKで「国際放送」「おはよう日本」などでも紹介いただいた。6月には「歌舞伎クール」という番組でも取り上げられた。
 8日間の観客総動員数、3000人余り。
 夫の長年の夢は叶った……。

《公演を終えて》
 夫は公演が終わった後も忙しく、すぐに日本にいかなければならなかった。私は、全ての衣装の汚れを落とし、洗えるものは全て洗濯しアイロンがけをした。これも妹や友人たちが全て手伝ってくれた。その間、日本人学校の卒業式、その後直ぐに娘の大学の卒業式の為日本に行った。

夫は5キロ、私は4キロ痩せた。夫は太っていたので良いが、私は脂肪が少ないので、一気に老けた……。その上、準備と8回の公演で、気力もエネルギーも無くなってしまった。私は萎んだ風船みたいになり、元に戻るのに随分時間がかかった……。

しかし、この「忠臣蔵」に関わってくれた全ての人たちが与えてくれた信頼関係と感動は、何物にも代え難く素晴らしいもので、夫も私も決して忘れはしない。
感謝!

*このYoutubeは、公演4日目に、大学の演劇学部が撮影し載せた喜怒哀楽のたっぷり入った楽しい劇だ。学生たちの素晴らしい演技、衣装そして照明、工夫された大道具や小道具の舞台……、総勢110名で作り上げた「ポートランド州立大学版:忠臣蔵」を是非ご覧いただきたい。
歌舞伎で8時間の劇を2時間45分に短縮した為、人形劇「一寸法師」で作った人形をナレーターにして、劇に出せなかった場面経過を説明した。Samantha Queenerの語りも見事だ。

   「忠臣蔵−−The Revenge of the 47 Loyal Samurai」
    前半:https://www.youtube.com/watch?v=_mdOmTtxwZ4
    後半:https://www.youtube.com/watch?v=SxQ_f3dQvzc

*写真提供:Mel and Janell Huffman 、共同通信社、今井寿納、田中寿美

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