セネガル通信

第34回 庭師2

「えええっ かわいそう。こんなことしたらだめよ。早く植え替えてちょうだい」
と、頼んだら、庭師は、「マダム何を大騒ぎしているんだ」という顔を一瞬して、それから、「だって、一人じゃできないんだから」とぶつぶつ言いながらも「後でやっておきますから」と少し仕方なさそうに返事をし、誰かに電話をかけ始めた。
 現地ウォロフ語での会話なので全く理解できないのだが、どうも植木のこととは関係ないらしい。そして電話を切ると、にこっと笑いながら、「娘に子供が生まれまして」と、私の想像をはるかに超える台詞が彼の口から出た。

コルディアの若木。件の移植のものではありません

「今は勤務中でしょう?」「しかも、根こそぎ抜いてしまった立ち木をコンクリートの上に放り出したままで!」という“まじめな日本人”の思いが頭の中に湧き上がるが、セネガル人のくったくのない笑顔と、話題が話題なだけに、私もついつい甘い顔をしてしまう。

それにつけても、アフリカの木々の、なんとたくましいこと。丸坊主に剪定されてしまっても、無造作に引っこ抜かれてしまっても、弱りもせずに、復活するのだ。
 コルディアという、小ぶりのうちわのような形の緑の葉っぱに朱色の小さな花を咲かせ、花後には白いころんとした実をつける木がある。
 これは、ダカール市内でもしばしば見かけ、時には並木のように植栽される中くらいの木である。剪定しないまま市内の広場などに植えられたものは、枝葉を大きく広げ人々に恰好の木陰を提供する。だから、この木の根元には、しばしばプラスティックの椅子が置かれている。特等席だ。

アフェランドラ。葉っぱがうるさくなって、虫もついていたので剪定を頼んだら・・・

ある日、電気工事のために公邸にある数本のコルディアのうちの一本を抜かなければならない、ということになった。
 聞けば「植替えは簡単」だと言う。だから、それを頼んでいた朝のことだった。それが冒頭の会話である。
 庭師は、コルディアを引っこ抜いたまま、孫の顔を見に出かけてしまったのではないか、と思われるほど長い時間がたった。
 中くらいとは言え、高さは3メートルはある。幹の太さも2-30センチはあり、掘り出した根っこが特に大きかった。根の部分だけでも優に20kgくらいありそう。確かに一人で運ぶのは不可能だ。
 しかも、それを「処分する」ではなくて「植え替える」のであるから、“丁寧に”運ばなければならない。いつものように書斎の机の前にいた私も、気が気ではなかった。

ユーカリもばっさりやられた後、1か月もしないうちに新芽

公邸の男性スタッフ3人がそろう午後のひと時、年配の庭師は彼らを巻き込んで、コルディア移植作戦を始めた。
 “4人”寄れば文殊の知恵…とはいかないらしい。「マダム、馬車を頼んでいいですか」とスタッフの一人が聞きに来た。
 「大の男4人そろっても、どうにもならないほどの大木」とは思えなかった私は、現場を見に行くことにした。
 横に寝っ転がったままのコルディアの周囲で、男たちがウロウロとしていた。どこをどうやって持ったら木が持ち上がるのだろう、とそれぞれが試してはみるが、運ぶという動作にはなかなか行きつかない。
 庭師はまた携帯電話で誰かと喋っていた。今度はさすがに孫のことではなさそう。いつも何かと助っ人に来てくれる“馬車の男”のようだった。

馬車の男。大きな木を切った後は必ず呼ばれている

そのうち、公邸スタッフのひとりが、倉庫から大きなビニールシートを持ち出して、根っこの部分をそこに載せて担架のように運ぼうというアイディアを出した。確かに名案だ。
 庭師が携帯電話を耳にあてているうちに、若い3人のスタッフは根っこをくるんで持ち上げて、木のてっぺんはそのままにずるずると引きずりながら移動し始めた。
 「ちょっと待って、それでは枝が折れてしまう」という私の声を聞きつけたからか、あるいは最前から好転しない“現場”を心配してくれたのか、あるいは人懐こいお節介なセネガル人だからか、警備会社の公邸専属ガードマンの2人もやって来て、今度は5人で二手に分かれ、根っこと頭とを持つようにして運び始めた。

植え替える場所まで行くのに、玄関の前を通れば近いのだけれど、忠実なる僕であるスタッフは、当然のように裏を通り、だいぶ大回りして、時々持ち場を交代しながら、枝こそ落とさなかったがたくさん葉っぱをまき散らしながら、どうにか移植の予定地にたどり着き、警備員たちは自分の仕事場へと戻った。

移植したコルディアも元気

それではいよいよ木を立てて植えましょう、という段になって、なんと準備されていた穴が十分大きくないことが判明。公邸スタッフや私が半ばあきれ顔で見つめる中、庭師は、ちょうどその時到着した“馬車の男”に、このために呼んだんだ、と言わんばかりに命令した。
 「穴を大きく掘ってよ」

公邸の庭作業。毎日、こんなことばかりしているわけではないけれど、面白いエピソードはたくさんある。そしていつも感じるのは、植物たちの生命力の強さ。
 しかし、強いのは植物だけでもなさそうだ。セネガルの人々もまたしかり。
 炎天下で草むしりをするスタッフを気遣って私が「こんな所では疲れちゃうわよ。今はあっちの日陰の草取りにしたら?」と声を掛けたことも何度かある。でもいつも返るのは同じ答えだ。
 「マダム、大丈夫ですよ、このくらいの太陽。僕たちは慣れていますから」(つづく)

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