セネガル通信

第35回 庭師3

“ダカールの庭師”たる私が得た知識として、「椰子の実は1年に2回収穫する」がある。 ダカールの街を車で走っていると、時折、道路脇に荷車を置き、皮をむいて六角柱のようにしつらえた椰子の実を荷台に並べ、炎天下の路肩に座っている男――時々、荷車から離れ、近くのわずかな木陰に寝転んでいたりする――を見かける。椰子の実ジュース売りだ。 彼らは、その辺の(?)椰子の木に登っては実を収穫し、“商品”にして荷車に積んで人通りのある所に店を出しているのだと聞いた。
 セネガルでは、「熱中症に気を付けてこまめに水分をとりましょう」などと誰も言ってくれないけれど、椰子の実のみならず、ビサップ(ハイビスカス)ジュース売りの姿もよく見かける。彼らの習慣にはこれらのジュースを飲むことでのどを潤すことが含まれているらしい。

公邸の庭にも椰子の木がそびえている。赴任当初、私たちは南の国の風景に単純に感激し、2階の窓から毎朝その姿をほれぼれと眺め、毎夕そのシルエットに絵心を刺激されていた。 そのうち、庭を散歩するとごくたまに10センチくらいの、大きくなれなかった青い実が地面に落ちているのに気づいた。そして上を見上げれば日に日に成長する椰子の実の数の、思いのほかたくさんなことにも気づき、やがて少し不安になった。
 風も強いからいつ落ちて来ないともかぎらない。小さいとはいえ、直撃を受けたらそれなりに大ごとになるだろう。まして、あの大きな実が落ちたら……椰子の木の下にはあまり近づかないほうがよさそうだ。
 などと考えているうちに、公邸スタッフから「レセプション前に椰子の実をとってもらいますが、いつにいたしましょう」という相談を受けた。

世界中、日本大使公邸での最大のイベントは天皇誕生日祝賀レセプションで、それは通常、12月初旬に執り行われる。
 セネガルでは、気候の関係もあるのだろう「パーティー」といえば、そのほとんどが庭で催される。だから、どこのお国もナショナルデーにはそれぞれ工夫をこらしたガーデンパーティーを企画するが、大勢のお客様を迎えての「安全対策」も必要だ。プールの周りにはバリアを作るとか、蚊がこないように殺虫剤をまくだとか、椰子の実が落ちないようにするとか。日本大使公邸でもその一連の作業が行われることになった。

ある日、椰子の実とりの男性が2人やってきた。痩せて手足の長い男たちは、特別若いとも思えなかったが、あれよあれよと言う間に椰子の木のてっぺんまで登ってしまい、枯れ葉やだらりとぶらさがっている古い葉を、なたで切り落とし始めたのだが、その登り方は本当に感動ものだった。
 日本にいたら絶対にお目にかかることのなかった光景。いくら椰子の木には節のような筋が入っているとはいえ、枝の全くない、掴み所のない寸胴の幹が、空に向かってただただ立っているだけなのだ。そこを、セネガルの男たちは、左右の素手と素足をリズミカルに動かして、トントントントンと登っていく。まるで吸盤とか磁石とかついているのではないかと思わせるほど幹をしっかり捕らえる手足は盤石で、私は、何の心配もせずに――日本にいたら、高いはしごを登る植木屋さんの姿を見るだけで、少しドキドキする――ひたすら見呆けた。
 人間にもまだこういう能力が残されている!

椰子の葉は大きい。葉柄の元のところなどは、ちょっとした木の幹くらい太くて固いようだ。毎日窓辺から眺めていた時には、せいぜい“鷲たちのベンチ”と思っていたけれど、実に、人が一人乗っても大丈夫なほどの頑丈さで、男たちは椰子の木のてっぺんを自在に動き、ちょうどよい位置を見つけてはそこに腰かけ、剪定をするのだった。

風が吹いてきた。三方を海に囲まれたダカールでは相当強い風が吹くことがある。
 椰子の木がしなり、いつものようにバサバサと大きな葉が揺れて、私は樹上の男の事が少し気になった。
 それまでは、彼らの姿を「高いところでとっても気持ちよさそう」と遠くから呑気に眺めていたのだが、それは風がないからで、こんなふうに揺れたら、落ちないまでも酔っぱらっちゃうんじゃなかろうか……。

 ふと別の椰子に視線を移すと、もう一人の男がまさに“どこ吹く風”という感じで登り始めていた。よくよく見ると、腰にひものようなものがぶら下がっている。
 あ、やっぱり命綱!
 と、私の早とちりもいいところだ。クレーン車など、さらに上に強固な支えが存在するわけでもないのだから、腰の縄は彼らにとっては何の意味もなさない、ということにしばらくしてから気づくことになる。

件の男は、てっぺんまで登り、座る位置を確保したと思ったら、今度は椰子の実のひと房――という表現が正しいかどうか分からないが、実は一個一個が独立して木になっているわけではなく、ぶどうのように房状の塊である――を切り取ると腰の紐を結びつけ、そろりそろりと地上へと下ろし始めた。
 いくつかの実をつけた房がゆっくりと地上に到着すると、彼は腰の紐を、邪魔だと言わんばかりに外し捨て、今度は“身軽”になって、するすると木を降りて行ったのだ。 こういう一連の作業を見て、初めて、私は彼らが大事な“商品”を丁寧に扱っているのだということを理解した。
 やっぱり彼らは自分たちのことなど何も気にしていない。まさに、椰子の木登りのプロなのであった。

セネガルの日本大使公邸では、こういう素敵な“スペクタクル”が、年に2回、6月と11月に繰り広げられる。
 ちなみに、椰子の実のジュースは、津久井シェフ(私も)の味のレベルをクリア出来なかったため、収穫した実は初回を除いて、椰子の木登りの男たちあるいは公邸スタッフの所有物となっている。

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