ケアンズ通信

豪に入ってはOZに従え~チャプター2

朝のウォーキングで遭遇したケアンズの朝やけ。自然が創り出す美しさにはただ脱帽。

最後に寄稿してから四年以上が過ぎてしまった。この四年の間にオーストラリアでは総理大臣が二度変わり、同性同士の結婚が国民投票で可決され、そして私個人はシングルに戻った。

このエッセイにも何度も登場したパートナーDとの七年間の共同生活に終止符を打ったのは、前回のエッセイを書いて数か月後のことだった。その後、Dとはビジネスパートナーとして三年半一緒に会社経営を行ったが、昨年九月、私はDの会社持ち株分を買い取って社長業を引き継ぎ、Dは新しい暮らしを始めるために海外へと旅立っていった。

前回「オーストラリア結婚編」を書いた時には、次の号では自分とDの「オーストラリア結婚(実践編)」でも書こうか、と漠然と思っていたのに、人生、何が起こるか本当にわからない。Dとは別れた後も深い信頼関係で結ばれてはいたが、別れた恋人同士が同じオフィスでビジネスパートナーとして仕事を続けていくのは簡単ではなかった。行き詰った時に、自分と同じような経験をした人がいないか、何か良いアドバイスを探せないか、藁にもすがる思いで「別れた恋人とビジネス経営」をGoogleで検索したことも有ったが、該当するようなものは何も無かった。女性としてもビジネスをする者としても、同じ状況下でのお手本を見つけられず、過去四年間は試行錯誤の毎日だった。

そんな環境の変化に飲み込まれ、このエッセイを更新できていなかった私に、「あなたのエッセイを読むと元気が出るから、また書いてよ」と言ってくれていた女友達がいた。彼女とは、彼女が東京からケアンズに家族で引っ越してきた時に家の仲介をした縁で知り合った。私よりも若いのに、とてもしっかりしていて、常に周りの人のことを気に掛け、大変なことが起こっても冷静に対処できる、彼女は私の憧れの女性だった。旅行業界でバリバリと働くキャリアウーマンだったが、中学生の一人娘の話になると「将来はジャーナリストになりたいって言うの」と嬉しそうに目を細める優しいお母さんでもあった。その彼女が、一昨年の春、突然の事故でこの世を去ってしまった。共通の友人から彼女が亡くなったと聞いた時「そんなはずがない。絶対に何かの間違いだ」としか思えなかったほどの突然の死だった。彼女本人が全く予期していなかったであろう突然の旅立ち、愛するお嬢さんを一人残してこの世を去ってしまった彼女の心残りは半端ではなかったはずだ。私達は残されたお嬢さんの身の上を案じたが、ご主人の生まれ故郷へと移っていったお嬢さんは、幸いなことに落ち着きを取り戻し、現在は元気に暮らしているようだ。今はただ、このお嬢さんが、彼女のお母さんのような優しくて、嫋やかで、周りの人達に愛される女性に成長することを願うばかりだ。

このエッセイを書き始めた十年前に「40歳、住所不定、無職、独身、おまけに恋人無し」というタイトルで文章を書いたが、今は住む場所と仕事はあるものの「51歳、独身、おまけに恋人無し」に逆戻りだ。自己啓発本などでは「自分の人生は、自分が思い描いたようになる」と謳われているが、「結婚して専業主婦になって子供を二人育てる」はずだった私が、どこでどう間違って、外国で独身で子供もなく、一人で不動産会社を運営することになってしまったのか・・・、いくら考えても答えは出ない。それでも、自分が持てなかったものに執着して生きていても仕方がない。与えられたものに感謝をし、それを最大限生かしていくしかない。 

亡くなった友人のお嬢さんには何もしてあげることが出来なかったけれど、彼女のような若い女性達に「思っていた通りにいかなかったとしても、それでも人生って悪くないよ」ということを、彼女のお母さんが愛読してくれていたこのエッセイを通じて少しでも伝えられればと思う。亡くなった友人も「やっと、また書き始めたんだね」と喜んでくれるのではないだろうか。

このエッセイを書き始めた十年前には一会社員だった私が、小さいながらも今は自分で会社を経営する立場になった。Dに引っ張られて始めた会社で、もし会社を始めていなかったら今もDと一緒にいるのではないか、と考えることもあるが、会社を始めていなくても、やはり別々の道を歩くことになったのかもしれない。それに、会社を始めた事によって学んだ事や経験した事、出会えた人々との関わりは、私にとっては何物にも代えがたい財産だ。突然旅立ってしまった友人のように、私の人生にも突然終わりがやってくるのかもしれない。その時に、自分自身に言い訳をすることがないよう、今生きている一瞬一瞬を慈しみ、自分の力を百パーセント出し切って、毎日を笑顔で過ごしていきたいと思う。

というわけで、51歳、独身、恋人無し、オーストラリアに一人で暮らし、仕事に奮闘している私が見た海外での暮らしや、仕事や、人生ドラマを、また綴り始めてみたいと思う。どうかお付き合いください。

青い空とヤシの木はケアンズの象徴。見ているだけで幸せな気持ちになります。

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