セネガル通信

第37回 園芸店(その2)

生花を手に入れることがとても難しい、ということは、最初の頃のエッセーで書いた。いわゆる“花屋”が街に数軒あるのみで、しかも切り花はとても高価、扱っている種類も少ない。だから、私は「公邸の庭で花を育てよう」と決心したのだ。そしてせっせと挿し木をしてバラを増やしたりしたが、その苦労話は別の機会に語るとして。

郊外の“花工場”でマダム・ニャイと花畑から切って来たばかりの花を吟味

ある時、郊外で手広く花を作っている所があるという話を耳にして、私はすぐにそこを訪ねた。
 舗装道路が終わり、土の凸凹の道をしばらく行くと、事務所と作業場とを兼ねた緑色の小さな建物があった。その横にはいかにも畑仕事のための倉庫というガランとした大きな納屋があり、その向こうに網の張られた畑が広がっている。
 色とりどりのガーベラや百合がずらっと並んで植えられているのを見た時は、ちょっと感動した。
 何しろ、牛の散歩や繋がれた羊や、浜辺の海の幸をいっぱい乗せたボートはいつでも見ることができたが、「畑」なるものはそれまでダカール周辺、いや、郊外や地方へと向かう国道沿いの土地にも、全く見たことがなかったからだ。

この“花工場”は、ダカール市内の大きなホテルのほとんどに切り花を卸したり、テーブル花をアレンジしては届けている、やや独占的な店だった(と、後で解った)。
 市内の生花店に比べると、花の種類も多く安価で、当然、冷蔵庫にはオランダからの輸入の花たちも保管されていた。
 遠いこともあるのだろう、この店には誰もが電話で注文をし、届けさせているようだったが、私は、月に2回はそこに通った。何しろ直接花たちの顔を見ながら、その時々で選びたいからである。

自動車道沿いの園芸店 200mくらい“店”を広げている。 前列の赤い花は、《キリストの茨》という名前の棘のたくさんある植物

いつの間にか店で働く人たちと私は(そして大使館の運転手さんも)とても仲良しになっていた。
 店を任されているマダム・ニャイは、まだせいぜい30歳くらいだと思われたけれど、男たちにテキパキと仕事を与えながら飾り花を作る陣頭指揮にあたる、肝っ玉かあさんのような女性。いつも必ず、私が買う花の料金をはじき出しながら、おまけの1本を加えるのを忘れなかった。
 実際、彼女はその後しばらくして第三子を妊娠し、産休を半年取り、そしてまた戻って来た時には、もっと貫禄がついていた。
 私が、赤ちゃんのお祝いに、と日本の和柄のハンカチをあげたらとても喜んで、ハンカチに描かれている菊や牡丹の花の絵を美しいと眺め、花の名前を聞いてきた。どこの国でも、花好き同士のおしゃべりは尽きることがない。

キスカリス 花は白からピンク、そしてえんじ色へと変化する

ところで、ダカールの市内に生花店は少ないが、なぜか、路上の園芸店はたくさんある。
 誰がいつ何を買いに来るのか・・・客の姿を目にすることはほとんどないが、私がしばしば通る海岸道路の空港近くの道路脇とか、プラトー地区へと直結する大きな自動車道に面した空き地とか、ちょっとしたロータリーの一部には、ブーゲンビリアを始めとする熱帯に特有の苗木たちが所せましと置かれているのだ。

メリナ 植えた当初はひょろひょろだったが半年くらいで幹は倍くらいの太さになり、枝を縦横に伸ばし・・・

隣家(某国大使公邸)の屋上のとっても大きなアンテナが景観を損ねている、玄関前の植え込みが枯れ始めている、古くからあったハイビスカスがジャングルのようになってしまった等々、公邸の庭造りも気になり始めた私は、路上の園芸店にも足を運ぶようになった。

ことにオランダ大使公邸の素晴らしい庭を知ってからは、「まだまだ頑張らなければ」という思いがとみにつのり、日本公邸にふさわしい庭をどうすれば作れるのか、南国の木をどのように使えば日本的な雰囲気が出るだろうか、と頭をひねらせた。

某国大使公邸のパラボラアンテナをすっぽり隠すことに成功!

そんな中で選んだ植物の中に、《バオバブ盆栽》同様、私が魅せられてしまった蔓性の花木《キスカリス》もあれば、雨後の竹の子のように成長の速い《メリナ》という、恰好の日陰を提供してくれる立ち木がある。
 路上園芸店では、素焼き(時にはカラフルに色をつけているけど)の植木用のポットも売っていて、私はテラスやプールサイドに置くための大きなポットを探しに、何軒もの園芸店を訪ね、最後には、特注で作ってもらったりした。

そして、これは園芸店とは言えないけれど、日本的な庭造りに大いに役立つ、“究極の素材”を見つけたのは、半島の突先に位置するダカール市街を向こう岸に眺めることのできる小さな村だった。

青空と水色の海を前にして広がる浜辺は貝殻で覆われて、所々に砕いた貝殻でできた小山がある。ブロックを積み上げた壁はあまり用をなしていないが、直系50センチ、2メートル長さくらいの筒状の物体が、さも大切なものだと言わんばかりの風情で貝殻山の真ん中の台の上に鎮座していた。それが貝殻を砕く“機械”だと説明を受けた。
 この仕事場も、なぜか女性ばかり。セネガルの女たちのたくましいこと!

“玉砂利工場”の対岸はダカール市

貝殻破砕機

小山はそれぞれ砕いた貝の大きさによって分けられていて、何度も器械を通したものほど値段が高いのは当然だが、かけらのサイズの微妙な違いが、山全体の色を決めていた。
 山を遠くから見て色を確かめ、近くによってかけらの大きさを確認し、また遠ざかって隣の山を見て、また近づいてはかけらを手のひらに載せ・・・と、私はさして広くない“工場”を行ったり来たりしながら、公邸の玄関先に広がる白い玉砂利――というか、遠目にはそれらしくなんとかごまかせる!!??――を夢に見ていた。 (つづく)

大使館男性スタッフ、“工場”の女性たちと“商談”

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