Did you know that?

76. 「夫婦別姓」私の場合

日本で「夫婦別姓」の話題が世間を賑わすようになったのは、ここ近年のことだろうか。

私の姓は夫と違う。
 日本の法律では、外国人男性と結婚する場合、妻になる女性が自分の姓を変えない選択肢があることを、私は最近まで知らなかった。日本で夫婦別姓の話題がでて初めて気にかかるようになった。私の居住地がアメリカだから、日本のことをほとんど考えなかったといったほうがいいかもしれない。
 しかし、なぜ外国人と結婚した場合のみ夫婦別姓が許されるのかは知らない。ただ、外国人と結婚していて「夫婦同姓」を選択している人もたくさんいる。

私は結婚する時、自分の意思で夫婦別姓を選択したわけではない。私は、1987年10月にアメリカ人の男性と結婚した。当時東京に住んでいたので、結婚の婚姻届けはアメリカ大使館に出した。
 各書類に記入し、色々な証明書を持っていったのを思い出す。もちろん日本のパスポートも持っていった。しかし、その時、自分の姓を夫の姓に変えるかと聞かれたかどうかも覚えていない。ただ、結婚式後、すぐに台湾に住む友人を尋ねることにしていたので、パスポートはそのままにしておいた。

また、結婚式後アメリカに引っ越すまで1ヶ月半しかなく、姓を替えた場合、パスポートの姓を変えなければならない。その間、煩雑な手続きに時間がかかり、パスポート変更が間に合わないかもしれないと思った。結局パスポートはそのままにしてアメリカに入国した。
 「まあ、後で変えればいいか」とぐらいに思っていた。

アメリカで自分の姓、あるいは氏名を表札として門柱、玄関に つけている家族は、ほとんどないのではないだろうか。 「通り名」は道路にあるので、家には番号だけが書かれている。 この国で、住んでいる家人の名前と住所を公共に知らせるということは、 危険極まりないことかもしれない。

私はアメリカ入国時までは、自分の姓を夫の姓に変えなければいけないと思っていたので、入国審査の人にどのように変更しなければならないのか尋ねた。その審査官は、 「もし、自分の姓を夫の姓に変えたければ、後で申請すればいいですよ。数週間から数ヶ月かかるかもしれません」というようなことを言った。

「変えたければ?」ということは、変えなくてもいいのだと初めて知った。アメリカだからなのかと思った。しかし、夫婦別姓など考えもしなかったので、まあ、ちょっと時間が経って落ち着いたら届けを出そうかぐらいだった。

姓変更に対しては何も聞かなければ、そのまま入国できたかもしれない。
只、税関では、「2年間夫婦として同じ住所に居住しない場合、Green Card(永住権)は破棄されます」といわれた。アメリカで始まった新婚生活は忙しく、パスポートの名前を変えるための手続きも何だか複雑そうで面倒で、そのままにしてきた、30年間も。

私は現在も日本人であり、自分の親から受けた姓名で日本のパスポートを所持している。

日本では、2015年12月に「夫婦同姓規定は憲法に違反しない」つまり、「夫婦別姓を認めない」という民法の規定を合憲とした最高裁判決がくだされた。判決は、夫婦の同姓義務について「姓の変更を強制されない自由は、憲法が保障する人格権の一部にはあたらない」と、よく訳のわからない文面があった。さらに「民法の規定は、夫婦がいずれの姓にするかを当事者間の協議に委ねている。規定自体に男女の不平等が存在するわけではない、と判断した」と言う記事を読んだ。

そして、同時に、「女性の離婚後再婚禁止期間6ヶ月は違憲と判決され、100日に短縮された」再婚禁止期間については、判決理由で「100日を超える部分は違憲」と指摘。ただ100日までの再婚禁止期間は「父子関係を早く確定して、子の法的な身分を安定することは重要であり、合憲だ」という理解し難い記事を続けて読んだ。日本では、女性の再婚禁止期間があるって書いてあるけど、男性にはあるの?男性は離婚後すぐに再婚を許されているの?まあ、なんと男女差別のはびこる国かと改めて思った。

私は、当時、自分の「田中」の姓を変えないことで一つだけ便利だろうなと考えたことがある。もし離婚した場合も、名前が全く変わらないのだから、一生親がつけてくれた姓名で生きていくのだと、今では笑い話のようだが、そのように思った。

夫婦別姓の子供の姓名については、よく議論に上がるようだ。アメリカで生まれ育った我が家の子供たちは、名前に息子は「〇〇(名)Tanaka(ミドルネーム) 〇〇(姓)」娘は「〇〇(名)Michelle Tanaka(ミドルネーム)〇〇(姓)」と名付けた。このこともアメリカで子供の名前をつけるとき初めて知った。自由に名前をつけられる。私は、子供たち両方に私の姓を入れたのだ。娘に至っては、夫の母からの代々つけられてきた、又夫の妹の名前であるMichelleさえミドルネームに入れたので、と〜っても長い名前になった。

子供たちは、日本では外国姓より日本姓の方が便利なようで、事情に合わせて「田中」の姓を使っているようだ。
 私は、子供たちが小学生の頃は、子供たちの友人から「Mrs.〇〇」と夫の姓で呼ばれていたが。中高になると「Toshimi」と名前で呼ばれるようになった。だ〜れも姓では呼ばないので、私の姓がなんであるかは書類にサインするときぐらいで、全く気にならなかった。

私は、夫と歌舞伎の講演会をするために時々日本に行くが、私自身も衣装係として発表する。そのとき名前をパンフレットなどに書かれ、舞台で自己紹介をするときが困る。「すみません。私の姓が夫と違うのですが、一応まだ結婚しています」と言い訳?をしなければならない。おかしな話だ。

夫婦同姓という制度が日本でいつ確立されたのか興味があったので調べてみると、法務省による我が国における氏の制度の変遷は:

*江戸(徳川)時代:
 一般に,農民・町民には苗字=氏の使用は許されない。

*明治3年9月:
 平民に氏の使用が許される

*明治8年太政官布告:
 氏の使用が義務化される。兵籍取り調べ上、軍から要求されたものと言われる。

*明治9年3月太政官指令:
 妻の氏は「所生ノ氏(実家の氏)を用いることとされる(夫婦別姓)。
つまり、明治政府は,妻の氏に関して,実家の氏を名乗らせることとし,「夫婦別氏」を国民すべてに適用することとした。なお,上記指令にもかかわらず,妻が夫の氏を称することが慣習化していったといわれる。

*明治31年民法(旧法)成立
 夫婦は家を同じくすることにより、同じ氏を称することとされる。(夫婦同氏制)。旧民法は、「家」の制度を導入し、夫婦の「氏」について直接規定を置くのではなく夫婦ともに「家」の氏を称することを通じて、同性になるという考え方を採用した。

*昭和22年改正民法成立
 夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫または妻の氏を称することとされる。(夫婦同氏制)
 改正民法は、旧民法以来の夫婦同氏制の原則を維持しつつ、男女平等の理念に沿って、夫婦はその合意により、夫または妻のいずれかの氏を称することができる。

2015年12月に出された夫婦別姓に関する最高裁判決では、夫婦同姓制度は「社会に定着しており、家族を構成する個人が同じ姓を名乗り、家族の一員だと実感することに意義がある」と述べて合憲とした。
 各個人は「社会の一員である前に家族の一員であり、不自由があるのはむしろ当然」と同姓支持を訴えた上で、「選択的夫婦別姓では、子供の姓をどうするかで夫婦で意見が割れた場合、大きな問題となる」と、論拠の一つに「子どもの姓」を挙げた。

私たちの先祖が大切にしてきた家族の一体性が損なわれる恐れがある。日本では同姓夫婦の中で子供を産み育て、共通の価値観を育み、家族の絆を強めてきた。名字に象徴される「家」制度は日本の地域社会を構成する重要な単位でもあり、夫婦別姓は日本社会の仕組みを根底から覆しかねない制度だ。

え〜〜っ?これはな〜んだ?
 太古の昔から夫婦同性のように訴えて、日本の家族の絆の強さを訴えているのは、いったいどこの誰なのだろうか。夫婦同姓の制度は明治期に成立したのではないか。平民は、つい百数十年ほど前までは「氏」さえ持たせてもらえなかった〜〜〜。

日本のように夫婦別姓を認めない国は世界で少数派のようだ。同じ姓であっても離婚率は確実に上がってきている。家族の一体感など、同じ姓だから培われるのではなく、夫婦がお互い尊重し、家族の問題を解決していく姿勢を持ち合わせているかどうかに関わってくるのではないだろうか。

もし選択的夫婦別姓になった場合、「子供の姓をどうするかで夫婦で意見が割れた時、大きな問題となる」という意見があるようだが、この問題をどのように解決するかは、夫婦間の問題だと思う。
 女性がどうしても自分の子供の姓を夫の姓に変えたくないと言うならば、結婚しなければいいではないか?

良い解決方法は、ミドルネームをつくる、あるいは、アメリカのように姓を2つ付ける。「鈴木−田中」のような選択肢がってもいいかと思う。しかし、現在の日本からは、50年経ってもこのような柔軟性のある姓の選択肢があるとは考えにくい。

アメリカに30年以上も住んでいると、離婚再婚話は日常茶飯事で、驚きもしない。夫婦同姓も別姓も私が知る限り、半々ぐらいかもしれない。
 「自由の国」「民主主義」を理想に掲げてできた国だ。同性婚(ゲイマリッジ)だって今は法律で許されている。(66.全米同性結婚合法化に思う-前編67.全米同性結婚合法化に思う-後編

夫婦の姓が同じか違うかなどで、家族が一体感があるかどうかなど、前近代的なことを言っていては、この国では暮らせない。
 その前に、人種が違う、肌の色が違う、言語が違う、宗教が違う、同じ宗教でも宗派が違う、国籍が違う、と「違うことだらけ」だ。その違いを受け入れて成り立っている国で、国民の多くは違うことを前提として結婚し、家族を作っていっているのではないだろうか?

日本だってこれから移民を許し、多人種国家になっていくかもしれない。夫婦同姓でも離婚率も上がっていくかもしれない。離婚した妻が、結婚で変わった夫の姓を「旧姓」に戻すかどうかで悩む人も多くなるかもしれない。

日本では、上方落語の前座で語られる「寿限無」と言う噺がある。

 生まれた子供がいつまでも元気で長生きできるようにと考えて、とにかく「長い」ものが良いと、とんでもない名前を付けた。あるいは、和尚さんに縁起がいい言葉を幾つか紹介され、どれにするか迷った末に全部付けてしまった、というような笑い話だ。
 姓、氏のなかった平民でも、我が子の名前にはしっかりこだわったようだ。しかし、当時、落語になるくらい長〜〜い名前を自由につけても良かったのかもしれないと思うと、面白い。「夫婦同姓」にこだわった現代のことが、後々落語の笑い噺になる日が来るかもしれない。

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