セネガル通信

第39回 女将さん(その1)

去年生まれのバオバブ盆栽 身長7㎝、ウェスト2.5㎝

去年の夏に種をまいたバオバブ盆栽が、7センチほどの大きさに成長している。 “祖先”が決して体験したことのない、寒い寒い冬という季節を、彼らは乗り切ったのだ。葉を落として、幹と言うにはあまりに弱々しい4センチくらいの小さな体でじっと耐えていたのだが、春先から復活。小さな緑色の葉っぱが一枚二枚と現れてきた。 だから、本帰国して一年がたった今年は、少し早めに、気温が20℃を越え始めた4月の初めに、私はまた種を蒔いた。 「そんなに作ってどうするの?」と夫が言う。 「そのうち、みんなに配るのよ。セネガルの宣伝のために」

今年播種したバオバブ盆栽 身長3㎝、ウェスト1.3㎝

バオバブ盆栽を見ていると、そして、気温が25度に達するようになると、ダカールの日々を思い出す。 3年4か月の滞在が長かったのか短かったのか、、、 今までの人生の中でもとても印象深い時間であったことは確かだ。本当に“生まれて初めて”を数多く体験した。エッセイに書けていないことがまだまだたくさんある。

ゴレ島

何度も訪ねた世界遺産の地、サンルイ市やゴレ島。太鼓の神様と言われたドゥドゥとの出会いと別れ、タタ・アネット(セネガル初の女性ジャーナリスト)から聞いた土着の宗教のこと、TBSの番組《世界ふしぎ発見》の取材、クンバ・ガウロやユッスー・ンドゥール、ジェルメーヌ・アコニーなど世界的なアーティストたちのこと。
 西アフリカの文化や美術に詳しいハンガリー人作家イブとのお喋り、生粋のフランス人にもかかわらずセネガルに根を生やし、不幸な境遇の少女たちを精神的にも物理的にも支え続けるモナ、サンゴール記念館館長マリアマとは、日本の美術などの話から意気投合した。旧弊にしばられる地方の人々とともに生活しながら自分たちの力で生活向上を目指すプログラムをアフリカに大きく展開するアメリカ女性モーリィとは一緒に地方の村でダンスを踊ったっけ。


 世界のさまざまな国――中には世界に問題をばらまく国々もあるけれど――や国際機関で仕事をする人々とのつきあいは、まさに“世界の縮図”を感じさせた。カエダスという女性グループの活動でも、語り出したらとまらないくらい、多くの出来事に“巻き込まれた”。
 そして決して多くはない在留邦人の方々、青年協力隊として頑張る日本の若者たちとの交流は、私のセネガル理解にとって欠かすことのできない情報源となった。そして、土曜の午前中に日本語を教えた補習学校の子供たちの元気のよかったこと!
 セネガルに住まなければ会うことはなかったであろうこれらの人々とのおつきあいが私の人生をなんと豊かにしてくれたことか。だから、この3年余はとても長い時間だったような気もする。

一方、日々の暮らしはというと、ある種、判で押したように同じ生活だった。夫婦二人で、1年365日(ほぼ毎日)3度の食事を共にしていたけれど、これは、私の40年近い結婚生活の中で初めてのことで、それもまた良い“体験”だった。日本の友人たちから時折聞こえてくるリタイア後の夫がいつも家にいる“大変な生活”のよい予行演習!?

公邸の2階の私たちのダイニングルームで、バゲットかクロワッサンとフルーツサラダ、ヨーグルト、紅茶(夫はコーヒー)というコンチネンタルスタイルの朝食を食べていると、階下の、公邸玄関の内側のシャッターを上げる音が聞こえてくる。
 早番のスタッフが仕事についたのだ。

 彼の朝一番の仕事は、玄関の鍵を開け、玄関先を清めて、大使が事務所に出かけるのを見届ける――つまり、玄関に下りてくる夫に朝の挨拶をしながら公邸の扉を開け、次に迎えの車のドアを開け、夫が車に乗ったらドアを閉めて、そして深々とお辞儀をして、車が門を出ていくのを、直立で見送る――習わしとなっている。毎朝たいそうなお見送りシーンではあるけれど、大使は日本国を代表する人物だから、スタッフは大真面目である。

こうして夫が事務所へ出かけしばらくすると、今度は、公邸2階の私たちのアパルトマンに、女性スタッフが入って来る。そして、朝食の後片付けが始まると同時に、私は追い出されるようにリビングを出て、書斎に向かう。
 さぁ朝だ。私も仕事につかなければ。
 パソコンを立ち上げて、メールをチェックし、大きな日記帳を開いて、スケジュールを確認する。
 今夜の会食は誰と何人だったかしら? メニューは何だったかしら? と、数日前にシェフと夫と3人で決めた会食の内容や手順を思い浮かべながら、テーブル花のイメージを作り、夜は何を着よう、なんてことも考えていたりする。

そして、リビングの掃除が終わって、女性スタッフが寝室や書斎のほうの掃除にかかる頃、今度は、私は階下へ降りていく。
 率先して掃除をする、というわけではないけれど、マダムの存在は、スタッフたちの良くも悪くも“気になること”だから、彼らに発破をかける意味も込めて、私は公邸をウロウロしているわけだ。
 エントランスの生け花をチェックし、御真影を飾る銀の写真立てがきちんと磨かれているか、サロンの掃除が行き届いているか、食堂の椅子はきちんと机に並んでいるか、お手洗いのタオルや石鹸は大丈夫か、テラスに砂は溜まっていないか、と、旅館の女将よろしく見て回るのだ。
 ついでに、庭の状態も調べて、と、朝から郊外の花畑に出かける日や特別の約束でも入らない限り、私の午前中は、公邸のメンテナンスに終始する。(つづく)

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