Did you know that?

77. ハラスメント①「セクハラ&人種差別」

ハラスメント(harassment)とは、日本では、いろいろな場面での『嫌がらせ、いじめ』を言い、その種類は様々で、他者に対する発言・行動等が本人の意図には関係なく、相手を不快にさせたり、尊厳を傷つけたり、不利益を与えたり、脅威を与える行為をいう。今では日本でもほとんどの人が、「嫌がらせ」をこの英語である「ハラスメント」を使い「〇〇ハラ」と強い不快感に対して言うようになっているようだ。

Harassment という英語は、17世紀初めに使われるようになったらしい。フランス語、ラテン語などをベースにできた単語だ。

Harassment covers a wide range of behaviors of an offensive nature. It is commonly understood as behavior that disturbs or upsets, and it is characteristically repetitive. In the legal sense, it is behavior that appears to be disturbing or threatening. Sexual harassment refers to persistent and unwanted sexual advances, typically in the workplace, where the consequences of refusing are potentially very disadvantageous to the victim.

 同じような内容だが、英語では、特に「repetitive」や 「persistent」といった言葉が強調され、「繰り返し、持続的しつこい行為」となっている。

さて、日本でのハラスメントとしては、今年4月に起きたテレビ局の女性が財務省事務次官から受けた「セクハラ事件」が世間を騒がせた。国会議員なども巻き込んだセクハラ「#MeToo」運動も、世間で話題となった。しかし、今では、「そのようなことがあったのか?」と思うぐらい、影を潜めてしまったように思う。

世間というものは、日々起きる事件や事故、災害などの情報に追われ、その時、一定期間、それがどれ程重大な問題であったとしても、メディアなどの伝達がなくなれば、他人事となってしまう。そして、いつの間にか多くの場合、問題が解決しないまま、世間の意識から葬り去られてしまう。
 日本の「#MeToo」運動も、今、その過程を辿っているのだろうか?

しかし、どの問題も当事者にとっては、すぐに忘れられるものではない。長期にわたって、或いは一生涯苦しみ、辛さや悔しさなどの心の痛みを伴い、当事者でなければわからない苦悩を抱えて生きていくのだと思う。

私は30年以上もアメリカに住んでいるが、アメリカ企業に職を得たことがないため、上司や同僚からのハラスメントや職場における男性からセクハラを受けたことがない。しかし、異国に外国人として住み日々生活しているわけだから、それなりのいやな思いは数え切れないぐらいしている。
 それを「ハラスメント」と思うか、「人種差別」によるものと考えるかは難しい判断だ。

特に嫌な思いといえば、夫の大学の学部パーティでの出来事は、私を唖然とさせた。外国語学部であるから教授陣も外国人も多い。楽しいパーティだった。食事もポットラックで国際色豊かな料理を堪能していた。しかしその席で、スペイン語教授の夫であるアメリカ人男性が私に近づき、いきなり「君は、日本人だろ?日本が第二次大戦中アジア諸国で、特に中国でどれほどひどいことをしてきたか知っているか。僕はね、そんな酷い日本が、日本人が、原爆投下を受けたのは当然だと思っている」と言った。私は、この人は、今頃この場で、なぜ会ったばかりの私にこんなことを言うのか理解出来ず、反論もできないまま悔しさで呆然としていた。私の様子が変だと思った夫が近づいてきた。どうしたのかと聞くので説明すると、その男性は夫にも同じようなことを言った。

夫は、静かに話し始めた。「戦争というものは、多くの場合、その国の指導者によって引き起こされる。戦争に駆り出される男性も戦場においては正気の沙汰ではない。殺さなければ殺されるのが戦争ではないだろうか。広島や長崎の原爆で亡くなった多くの日本人は、国に残された女性、子供、老人たちだった。その人たちを大量殺戮化学兵器で虫けらのように殺したのは、アメリカ人ではないか」と言った。その男性は、夫に反論はできなかった。

もう随分前、近所のスーパーでの出来事だが、出来合いの「Bean Salad-豆サラダ」を買おうと思って、「Can I have a pound of Beans Salad?」とカウンター越しに女店員に頼んだ。
 ところが、その若い女性、ケラケラ笑いだした。そして、「BeanS Salad? Would you like to have BeanS salad?-hahaha」と言った。
 私は、なぜ笑われているのか見当もつかず、不思議な顔をした。すると、
「You mean BEAN salad, right?」
といってまた笑った。豆はたくさんあるのだから、「s」をつけただけで、なんでそんなに笑われなければならないか、と思った途端私の怒りはピークに達した。

私は、店員に向かって、
「Excuse me, lady! May I ask you whether you can speak any foreign languages? If so, can you speak that language without ANY mistakes? You must speak English perfectly, right? If you can, you can laugh at someone’s English! 失礼だけれど、あなた何かの外国語を話せるかどうか尋ねてもいい?そしてその外国語を一言の間違いなく話せる?英語だって、もちろん完璧に話せるのでしょうね?もしそれができるのだったら、外国人の英語を笑うのね!」とかなんとかいった。
 その店員は、びっくりして黙ってしまった。
「Thank you for correcting my English. Please give me BEAN salad—私の英語を直してくれてありがとう!BEAN saladをくださいね」と澄まし顔でいった。

Bean Salad (色々なBean Salad がある)

英語の間違いは日常茶飯事だが、話さないわけにはいかない。相手に通じればどうにかなるという「女は?度胸」の境地で暮らしているが、このスーパーでの女店員の態度は、忘れることのない嫌な思いの一つであった。店にクレームを入れることもできたが、反論できたので、それ以上は必要ないと思った。これがハラスメントか人種差別か、単に私の英語を馬鹿にしただけなのかわからない。しかし、私がもし白人だったら・・・、フランス語アクセントだったら、イタリア語アクセントだったら彼女は笑っただろうか?

私は日本では、企業で長く働いていたので、男性上司が私の肩に手を置いて話す、腰に手を回す、お尻をちょっと撫でるなどは数え切れないほどあった。言葉のハラスメントとして多かったのは、「いつ結婚するの?」が主流。「年齢が祝福であるうちに結婚しなさい(はぁ〜〜〜?)。まあ、60歳すぎるとこれもまた祝福の年齢だけどね」と言われたことは、今でも忘れない。どのようにこれらをかわしてきたか忘れてしまったが、男性主流社会の歪みの現れであることは間違いない。しかし、なぜこのような行動や言葉を仕事場で平然と言うのか?

さて、今年4月に起きた財務省の事務次官がテレビ局の女性記者にセクハラ発言をしたというニュースは、衝撃的だった。
 アメリカは、大統領自らがセクハラで訴えられているのだから、驚くほどのことではないかもしれない。しかし、日本の官僚は、「頭脳明晰、優秀、真面目、堅物、日本を管理し動かしている」というイメージがあった。強いて男性に特定すれば、「理想の男性、結婚相手としても望ましい」と考えていたが、自分の手に届かない別世界の人たちと思っていた分、尚更偶像化していたのかもしれない。

ところが、である。このテレビ局女性の告発によって、その理想像はガラガラと崩れ落ちてしまった。もちろん全ての官僚がそのようだとは露とも思っていない。しかし、日本の国家財政を統括する財務省事務次官が、まさか、まさか・・・、どこかの「セクハラおっさん」と全く同じではないか?

その上、後でわかったことだが、告発した女性(Aさんとしよう)を私たち家族が知っていたから、これもまた驚きだった。私はAさんの勇気に驚いた。告発の仕方には、録音したものを週刊誌に持ち込んだことで賛否両論があった。しかし、彼女の告発は、セクハラ問題より以上に、私たち世間一般の人が持っている官僚、それも事務次官という日本の超エリートの偶像を一瞬にして叩き砕いた。もちろん、1年も前から「モリ・カケ」問題で、日本の官僚が国会で答弁する内容を聞き、これらの官僚の人間性を疑問視するようになっていたので、このセクハラ問題も加わって、この国は本当に大丈夫なのだろうかと案じるようになっていた。

Aさんは、テレビ局の優秀な人材で、美しいばかりでなく仕事熱心であった。
経済部に移った時点では、きっと「良い仕事をしよう!メディアとして国民に的確な情報を伝えよう」と張り切っていたに違いない。

しかし、この財務次官は、Aさんを一人の記者とは見なさず、自分の地位と権力に擦り寄ってくる「綺麗な女の子」とぐらいにしか扱っていなかったのだろう。さっそく週刊誌を買って読んでみた。
 言語道断!「抱きしめていい?」「浮気しようね」「胸触っていい?」などはほんの一部だが、私が昔受けていたセクハラとは比べ物にならない。Aさんのインタヴューに答えていない。いったい、何をどうだから、この様な言葉を取材に来ている女性に言えるのだろうか?

状況設定がどうであれ、相手に対する誠意のかけらもない!上下関係はあるかもしれない。しかし、同じ大人、仕事を通じて会っているのだから、尊重すべきではないだろうか?人間として恥ずかしい!私だって、このような暴言を何度も浴びせられていたら、Aさんのように、自分の身を守るため会話を録音するだろう。
 彼女にとっては、事がこれほど大きくなるとは想像しなかったかもしれない。
しかし、彼女が日本の「セクハラ問題」に大きな一石を投じたことは間違いない。

はて?私は妻として、もし自分の夫があのようなセクハラをしていたら・・・、もし国会で誠意のない答弁をしていたら・・・、一緒に暮らしていけるだろうか。子供たちは、自分の父親の言動をどう思うだろうか?人として尊重できなければ、一つ屋根の下では暮らしていけない。

昨年、伊藤詩織さんが元TBSワシントン支局長から強姦された事件も、日本では問題の解決を見ないままもみ消されてしまったように思う。しかしそのような中、彼女は日本国内ではなく、海外で日本の強姦、性犯罪事件について発言している。驚いたことに、英国放送のBBCが、伊藤さんの事件の日本での対応に興味を持ち取材し、6月28日に放送したようだ。
 内容は、「Japan's Secret Shame(日本の秘められた恥)」とし、約1時間に及ぶドキュメンタリー番組だった。本人のほか、支援と批判の双方の意見を取り上げながら、日本の司法や警察、政府の対応などの問題に深く切り込んだ」と、書いてあった。

彼女は、海外でも日本のセクハラ事情についてインタヴューを受け、発言しているようだ。私は、彼女の勇気とジャーナリストとしての姿勢に感嘆した。応援したいと思い、彼女の著書「Black Box」を買った。誰かが声を上げなければ、社会は変わらない。

伊藤詩織著「Black Box」

女性たちも少しずつ声を上げ始めている。6月20日、早稲田大学の教授が大学院女性にセクハラを行っていたというニュースが流れた。被害者は指導教官から食事に誘われ、「おれの女になれ」と言われたとか。過度の愛情表現をしたことは認めているとのことだ。
 大学教授と学生の間には、圧倒的な権力の差がある。冗談であっても学生を追い詰めたり、性的発言をすれば「ハラスメント」に抵触する可能性がある。

アメリカでは、「#MeToo」運動はいまだに衰えることなく、女性たちは、長い間我慢してきた沈黙を打ち破るが如く立ち上がっている。抑圧と恐怖で何も言えなかった女性たちは、大統領、映画監督、議員、テレビ業界まで様々な業種の権力のある男性を告発している。
 私は、長い間見てきたNBCテレビの司会者Matt Lauerが、女性同業者に長い間「セクハラ」「パワハラ」を繰り返しおこなっていたと知り、驚いた。
 あの優しそうな紳士が・・・、人は見かけではわからないものだ。


ハラスメント②に続く

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