ケアンズ通信

4. ヨガのある暮らし

世界的にヨガブームのようだ。どこの街に行ってもヨガスクールは有るし、都会ではスーツ姿でヨガマットを抱えて颯爽と歩くキャリアウーマンを見かけることもある。私が暮らすケアンズは年中半袖で過ごせる気候だからか、戸外でヨガをしている人も珍しくない。翻訳を仕事にしている方の中にも、ヨガが趣味という方は多いと思う。長時間座ったままの仕事で肩こりは万年病、翻訳作業には高い集中力も求められる。ストレッチとメディテーションを一緒に行えるヨガは、翻訳者にとって最適なエクササイズだ。

かくゆう私もヨガには大いに助けてもらっているが、ヨガとの出会いは全くの偶然だった。今回は私の個人的なヨガ話をさせて頂こうと思う。

15年前の12月、メルボルン到着後に3か月通った英語学校を終了し、翌2月に通訳・翻訳コースが始まるのを待っていた私は、時間を持て余していた。短期間のアルバイトを探す英語力も無く、留学生仲間はクリスマスで国に帰ってしまい遊ぶ相手もいなかった。旅行するような経済的余裕も無い。2か月間何をして過ごそう・・・。毎日当てもなく街をぶらついていた時に、目に入ってきたのがYoga Arts Academyという小さな看板だった。その看板を見て突然ひらめいた。「そうだ、この暇な2か月間にヨガを習ってヨガの先生になろう!ヨガの先生の時給はウエイトレスの時給よりも良いに違いない!私って賢いんじゃない?」。それまでの私のヨガ経験は、田舎の公民館で50代のおばちゃん先生のクラスに1度参加したことがあるだけ。前屈床上15センチの身体の硬さを誇っていたのに「2か月でヨガの先生になる」という発想は一体どこから来たのか?今となっては本人にもわからない。

ヨガスクールの看板を見かけても、今であれば、まずはネットでプログラムや値段をチェックし、他の学校とも比較をしてから教室を訪ねると思うが、「ヨガの先生になる」という思いつきに興奮した私は、古びたビルの2階にある教室へ何の迷いもなく入っていった。ちょうどクラスが終わったばかりで、生徒達が部屋を出て行くところだった。先生と思しきカーリーヘアの女性を見つけた私は「先生になりたいんだけど、何回クラスを受ければよい?これから2か月間、毎日来れるんだけど」と一気にまくし立てた。彼女は大きな目を更に見開いて、それからゆっくりと「これまでヨガはどれくらいやったことが有るの?」と尋ねた。「2回」私は無意味な見栄を張ってみた。彼女はにっこりと笑って、「それなら、まずは週に2回から3回来てみたら?」と言った。私は「今は毎日来れるし、毎日来たいの。先生になりたいのよ」と食い下がったが、「身体が順応するかどうか見てから、回数を増やしたほうがよいわよ」と言う彼女のアドバイスにとりあえず頷ずくしかなかった。

「2か月でヨガの先生になる」計画は、翌日参加した初めてのクラスで木っ端みじんと砕け散った。体が硬いだけではなく、言われたように呼吸をすることすらできないのだ。毎日通うと意気込んでいたのに、次の日には筋肉痛で動けなかった。先生に言われた通り、週に2回か3回が限界だった。当初の野望は消えてしまったが、ヨガのクラスは楽しかった。Yoga Arts Academyで教えられるヨガは、元バレエダンサーのヘッドティーチャーが創り出した独特のスタイルで、呼吸法に重点をおき、エネルギーの流れを大切にし、一つ一つのポーズがバレエのように途切れることなく続いていく。やっていて、とても気持ちが良かった。クラスの間は当時常に付きまとっていた英語をうまく話せないコンプレックスや、将来に対する不安を忘れる事が出来た。天井の高い教室には窓から柔らかい日が注ぎ込み、奥にはステンドグラスが有って、その前で先生が私達にポーズを見せる時、先生の引き締まった肢体はステンドグラスからの光を帯びて神々しく、別世界にいるような錯覚に陥った。 私はすっかりヨガの、そしてYoga Arts Academyのとりこになってしまった。

今から11年前、Yoga Arts Academyがケアンズでワークショップを行った時の写真。

当時メルボルンにはいくつものヨガスクールがあり、ヨガのスタイルもアシュタンガヨガ、アイアンガーヨガ、ホットヨガ、ハタヨガ等それぞれに違った。浮気心を出して、他のヨガスクールにもいくつか行ってみた。すごいスピードでポーズを繰り返す軍隊訓練のような所も有ったし、生徒同士ペアになってポーズを点検し合うクラスも有った。知らない人とペアになるのも、競争のようにポーズを行うのも苦手だった。そして先生の質にも学校によって大きく違いが有ることもわかった。偶然足を踏み入れた学校だったが、Yoga Arts Academyが一番自分に合っていると確信した。

2年半ほど週に3回、60分から90分のカジュアルクラスに通った後、もっと本格的に習いたいと、毎朝6時から7時半まで生徒15人くらいに4、5人の先生がについて教えてくれるPersonal tuitionのクラスを受けることにした。ポーズには一連の流れがあって、各自それを覚えてポーズを行い、先生が直してくれる。6時のクラスに参加するには5時に起きなければならなかったが、全く苦にならず、当時私は週に5日間、クラスを受けてからオフィスでの翻訳の仕事に通っていた。

スクールの他の生徒や先生達とも次第に仲良くなっていった。ビザの関係でメルボルンを離れなければならなくなった時、Yoga Arts Academyを離れるのはとても辛かった。若い男の先生の一人が「ミホがここで結婚すれば(配偶者ビザを貰えるので)メルボルンに残れる。自分がミホの結婚相手を探す」と他の先生たちに言っていたと後年になって聞いた。(彼がもう少し頑張って本当に誰か探してくれていれば、あるいは自分自身が生贄になってくれていたら、今頃私はメルボルンで幸せなワイフになっていたかもしれないのに、と彼を恨むのは筋違い?)

ケアンズに引っ越してきてからもいくつかヨガスクールに通ったが、Yoga Arts Academyでのようにヨガを楽しむことが出来ず、スクールに通うのを辞めてしまった。自分一人で練習することも出来るのにその根性は無く、みるみる体重が増え、ストレスもたまり、そんな自分を嫌いになっていった。

それから数年、起業したり、パートナーと別れたり、ジェットコースターのような毎日を送っていた私に、Yoga Arts Academyの先生で、独立してThe Yoga Rajという学校を開いていたヤトレンから連絡があった。「オンラインクラスを始めることにした。ミホもまた一緒にヨガを出来るよ」。

オンラインクラスの生徒の一人、ソールのバックグラウンドからは美しい鳥の歌声が聞こえてきて、いつも心を和ませてくれる。

現在私は週に3日、4、5人の仲間と共にオンラインでヤトレンからPersonal tuitionを受けている。教室は自宅のリビングルーム。朝5時半にコンピューターにログインすると、画面の向こうにはヤトレンと他の生徒達が映っている。生徒が住んでいるのはブリスベン、メルボルン、ケアンズとバラバラで、旅行や出張で海外から参加ということもある。オンラインではポーズを直してもらうことは難しいのではと思っっていたが、呼吸ができてなくても伝わってしまう。何らかの事情でインターネットが使えない時以外、オンラインクラスでの不都合はない。ヨガが私の生活に戻ってきてから、体重が落ち、体調も良くなった。辛いことや悲しいことが有っても、ヨガマットの上に座り、コンピューターの向こうには私の弱さもダメな所も全て受け入れてくれるヤトレンが座っているのを見ると、心が柔らかくなる気がする。メルボルン時代、ヤトレンはクラスでよくこう言っていた。「隣の人と比べるな、昨日の自分と比べるな、今の自分を受け入れよ」。15年前に比べると年を取った分、体力も落ち、新しいポーズを習得するにも時間がかかるようになってきた。寂しいとは思うが、それを受け入れることもヨガをやっている意味だろうと思う。ヨガはずっと私の味方だ。ヤトレンのクラスに居ると、そう思える。

メルボルンのYoga Arts Academyは現在場所を移し、私が習っていた先生達もそれぞれ独立してオーストラリア国内、国外でヨガを教えている。ヘッドティーチャーが話してくれたことを今でも時々思い出す。「心の中には鏡が有って、本当の自分の姿を映し出しているんだ。でもその鏡が曇っていたら自分の姿をよく見えないでしょ?ヨガはね、心の鏡を磨く道具の一つなんだよ」。良い道具に出会えて良かった。心からそう思う。そして「本物」の道具と出会えたのは、Yoga Arts AcademyとThe Yoga Rajのおかげだと感謝している。

The Yoga Raj のオンラインクラスはただ今生徒募集。英語の勉強にもなりますよ。ご興味の有る方はぜひ!

前屈床上15センチだった私も、少しは身体が柔らかくなった。

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