パリ狂日本へ帰る

第2回 野苺(その1)

カール・ラーション展のカタログと絵葉書『あしたはクリスマス・イヴ』

晩秋のある午後、友人の宜子さんに誘われて《カール・ラーション展》を訪れた。
 カール・ラーションは国立美術館の壁画を描くなど20世紀初頭のスウェーデンを代表する国民的画家だが、展覧会の副題「暮らしを芸術に変えた画家」にあるように、日常のシーンを描いた作品や画集、実際に使っていた家具調度などを紹介する企画であり、主婦としての私の興味を大いに引くものでもあった。
 彼らの「生活」の中で、妻であるカーリンの役割はとても大きい。彼女は、日常生活を心から楽しみ、また夫やたくさんの子供たちとともに、豊かな田園の家庭生活を彩っていったのだ。生きることそのものが一つ一つ“芸術作品”に繋がっていくことの醍醐味。それを感じさせる作品は、着る物のみならず、食器やクロス、クッションなどの生活雑貨、そして壁紙に至るまで私の目を楽しませてくれた。
 カーリンが織ったベッドカバーなどは、百年以上も前のデザインであるにもかかわらず、現代の生活に置かれても何ら違和感はなく、まさにスウェーデンの現代デザインの基となったのだと思った。
 もっとも、《カーリン&カール・ラーション友の会》代表である宜子さんによれば、カーリンのデザインは、当時のスウェーデンの女性たちにとっては斬新すぎたようで、「誰でも真似して構わないから」と宣言していた織物なども、なかなか広まることはなかったらしいが。

私が結婚して(40数年も前!!)、自分たちの生活空間を作り上げていく中で、北欧の物をいくつか取り入れたことが懐かしく思い出される。
 結婚祝いにと友人がプレゼントしてくれたコスタボーダのガラス皿だが、その柄がとても気に入って、その後、2セットも買い足してしまった。アラビア(これはフィンランドだけれど)の食器の図柄にも、カーリンのデザインに通じるものがあった。

今夜は10人の夕食。延長テーブル2枚。

そして、パリで生活を始める時にまず最初に買ったのも、フランスの“由緒正しき”テーブルではなくて、スウェーデンの“シンプルな”オーク材の食卓だったのだ。若い夫婦にはちょっと値が張ったけれど、楕円形のフォルムもすっきり美しく、私たちは、“清水の舞台から”という感じで購入した。
 卓の下に入れ子になって、2枚の延長板が収納されているこのテーブルは、スウェーデン的(?)合理性があり、嬉しい。フランスや英国の素敵な食卓は、延長できない物も多く、またできるとしても、延長板を物置にしまっておかなければならなかったのだから!  私たちのこのテーブルは、今も、食事の人数によって広げたり縮めたり、大活躍である。

さて、スウェーデンの家具調度を“それなりに”愛する私ではあったが、スウェーデンという国のことはほとんど知らなかった。長年欧州に暮らしたので、グラビア雑誌に時折登場する王室の方々の写真を眺めながら、漠然と、自由で明るいスカンジナビアの水の豊かな美しい国…という程度の知識。実体験としてのスウェーデンはほとんどなかった。
 実は、ロンドン時代に、仕事がらみでストックホルムへ出かけたことがあるにはあるが…。
 それは、12月も押し迫った日のことで、たまたまロンドンを発つ飛行機の不具合で出発が大幅に遅れたために、私は極夜のストックホルムへ降り立つことになり、しかも翌日の早朝には予定通りロンドンへ戻る、という過酷なスケジュール。
 スウェーデン式の「皆で歌を歌いながらクリスマスの食事をする」という“仕事”をこなした後5時間ほど眠ったのが美しくライトアップされた王宮の前に位置するホテルだった、というだけの“哀れな”体験だった。

王宮

そんなこんなで、国際俳句交流協会から初夏のスウェーデン旅行の計画を聞いた時には、一も二もなく飛びついた。
 日本とスウェーデンの国交樹立150年を記念して、両国で様々なイベントが企画されたようだが、俳句の世界でも両国の交流をさらに深めよう、ということだ。
 数年前まで駐日スウェーデン大使を務めていらしたラーシュ・ヴァリエ氏のご尽力も多々あり、日本側としては有馬朗人氏を団長、西村和子氏を句会コーディネーターとしての素敵な俳句旅行が計画された。

“古巣”パリも美しい美しい青空

6月24日、数日前から過ごしていた“古巣”のパリを一人旅立ち、日本からのご一行に合流すべくストックホルムのアーランダ空港に降り立ったのは夕方6時過ぎだったが、夏至を過ぎたばかりの北欧は、まだ“午後の太陽”がさんさんと降り注ぐ、気持ちの良い夏の日だ。 6月の欧州、大好き!

もっとも、ほとんど“一人旅”をしたことのない私は、言葉も通じない国で、街へはすんなりと行けるだろうか…と内心ドキドキしていたのだが、そこは、人生ン十年の貫禄。というか図々しさ、妙に欧州慣れした私の性格もあって、上手に案内表示を見つけると、「いつも来てるのよ」という顔をして券売機まで来て、10分後には空港と市内をつなぐ電車に乗り込んでいた。(つづく)

空港からストックホルムへ向かう電車の車窓

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