パリ狂日本へ帰る

第5回 家事

ある日の夫との会話
「で、スカパンはちゃんと仕事した?」
「告げ口するわけじゃないけど、奴、君が出て行った後すぐに家に帰っていたよ」

エレクトロラックスというスウェーデンのメーカーの掃除機を、私は30年近く使っていた。性能に定評があり、当時めずらしく、ソファやベッド、毛布などの埃をとるための特別のノズルも別にあり、日本製とは一味違う家電に、フランス帰りの私は魅了され、購入したのだった。
 それは、どこか壊れたというわけではなく、ゴミを吸い込む能力がひどく衰えた、というわけでもなかった。ただ、重たいというところだけが難点ではあった。

《スカパン》廊下のすみの‘家’で

もう私も決して若くない。掃除機をかけるのにくたびれていたのでは、その他の家事に手が回らなくなってしまう。
 二年前に本帰国した時、買い替えを考えた。
 二三の友人に、どこの製品を選べばいいかと相談すると、異口同音に「ロボットに決まってるじゃない!」という返事が戻った。

そして、我が家に、スカパンがやって来た。
 いや、正確に言うと、やって来たお掃除ロボットに、夫が命名したのである。
 直径40センチにも満たない、厚さは8センチほどの円盤状のロボットは、ボタンを押されると「ピポー」と返事し、その後「ガーガー」と言いながら我が家の床の上をあちらこちらへと動き始めた。
 その掃除姿は結構地道で、まっすぐ行ったかと思えばすぐに引き返し、斜めに進むかと思えばまた鋭角に切り返し、、、丁寧に丁寧に床の上を繰り返しなぞるのがとてもよろしい。しばらくの間、私たちはその動きに見入ってしまった。
 以前のエレクトロラックス製のも相当に大きな音がしていたが、このロボットも小さな体の割にはそれなりにうるさいので、私たちは、‘お騒がせな奴’という意味を込めて、モリエールの喜劇の主人公の名前《スカパン》を頂戴したのだった。
 彼のおかげで、私は「掃除機をかける」という家事から解放された。

パリの家電店。いろいろなメーカーの食洗機がずらり

家事を機械に任せる、ということに対して、私には偏見がない。考えてみれば、食洗機を使い始めたのも、40年も昔、パリでのことだった。
 当時のパリ(正確には1978年です)は、誰も信じないかもしれないが、冷凍庫付き冷蔵庫を探すのは大変難しいことだった。
 食材は、毎日どこかに立つマルシェでこまめに買うのがフランス女(男も!?)の常であり、気候の面からしても「冷凍庫に物を保管する」などという発想は持ち合わせていなかったのだ。そのせいで市場に出回るのは自ずと遅くなったに違いない。
 でも、食洗機は当たり前のように、家電ショップに並んでいた。私は、ドイツの三番手(最大手でないから多少安かった)の優れものを買って、パリの台所に設置した。
 来客も多く、子供たちも生まれる中で、食器を洗ってくれる機械は、とてもありがたい私の味方だったが、日本の友人たちとの手紙のやり取りでそれに触れることは全くなかった。

何年か前の下町のマルシェ

日本から出産の手伝いに来てくれた母は、もちまえの潔癖症もあり、「ちゃんと洗ってくれるのかしら」と非難するような口ぶりで、機械を使わずに手で食器を洗ってくれたが…。
「あなたたちの世代は洗濯機を改良したのだから、食器だって洗ってもらえるんだ、と想像してほしい!」私はそう思いながら、「そういえば、二槽式から全自動洗濯機にすることに随分抵抗していたわね」と、母の頑固さ(!)を心の中で笑っていた。

食洗機も、長年愛用のドイツ製が壊れ、今度は日本製!

6年後に帰国して、日本で食洗機を探すのは、それこそ、‘パリの冷凍庫’くらい難しかったが、私が愛用したドイツ三番手もまた日本向けに輸出を始めていて、私は狂喜した。でも、そんなこんなのエピソードは、当時は誰にも話すことなく、相談することもなかった。

去年、立て続けに孫が二人生まれた。
 新生児の子育てを間近に見る、そして多少は手伝う機会に恵まれ、紙おむつの普及振りにも目を見張っている。

その昔、私がパリで子育てを始めた時に、食洗機よりももっと話題にできなかった‘紙おむつ’、である。

去年生まれた孫のひとり。寝落ち寸前に無理矢理(?)離乳食を食べさせる。 (たくさん食べているとご機嫌よく寝てくれる)

当時、日本ではまだまだ紙おむつの存在は薄く、高価だったこともあるのだろうが、「おむつは布に決まっている。そんなものにするから子供がちゃんと育たないのだ」なんて言う人たちもいたらしい。パリで一人で‘勝手気ままにフランス式に’子育てができることを、本当に嬉しく思っていた自分を懐かしく思い出した。
 そういえば、私の後にパリで出産したTさんには、日本のご実家からどどーんと晒で作ったおしめが送られてきて、ちょっぴり嘆きながら、パリのアパルトマンの部屋に、洗ったおしめをぶら下げていたっけ。

世の中変わった。
 人々の生活が変化し、それが定着していくのにどの程度の時間を必要とするのか、実際にはよく分からない。
 とかく、「日本人は変化を好まない」だとか「古い因習にとらわれすぎる」だとか言われているが、それでも、私は、「人や社会は少しずつ変わっていくのだ」と思っている。
 生活の中のひとつひとつは、取るに足らない出来事の連続だけれど、そこにちょっとした変化を見出して、人々の意識がゆるやかに変わっていくのを感じると、肩からすーっと力が抜ける。

余った時間は、自分の手とか頭とかを使わなければできない、大切なことに回そうっと!

アルバム80年代初頭のパリ。家に駐在員仲間を呼んでよく飲み食いしていた。

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