コーヒーブレイクde翻訳
出版翻訳や、翻訳道場を始めとする翻訳指導など、日々の業務で感じたことをつづっています。
越前先生への質問(15/10/24)

拝啓 越前敏弥先生



12月12日に洋書の森で開催される「ウィークエンドスキルアップ講座」で、翻訳に対する心構え等をお話してくださること、とても嬉しく楽しみに思っております。『ダ・ヴィンチ・コード』の訳者として、また広くご活躍される翻訳家として、お名前だけは存じ上げておりましたが、ご本人様とお目にかかる機会を得られようとは、夢にも思いませんでした。

セミナーでお話を伺う予習として、『翻訳辞典 2016年度版』(アルク)の巻頭インタビューを読みました。その中から、いくつか質問をさせていただきたく思います。

1.修業時代に、訳文研究として恩師の田村義進さんと東江一紀さんの訳文を読んだとおっしゃいます。まず田村さんと東江さんの訳文を素晴らしいと思われた要因は何でしょうか。日本語として自然であるかどうかを第一に考える訳文だと書かれていますが、具体的にあげていただけますでしょうか。

2.訳文研究では、具体的に何をなさるのでしょうか。原書と訳文を突き合わせて、こういう訳し方でもいいのだ、と思ってそれをメモし、自分の訳に生かすのでしょうか。また逆に、この訳は好きではない、と思うこともあるのでしょうか。

3.翻訳一本で食べていくには大きな(売れる)仕事がコンスタントにはいってくることが必要ですが、そうでない場合には(塾講師、産業翻訳、その他との)兼業になります。一般的にはそういう人の方が多く、ともすれば現状維持で、なんとなく「翻訳業」を続けていきます。そのような状況を打破して文芸翻訳に限定した仕事を得るには、何が必要でしょうか。自分でできることはあるのでしょうか。これは、先生のおっしゃる「翻訳という仕事の目的は何か、自分なりの答えを見つけてほしい」と関連するでしょうか。

4.先生の翻訳の方針は、「日本語として自然な文章に仕上げること」であり、「易しくしすぎてもいけない」、「原文の持つ歯ごたえもちゃんと残」す、とあります。易しくすることと、歯ごたえを残すことの境目は、何を基準に判断するのでしょうか。

5.(これは感想です)「完璧に訳すということはできなくて、自分が読みとった解釈を、自分の判断で反映させるしかない」――わたしも同様に考えます。実際に、訳者によって訳文が異なり、場合によっては受ける印象まで違ってしまうことがありますから、これは仕方のないことなのだろう、と思います。とはいえ、自分に引き寄せすぎて、誤った解釈をしてしまうのではないか、という恐れもあります。おそらく経験を積んで、力を蓄えてこその「自分の判断」なのでしょう。いつか堂々とそのように言えるようになりたいと思います。

以上、思いついたままを書いてみました。ぜひご教示くださいますようお願い申し上げます。それではセミナー準備のためのミーティングでお目にかかります。

敬具

洋書の森ボランティアスタッフ、斎藤静代

クリスチャンの友人が「面白いからぜひ!」と勧めてくれた『ダ・ヴィンチ・コード』。ハラハラドキドキの展開に濃い内容。すごい売れ行きでした。

このサイトは翻訳学校サン・フレア アカデミーの運営です。

PAGETOP