コーヒーブレイクde翻訳
出版翻訳や、翻訳道場を始めとする翻訳指導など、日々の業務で感じたことをつづっています。
アナログ的仕事のやり方(16/03/08)
2月末に、80歳を過ぎた恩師を囲むランチ会がありました。翻訳やプロモーションの指導を直接受けた「弟子」たちや出版界の知り合いなどが集い、同窓会気分のにぎやかな集まりになりました。

わたしがこの先生の指導を受け始めたのは17年前で、具体的な出版の基本を叩き込まれました。その中で特に印象に残っているのが、「編集者に会う機会をたくさん作れ」。一度でも名刺交換したなら、時候のあいさつを含め、ちょくちょく連絡をとって、たまたま近くまで来ました、でもいいから、会いに行け、というもの。当時は生活の中で家事の比重が高かったので、これはかなり厳しい話でした。それでも何とか時間を作って勇気を振り絞って初めてお世話になった編集者のところに出かけていき、結局は場が白けて早々に退散した、ということがありました。こんな本が好きだ、あれは主人公が……と語ることができなかったのが悪かったのだと思います。他にも、あまりに無知であきれられたり、あまりに素直すぎて相手の機嫌を損ねた(と感じてしまった)りしたこともあったなあ。中には話を聞いてくれる編集者もいて、その方とは波長が合ったのでしょう、何度か訪ねてリーディングの仕事をいただいて、ありがたいことに楽しい本の出版に至りました。

恩師が教えてくれた仕事のやり方は、平成のデジタル時代にはそぐわない、と当時は思っていました。でも顔を見て話す場を作って、自分のことを知ってもらい、相手のことも知る。本の仕事に限らず、仕事は人と人とのつながりの中で生まれるのですから、アナログ的に編集者と会うことは、いつの時代も必要なことなのでしょう。メールだけでつながるのではなく、せめて電話で話し、できれば会って話す機会を作るべきなのだと思います。

人とのつながりは、実際の仕事でも大切です。12月に出版された『千の顔をもつ英雄』の仕事では、編集者や校正者の手がはいったゲラが2回送られてきました。そのたびに様々な「提案」(誤訳では?とか、こんな表現の方がいいのでは?とか)を検討して、頭を下げながら受け入れたり、頭を傾げながら受け入れなかったりしました。受け入れない理由を記すこともありました。この作業、けっこう好きです。まるで会話しているようなものですからね。もし、そういう手順がなくて、原稿を送って、何か月後かにいきなり出版された本が送られてきたら、そして自分の訳が大きく変わっていたら、どんなに空しいでしょう。編集者や校正者とのやりとりを含めて、翻訳出版です。今のところ、どの編集者もそういうやり方で、ときに厳しくつきあってくれました。感謝です。

翻訳者は仕事場にこもって仕事をすることが多いけれど、仕事の向こう側には編集者や校正者、読者といった「人」が大勢います。ときに先人の知恵、アナログ的なやり方に助けてもらって、相手を納得させられる仕事、自分でも納得できる仕事をしたいと思います。

災いを代りに引き受けてくれるというお雛様。今年も無事にお務めを果たされ、仕舞われました。

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