コーヒーブレイクde翻訳
出版翻訳や、翻訳道場を始めとする翻訳指導など、日々の業務で感じたことをつづっています。
柱になること(17/05/16)
来週25日、友人の奥様のリサイタルに出かけます。彼女はピアニスト。大学を卒業してすぐに二人は結婚しましたが、彼女は修行を続けてピアニストとしてデビューし、彼の海外転勤にも同行して、転勤先でもピアニストとして活動しました。その間に子育てをし、多忙な夫を支え、後進の指導にもあたって、今に至っています。何とエネルギッシュな人でしょう。


最初に会って話をしたのがいつなのか、30年以上も前のことなので記憶はあいまいですが、初めて彼女の演奏を聴いたときのことは忘れません。それは東京文化会館でのこと。舞台で彼女が演奏を始めてまもなく、突然音が消えました。ピアノの弦が切れてしまったのです。スタッフの人たちが舞台に入ってきて作業を始め、アナウンスがあって、会場も少々ざわつきました。こんなことがあるなんて思いもよらず、どんなに動揺していることだろう、と心配していました。

ところがしばらくして再開されたとき、彼女は何事もなかったかのように、堂々と舞台の真ん中に進み出て、演奏を始めました。そして見事なパーフォーマンスにわたしたちは魅了されました。終わったとき、これがプロなんだ、と感心したことを覚えています。同年代で肝の据わったプロにあこがれも感じました。

洋書の森の10周年記念で講演してくださった河野万里子さんの『青い目の人形物語II』 を読み終わりました。10歳の女の子が主人公の翻訳児童書ですが、その女の子が「一本筋を通して」よく頑張ったと評価される場面があります。女性が前に出ることをよく思わない人たちが多い日本の戦前の物語で、そういう意味では変わった子です。しかし「一本筋を通し」たことで周囲が理解し、彼女自身も自信を持つようになり、結果としてハッピーエンドを迎えます。

一本筋を通すという言葉が出てきたとき、「芯が通っている」という表現を連想して、ピアニストの彼女を思いました。彼女にとって「ピアノが好き」というのは大事な芯、人生の柱なんですね。それがあるから弦が切れたときも、内心動揺したとしても、気持ちを立て直すことができたのだろうし、だんなさんの転勤先でもぶれることなくピアニストとして活動できたのではないかと思います。

わたしの柱は何かと考えると、あれもこれも、と思い浮かべるのですが、その中の一本が「翻訳が好き」。なかなかプロモーションが通らなくても、何かアクションを起こそうとしている。失敗すれば落ち込むけれど、しばらくするとまた起き上がっている。厳しい道だとわかっていても、進むのをやめようかと思っても、翌日には元の道に戻っている。彼女ほどでなくても、ささやかに柱を立てています。

戦前の日本を舞台にした物語。英語からの翻訳ですが、全然翻訳臭がありません。まるで日本の作家が書いたかのよう。

このサイトは翻訳学校サン・フレア アカデミーの運営です。

PAGETOP