コーヒーブレイクde翻訳
出版翻訳や、翻訳道場を始めとする翻訳指導など、日々の業務で感じたことをつづっています。
それぞれの翻訳(17/07/28)
先日、柴田元幸先生が責任編集を務める『MONKEY vol.12』を読みました。特集が「翻訳は嫌い?」という衝撃的なコピー。

その中の「翻訳講座 村上春樹+柴田元幸 本当の翻訳の話をしよう」で紹介された、二人の訳文の比較。これが面白い。同じ原文がこうも違った訳文になるのか、と目を見張りました。目を見張る、つまり一目で違いがわかるんです。長さが違う。

たとえば、
(P.51)He didn’t say any more but…
(柴田訳)父はそれ以上何も言わなかったが、
(村上訳)父はそれ以上の細かい説明をしてくれなかったけれど、

(P.54)I was unjustly accused of being a politician,
(柴田訳)不当にも「策士」と非難されるに至った。
(村上訳)食えないやつだといういわれのない非難を浴びることになった。

一目で長さが違うことがわかりますね。この「翻訳講座」は二人の対談で、どうしてそのように訳したか、互いの訳をどう思うかなど、率直な意見を披露しています。村上さんは:

「…ある段階で英語を隠して、日本語を自分の文章だと思って直していくんです。固い言葉があると少しずつ開いていく。だからどうしても柴田さんの訳より、僕のほうが長くなっちゃう。」(P.52)
「僕は正確な言葉より、ちょっと文章としていいなと思ったらそっちの言葉の方に行っちゃう傾向があるね。柴田さんはやっぱり先生だから、どうしても正確な方を選ぶ傾向がありますよね。」(P.56)

と言っています。これで説明がつきます。翻訳との向き合い方が違うので、それが文に反映され、長さに反映されるんですね。村上さんの訳はやっぱり「村上春樹」だ、と思いません? 柴田先生は芯が「教育者」で、村上さんは芯が「作家」。どちらの訳が好きかは、人それぞれです。

人それぞれで思い出しました。ハリー・ポッターシリーズの翻訳者、松岡佑子さん。その翻訳については、ネット上であれこれ批判されています。とはいえ、原作の力が強いので、物語としては面白く読めます。松岡さんは元々通訳者で、紆余曲折があってこのシリーズの翻訳者になりました。もしかしたら原文を読みつつ頭の中で同時通訳していたんじゃないかしら。それをそのまま文字にしたら、ああいう翻訳になった。松岡さんが原作から受けたイメージがあの翻訳になった、と考えると、松岡版ハリー・ポッターに過ぎないとも言えます。誰か他の人が新訳を出せば、また違ったハリー・ポッターになるかもしれません。

柴田先生の訳、村上さんの訳、松岡さんの訳、いずれの場合も翻訳者の顔が見えます。責任、重いですねえ、改めて身震いしています。

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