コーヒーブレイクde翻訳
出版翻訳や、翻訳道場を始めとする翻訳指導など、日々の業務で感じたことをつづっています。
カタカナの言葉(17/09/27)
当添削講座の評伝編に、こんな原文が出てきます。

A little story… was at the root of the trouble.

要するに、ある物語がトラブルのもとになった、ということですが、この最後の単語the trouble、「トラブル」と訳していいかどうか。試訳では「トラブル」としていますが、訳語を決めるにあたって、とても迷いました。

今朝(9月27日)の朝日新聞に、小池都知事がドイツ語の「アウフヘーベン」という言葉をよく使うという記事が出ていました。ヘーゲル弁証法の基本概念のひとつだそうですが、ドイツ人にとってはふだんから使う日常語で、「持ち上げる」を意味するそうです。でもカタカナにして政治家が使うと、何かとても大事な概念のような気がしてきます。昔(と言っても、わたしよりずっとずっと上の年代)の男子学生がかわいい女の子を見て、「おお、メッツェン!」と言ったという話もあります。大学へ進学できる人がほんの一握りだった時代には「さすが、知識人!」ですみますが、今それをやったら、思いきり引きますね。

中学生の頃だったか、クラスの友人から「あの男子はフェミニストだよね」と同意を求められて、「フェミニスト」って何? と面喰いました。その言葉を知らなかったわたしには、友人が都会人に見えたものです。

東京外国語大学に入学した当初、外国語があふれる環境に身をおいたことが嬉しくて浮かれていました。先輩たちが「コンジョフル」「コンジョレス」(「根性」に接尾辞-fulや-lessをつけた造語)と言えばかっこいい、と思い、美術館や博物館では、英語の説明文の方がわかりやすい、などとうそぶきました。「コンジョフル」はご愛嬌としても、恥ずかしい話……。また英語の講読では、日本語に訳すよりそのまま理解した方が楽だ、と思ったり、この英単語、日本語にはしにくいんだよね、と自分の出来の悪さを棚にあげて愚かなことを言ったり。当時にタイムスリップできるなら、あんた、あとで翻訳を仕事にするんだよ、日本語を大事にしなさいよ、と説教したい……。

冒頭の「トラブルのもと」に戻ります。カタカナ語ではない表現にするとしたら、「問題のもと」?「事件のもと」?「困難な事態なもと」? どれもしっくりきません。「~のもと」を使おうとすると、「トラブル」にするしかないのでしょう。手元の国語辞典(岩波国語辞典、明鏡)では「トラブル」で項目がたっていますから、「トラブルのもと」は日本語としてOKと言えます。どうしても「トラブル」を避けたいなら、「(主語)のせいで、たいへんな事態が起きてしまった」とすれば収まりますが、いまいちな感じも。

コンピューターや経済、スポーツなど特定の分野では、日本語に置き換えることの難しい表現が多くあります。そういう分野の翻訳では、その分野で通用するカタカナ語を使いますが、一般的な文芸書では、広く誰もが知っている言葉以外はカタカナ語を避けて、できるだけ自然な日本語に訳したいと思います。そのあたりの勘、ふだんから新聞や雑誌、書籍を読んで、みがきたいところ。

昔の翻訳者がどんなに苦労したかわかる本。「翻訳百年」は外語の独立百年を記念して行われた公開講座をまとめたものです。

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