コーヒーブレイクde翻訳
出版翻訳や、翻訳道場を始めとする翻訳指導など、日々の業務で感じたことをつづっています。
2019年は英訳で始まった(19/01/14)
松がとれ、お正月気分が消えて、「普段の生活」がスタートしました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

今年の翻訳は、1月20日の日英翻訳教室に向けての予習から始まりました。

『日英翻訳教室 青山ブックセンター編』
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短篇集『さがしもの』(角田光代、新潮文庫)の表題作の一部を英訳して検討する勉強会です。昨年6月の短篇集『遠くの声に耳を澄ませて』(宮下奈都、新潮文庫)を使った英訳教室に続く2回目。

『さがしもの』は一見易しそうに見える作品で、普通に読めば、何ということなく理解でき楽しめます。でも英訳するとなると、深く考えなければなりません。その日本語が何を言おうとしているのか、その言葉の裏にはどんな気持ちや情景が含まれているかなどを考えて、その上で適切な訳語を選択し、どの構文にするか、そのためには何を主語に、何を述語動詞にするかといった英語としての形を整えていきます。

予習していて、何か所も考え込んでしまいました。そのうちのいくつかを紹介します。

P.188、8行目から12行目に「Aなんていいほうで、BとかCなんて要望もある。」という長い文章があります。話者の「私」は本屋の店員で、こんな本ありますか?とお客さんに尋ねられるときのお客さんの尋ね方を紹介しています。「いいほう」には、Aなら対処できるけれど、BやCはちょっと難しいなあ、という含みがあります。そう読めば、「Aと問われたら、まあ、いいでしょう、なんとかなります」と訳したいし、それを受けて、「BやCでは困ってしまう」と解釈したくなります。それでこうしてみました:
Some may say, “A”. That would be OK, but you may be confused when they say, “B” or “C”.
余計な文言を付け加えるな、と注意されるかもしれませんが。

P.189、10行目には『定食屋の娘』という書名が出てきます。この「娘」、そのあとの説明によれば、定食屋を切り盛りする夫婦の娘daughterだとわかります。わたしは書名ではa girlを使って、文中ではケースバイケースでdaughterに置き換えました。それから「定食屋」も、辞書によると、ordinaryというのがあるけれど、それで大丈夫か。restaurantではオシャレすぎて「定食屋」の雑然とした気の置けない雰囲気は出ない、かな…。

P.190の2行目には、「気取りのない定食屋夫婦とのやりとり」とあります。最初に読んだとき、お客と定食屋夫婦とのやりとりだと思いました。「定食屋夫婦」と言うのだから赤の他人だ、と感じたのです。しかしここは、定食屋の娘の髪がどうの、目がどうのと説明している節の一部なので、「天ぷらそば、まだあ?」「いいよ、あたしが行くから」などと両親とやりとりしている様子を表わしていると考え直しました。また、「気取りのない」が「定食屋夫婦」にかかるのか「やりとり」にかかるのかも思案のしどころでした。結局、her unpretentious chat with the master and mistress of the restaurantとしましたが、その前にdaughterを使っているので、chat with her parentsとしてもいいのかな、とも思います。

……という具合に、読むだけでなく訳すとなると、読みが深くなります。表面の言葉をなぞるだけでなく、著者が何を言おうとしているのかを正確に読み取らなければなりません。これ、英日翻訳と同じですね。英文を正確に読み取って、情景を頭に浮かべて、その情景が伝わるように日本語で表現する。何度聞かされたことか、何度書いたことか。

恩師の河野一郎先生が、英日翻訳の勉強には、その逆方向の日英翻訳も役立つ、とおっしゃっていたことを思い出しました。片側通行に固執するのではなく、ときどき別角度から自分のやっていることを見直すのも大事だな、と予習しながら思うのでした。今回も、難しい…。

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